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「じゃあ、雅ちゃん。今日から朝ご飯を食べてからお昼ご飯までの間、千早と一緒に特訓してもらうから。私もたまに様子を見に来るから、頑張るのよ?」

「あい!」



 奏様が柏手を打ち、あの赤い門を出した。



「じゃあ、雅ちゃん。またね」


「おまっ、ここ腫れてんじゃねーかよ!」

「わりぃわりぃ。ついムキになっちまった」



 南のおじさんが二人、一人は脇腹を押さえながら厨房の方に歩いていっているのが見えた。あの様子じゃ怪我をしてるっぽい。


 ……つまり、私の出番だ!



「かなでさま、ばいばーい!」

「あっ! 雅ちゃん!」

「待って!」



 奏様に手を振って、おじさん達の方へと駆けだした。蒼さんと茜さんも後からついてきてる。



「おじさんたち!」

「おにいさん、だよ。どした?」

「いたい?」

「い、痛くねー」

「……いたい?」

「ちょっ! 今、触ろうとしただろ! イテテ」

「やせ我慢すんなよ」

「てめぇが言うか!」



 触らないよ。ほら、ちょっとここ座ってください。


 はかまをちょんちょんと引っ張ってしゃがんでもらった。



「いたいのいたのとんでけー」


「……すっげ」

「これが例の」

「全然痛くねー」

「やっぱりやせ我慢だったんじゃねーかよ」

「うっせ」



 おじさん達はさっきまであざになっていた脇腹をさすさすと擦っている。


 問題なく治せたみたいで良かった良かった。


 グギュルルルゥ



「雅ちゃん! あぁ、また!」

「綾芽さん達に怒られちゃうからちょっと自重して!」



 うーん。分かったよ。

 蒼さんと茜さんにそこまで言われちゃったら仕方ない。


 お昼まで待てないから、美味しいおやつをくれるなら考えるよ!


 茜さんに抱っこされた私の前に、帰ったはずの奏様が立ち塞がった。



「かなでさま?」

「……雅ちゃん、ちょっとコレ、治してくれる?」

「ん? いいよー」



 奏様が掌を切ってしまったみたいで、紅い筋が一本走っていた。


 いつものように、例の呪文を……。



「いたいのいたいのとんでけー」

「……っ。あぁ、なるほど」



 奏様? ……お顔、怖い。



「あ、あの。やっぱり何かあるんですか?」



 蒼さんがごくりと喉を鳴らした後、恐る恐る代わりに尋ねてくれた。

 すると、奏様は黙りこくり、すぐに取り繕ったことが分かる笑みを浮かべた。



「確実なことは言えないけど、たぶん分かったわ。雅ちゃん、ちょっと千早と一緒にいてくれる? この人達に話があるから」

「……はい」

「いい子ね」



 奏様は地面に下ろされた私の頭をそっと撫でてくれた。

 そして、奏様と蒼さんと茜さん、それからアノ人は連れ立ってどこかの部屋へ歩いていってしまった。たぶん、凛さんのお部屋か、帝様のお部屋だろう。



「なに? 気になるの?」

「え? あ、んー……きにならないわけじゃあない、けど」

「なら、そこまで気になってないってことでしょ? じゃあ、さっきまでみたいにヘラヘラ笑ってれば?」

「へ、ヘラヘラ!?」

「奏があんたを外したのは、あんたがまだ知らなくていいからだろうし。知らなくてもいいことで悩むなんて馬鹿げてるよ。それに、あんたには今、やるべきことがまだあるでしょ?」

「……しゅぎょーのつづき?」

「違う」



 千早様はクルリときびすを返した。

 歩き出した千早様を追って、私も後ろからついていく。



「ちはやさま、どこにいくの?」

「厨房だよ。あんたのうるさい腹の虫を黙らせるのが先決」

「うっ。……あい」



 千早様はちょっと口が悪くて、そういう所は薫くんにそっくりだ。


 でも、二人とも、少なくとも私には優しいと思う。

 今だって、いくら奏様に言われたからと言っても、放っておくことだってできるのに、私のお腹の虫に付き合ってくれている。


 会ったばかりの先輩神様が大好きになれそうだ。


 ……やっぱり、ちょっと口は悪いけど。



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