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「……おっと。君は本当に色んな人と縁を結んでいくみたいだね。めずらしい迎えが来た」

「え?」


「雅」

「あ」



 あの人が穴の奥、さらに奥の暗がりから現れた。

 そして、その後ろには知らない人があと二人ついて来てくれている。

 その二人は戦闘準備バッチリといった風に腰に下げたさやから刀を抜いていた。



「お久しぶりです、皇彼方さん」

「あぁ、そうだね。十四年ぶり、かな?」



 二人のうち不敵な笑みを見せるお兄さんが皇彼方に声をかけた。でも、決して剣先をずらすことはない。


 皇彼方も最初眉を僅かに上げただけで笑顔で応えた。



「いやいや。今年の春にお会いしたじゃありませんか。元老院に恐れ知らずにも侵入してきた日のことですよ」

「さぁ、何のことだい?」

「相変わらずはぐらかすのが上手いですね。……栄太に伝えてください。いつまでも甘えるんじゃないって」

「ふぅん。君は子供には優しいって聞いてたけど?」

「奏ちゃんにいつまでも執着して悲しませるような子供はもう子供じゃないですよ」

「フフッ。君も僕達からしてみれば生まれたての赤子にすらならないと思うけど。……おっと、もう行くね。これ以上話してるとここに官軍が来る。君達だって、特にそこの君はまずいんじゃないかな? 自分に出逢であいかねないよ?」



 確かに、遠くから時折大砲たいほうや銃の音、人の叫び声らしきものが聞こえ始めた。


 この感じ、綾芽に初めて会った時のあの日に似ている。


 つまり、人の生死がこの先で左右させられているということだ。



「あ! いない!」



 すんの間そちらに気を取られていると、皇彼方の姿はいつの間にか消えていた。


 残ったのは、私と、あの人と、お兄さん二人と……あと、地面に横たわるまだ若いお兄さんの遺体。裏返った服には誠の文字が刺繍ししゅうされている。



「……」



 結局、皇彼方にかつがれたお兄さんはそのまま連れて行かれてしまった。


 しばらく穴の外を黙って見ていると、あの人に後ろから急に抱き上げられた。



「……いたい」



 ギュウギュウと強い力で抱き込まれ、そこにあるのを実感するかのような抱き方に、私はたまらず抗議した。



「安心したいんだよ。しばらくそうされてれば満足すると思うよ?」

「……わたし、みやびっていいましゅ。おにーさん、だぁれ?」

「僕? 僕は」

「総司、挨拶あいさつは後に」



 もう一人のお兄さんが横たわる遺体の横で片足をつき、遺体をジッと見下ろしている。


 ……えっと、めてあげたい、よね?


 あの人の方を見ると、あの人はそのお兄さんの方を見て、クルリとお兄さん達に背を向けた。

 そして、すぐそばに突然穴があいた。それに、どこからか大量の花まで。



「……これは」

「我は何も知らぬ。見ても聞いてもおらぬ。人の子のむくろが土の上ではなく、土の下に眠ったとしても、我は何も気づいておらぬ」

「……」



 たまには良いとこ、あるね。


 私はあの人の腕から抜け出して飛び降りた。



「はやく! だれかきちゃう!」

「あ、あぁ」

「そうだね。早く埋めよう」



 大人二人と、大して力になれずとも花を周りに落とすくらいならできる子供一人。

 そう時間もかからず穴へ土をかぶせ終わった。



「……せっかくあの土方さんに助けてもらえたのに、その命をここで散らすなんて、馬鹿な子だね」

「……あぁ」



 あのお兄さん、この二人の知り合いだったんだ。


 少しの間、二人は名残なごりしむかのように目をつむった。



「これは僕のひとり言なんですけど……ありがとうございました」



 お兄さんが頭をスッと下げたのを、あの人はわずかに目を細めただけで流した。



「おい! こっちに穴があるぞ!」

「なに!? 西郷軍がいるかもしれん。見てみよう!」



 まずいっ! 誰かがこっちに来る!



「行った方が良さそうだね。見えないとは思うけど、万が一のことを考えると、ここに留まるのは得策じゃない」

「あぁ。そういうことだ。一度退こう」



 お兄さん達があの人にすすめたのは、ここから、そして過去からの撤退だった。



「雅。必ず迎えに行く」

「……あい」



 私は一緒には帰れない。

 身体はまだ皇彼方の手の内にある。今はフワフワただよたましいだけの状態と言っていい。


 だから、早く目を覚まさなければ。



「じゃあ、また今度ね。浅葱あさぎの小姫神様」

「ばいばい」



 今回はすぐそこまで人がせまっている。


 だから、あの人がちょっぴりずるして手を貸してくれた。


 スゥッと眠りに落ちた時のようにまたもや目蓋まぶたが落ちてくる。


 今度はずっとあの人が手をにぎっていてくれた。

 だからなのか、また皇彼方の元に戻るというのに、不思議と怖さはない。あるのは、どこからあふれてきたのか、一筋の安心感。くやしいけれど、それだけだった。



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