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□ □ □ □



 食堂に行くと、桐生さんがテレビを見ながら豆のさや取りをしていた。

 それのお手伝いをする代わりに、その豆を使った豆ごはんでおにぎりを作るってことでお互い手を打った。



「ほぉーん。お前さんがちびっこのお師匠さんだったのか」

「あい。ちはやさまです」



 二人は朝食の時にも顔を合わせているけど、あの時はまだ桐生さんお忙しそうだったから、ちゃんと紹介するのはこれが初めてになる。



「良かったな、ちびっこ。何かを学ぶにはその道のプロにつくのが一番だ。我流でも悪かぁねぇが、師弟関係ってのはお互いが成長できるし、困った時にも相談しやすい。まぁ、仲良くやんな」

「……あい」

「どうした?」



 さっきのことがやっぱりどこか気になってしまって、上の空になりがちな私に桐生さんが目敏めざとく気付いた。



「あのねぇ、わたしのちから、つかっちゃうとおなかがへっちゃうの」

「あぁ、綾芽がなんか言ってたな。それがどうした?」

「それいがいにもなにかあるみたい。さっき、かなでさまがみんなにおはなしがあるってどこかにいっちゃった」

「ふぅーん」



 桐生さんはここで会った人達の中では年嵩としかさの方だ。相談相手としては申し分ない。

 しかも、本人のまとう雰囲気がそうさせるのか、気づけば不安に思うことがすらすらと口をついて出ていた。



「わたしにできることはすくないのに、これもダメっていわれるのかなぁ」

「……お前は誰かに自分が決めたことをダメだと言われたら諦めるのか?」

「え?」

「自分がこう進みたいと自分で決めた道を、周りに反対されたからと諦めてしまうのか?」

「……」



 こっちの世界に来たばかりの時に、自分の中で決心した。


 みんなを守る。みんなの傍にいる。


 その二つの事を叶えるために、進む道はもう定まっている。



「……あきらめないよっ! きりゅーさん、わたし、あきらめないから!」

「分かった分かった。ほれ、これでも食って落ち着け」



 そう言って、桐生さんは私の口におにぎりを突っ込んだ。


 ……美味し。


 隣に座っている千早様は黙ってこちらを見つつ、いた豆を食べている。



「いいか? ちびっこ。よーく聞け」

「あい」

「自分で決めた道を行くも退くも自分次第だ。ただな、退くのと諦めるのは行動としては同じに見えるかもしれねぇが、芯は全く違う。退いてもいいが、諦めはするな。お前はお前が決めた道を絶対に諦めず、振り返らずに進め。途中で迷ってもいい。幸い、お前には親父代わりがたくさんいるからな。お前が迷った時は傍にいてやるくらいするさ。もちろん、俺もだ」

「……おとーさん」

「やめてくれ。残念ながら、俺はまだ独り身だ」



 本当に、桐生さんがお父さんだったら良かったのに。絶対尊敬できるお父さんになってたと思うもの。



「まぁ、確かにアノ人よりかは父親っぽいよね」

「うん。……って、こころのこえよんだ!?」

「読んでないよ。君、言われない? 心の声、駄々洩だだもれだって」

「い、いわれ……ます」



 よーく言われます。

 綾芽とか、海斗さんとか、薫くんとか。


 そして、読んでないってことは読めはするってことなんですね、千早様。これからはちゃんと気をつけよっと。



「しっかし、こーして話してるとこ聞くと、薫にそっくりだな」

「やっぱり!? わたしもそーおもった!」

「生意気そーなとことかまんまじゃねーか。ん? 年齢的には薫がお前さんにそっくりなのか」

「失礼な人間だよね、あんた」

「これまた失礼いたしました」



 千早様はムスッとしながらも本当に怒ってはないみたい。

 そっくりな薫くんを見てきたからか、桐生さんもそれをちゃんと分かっているらしく、謝罪もごくごく軽いものだった。



「美味いか?」

「ん。おいしー」

「料理人の俺にとって、その言葉と笑顔が何よりの褒美だ。お前も自分にとって褒美となるようなもんを得られるような仕事をすればいい」

「……はい!」



 年の功とはよく言ったもの。


 桐生さんの言葉のおかげで、私の中にあったモヤモヤがすうっと晴れて行った。



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