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「臓器提供を直近で受ける予定になっている人物の名は?」

「確か、政治家の……ゴフッ!」



 帝様に問われ、答えようとしていた院長先生の口からいきなり大量の血があふれてきた。


 突然のことで、何が起きたのか一瞬分からなかった。けれど、床にまき散らされた鮮血がジワジワと脳内に染みわたっていくにつれて、何とか事態が飲み込めた。


 それからの行動は我ながら素早かったと思う。



「まだしんじゃだめ! あなたはまだ、ばつをうけてないよ!」



 いずれ死刑になるにしても、今はまだこの人はたくさん情報を持っている。だから死なせてはダメだ。

 それに、生きているからこそできるつぐない方もある。



「あそこ!」



 都槻さんが窓の外を指さしてさけんだ。


 私はそっちの方は見ず、地上に引きずり出されたミミズのように激しく床をのたうち回る院長先生にいつものおまじないをかけ続けた。



「千早は雅ちゃんについてて! 私はアレを追いかける!」

「了解」



 たくさんの視線を感じる中、おまじないの効き目が出るのがいつもより長くかかった。いつもだったらよほどの重傷でない限り十秒もかからない。それが今回は一分もかかってしまった。それも、なんだか何かに邪魔をされているような違和感も。


 ……何だったんだろう?


 とりあえず血は止まったし、暴れたりもしていない。成功、で、いいんだよね?

 一応、ちゃんと診てもらったほうがいい。せっかく病院にいるんだし。



「おおとりしゃん、ナースコールおしてくれますか?」

「その前にそこの血を掃除……雅、足を治せ」

「いいの?」



 この中にいる人に掃除なんかさせられないっていう理由くらいだったら私がやるよ。掃除くらいできる。


 えぇっと、なにか拭けるものはっと。



「雅さん」



 ん? なに? 拭くもの持ってる?


 橘さんに二の腕を両側から掴まれた。それから、頭の天辺から|爪先《つまさき》までくまなくチェックが入った。


 な、なにごとっ!?

 そんなに見られるとずかしいなぁ。もうっ。



「……お腹、減ってませんか?」

「おなか? うーん。おなかへりすぎて、わかんなくなっちゃった」

「減りすぎて……」



 みるみるうちに何だかよく分からない、いわゆる微妙な表情になっていく橘さん。


 なんかあの、申し訳なくなってきちゃったよ。



「えっと、ここそうじしたら、おにぎりたべたいなぁ」

「……私が掃除するので、貴女は食事をなさってください。手を拭くのを忘れないように」

「は、はーい」



 なんだろう? この、そうじゃない感。

 さらに困るのは、それが橘さんだけじゃないってこと。帝様に鳳さん、千早様にオネェさんまで。


 うーん。モヤモヤする。


 橘さんがおにぎりと一緒に買ってきていたウエットティッシュで綺麗に床を拭きあげたところで、鳳さんがナースコールを押した。


 ほんの少しして、若い看護師さんがドアから顔をのぞかせた。



「どうされました?」

「院長先生が急に具合が悪くなられたようです。別室でてもらえるようにしていただけますか?」

「えっ!? 院長? 大丈夫ですか!? すぐ他の人を呼んでくるので、少々お待ちください」



 看護師さんは急いで来た道を引き返していった。

 じきに男の看護師さんを連れて戻ってくると、その人が院長先生に肩を貸して部屋を出て行った。



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