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◇ ◇ ◇ ◇



 次の日、桐生さん達裏方を除いた全員が都を離れることになった。


 帰ってくるのは大体一ヶ月半後。もうその頃には年末になっている。



「いいか? 大人しく待ってろよ?」

「はいっ!」



 夏生さん達が出立前に南のお屋敷に来てくれた。綾芽に海斗さん、劉さんに子瑛さんの姿もちゃんとある。


 巳鶴さんと薫くんは居残り組だと聞いたから、私はてっきり東に戻るのかと思っていたけれど、このまま南で帝様達とお留守番ってことになった。



「何かあったら、すぐにあの人呼ばなあかんで?」

「……はいっ」

「おい、不満そうだな。分かってんのか?」

「ん? ふまん? ありませんよーぅ」



 危ない危ない。

 夏生さんてば、相変わらず私のこと、よーく分かってらっしゃる。


 門の外まで出てお見送りしていると、凛さん達も丁度出てきた。



「雅ちゃん、俺達も行ってくるね」

「いってらっしゃい! がんばってね!」

「うん!」

「頑張ってくるよ!」



 蒼さんと茜さんに手を包まれ、私もぎゅっと握り返した。


 夏生さん達は都の東側、凛さん達は南側へ行くらしい。


 都の東側と北側は毎年恒例の雪のシーズンに入る。


 ちゃんと温かくして、体調を崩さないように。なにより、みんな無事で帰ってきてね。



「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃーい!」



 ……みんなが帰ってきた時、ちゃんと褒めてもらえるよう修行頑張ろう。

 まずはあの羽を上手く浮かせられるようにすることから、だね。


 千里の道も一歩から。


 私、頑張ります。





「ちょっといいかな?」

「ん?」



 夏生さん達の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を見送っていると、反対の方向から声をかけられた。


 優しそうなお兄さんだ。


 その人がさらに一歩こちらに足を踏み出すと、隣にいた千早様が私の前に出た。いつの間にか、アノ人も千早様の隣に立っている。



「ちはやさま?」

「そんなに警戒しなくても。僕は彼女には何もしないよ?」

「白々しい。あんた自身はしなくとも、あんたがけしかけた周りはそうじゃない、でしょ?」

「さぁ、どうかな? 僕が口にした言葉で誰がどう思うかなんて、僕の知るところじゃない。そうは思わない?」

「……相変わらず、タチの悪い」



 千早様が顔をしかめているのに対し、お兄さんは初めの笑みを崩していない。



「君だけなら全く問題ないけど、さすがに元とはいえ常世の主宰神と二柱相手にするのは分が悪いよね。それに、今日は本当に彼女に会いに来ただけだから」



 話が分からず、黙って一緒に聞いていた帝様と橘さんが両側から離すまいと腕で囲ってくる。



「これから元気に僕のてのひらの上で踊ってくれると嬉しいな」

「……いやっ」

「どうして?」

「どーしてって……あなたはわるいひとでしょ?」

「え?」

「え?」

「あぁ、ごめん。続けて?」

「んー。だからダメ! ねっ」



 帝様と橘さんも頷いてくれた。


 黙っていれば悪い人には全く見えないけど、同じてつは二度踏まない。前に誘拐された時のおじさんもそうだったんだから。



「イヤとかダメとか、僕、傷つくなぁ。だから、お返し」



 お兄さんが靴の爪先をコンッと地面に打ち付けた。すると、それに呼応するかのように風が急に強く吹き荒び始めていく。カンッカンッと見えない壁に何かが当たる音が数度にわたり、いつの間にか人がいなくなった通りに響いた。



「この子には何もしないのでは?」



 橘さんが私の身体に何も異変がないのを確認し、ホッと胸を撫でおろした後、険しい顔でお兄さんを睨みつけた。



「実際、そこの二人に結界を張られたんだから、どうもなっていないでしょ? だったら何もしてないのと同じだよ」

「随分な暴論を持ち出してくる」

「これに手を出そうものなら黙ってはおらぬが、覚悟の上であろうな?」

「ハハッ。……まぁ、待ってよ。これ以上じゃれ合うつもりはないから」



 両手を肩の位置で上げたお兄さんはスッと細めた目を自分の背後に向けた。



「あっ! あのときの!」



 お兄さんの影から例の事件の時に業務用スーパーで会ったお兄さんが出てきて、思わず声が出た。


 間違いない。あの時、私に予言めいたことを言っていなくなった人だ。



「ちょっと。なに遊んでるの?」

「遊んでなんかないよ。次の準備はできた?」

「とっくにね。ほら、行こう」

「ちょっと待って」



 踵を返したお兄さんについてはいかず、私の目線に合わせるようにお兄さんは腰を落とした。


 結界がなければ傷つくのを避けられなかっただろうに、それをした犯人だとは思わせないような笑みを浮かべている。


 笑いながら怒られるのも怖いけど、この人の笑顔は何とも言えない怖さがあった。



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