9


◆ ◆ ◆ ◆



 交代後の門番達が気を失ったチビを抱きかかえた野郎を見失ってから、大分時間が経っている。


 隠密を総動員し、目星をつけた奴等やつらの中で動きがあったのは、やはりあの女狐の住む屋敷だった。



「遅いっ!」

「落ち着け、海斗」

「夏生さんだって、さっきから手に持ってる扇子ミシミシ鳴ってるぜ? しかもよぉ、ねらったのがチビだっつぅーのが俺は許せねぇ!」



 神さんの力を使えるっつったって、アイツはまだちっせぇーガキだ。突然誘拐ゆうかいされて、もしかしたら泣いてるかもしんねぇ。

 肝心かんじんの保護者で、あの女の真のターゲットだろう綾芽は何も言わねぇで黙ってるしよぉ。この薄情者っ!


 一言綾芽に物申してやろうと口を開くと、通された部屋の襖が開き、めかし込んだあの女が部屋へ入ってきた。



「ようこそ、わたくしの屋敷へ。お待ちしておりましたわ」



 なーにが、お待ちしておりましたわ、だ。

 そっちが来ざるを得ない状況作りやがったくせに!



「うちの大事な預かりもんを返してもらおうか」

「一体何のことでしょう? あなた方に返さなければいけないものなど、私は持っておりませんけれど」

「しらを切ろうってのか!?」



 俺の言葉を完全に無視して、女狐は綾芽の前に腰を下ろした。



「いつまでもこの方達のように野蛮な方々と付き合っていたら、貴方にも悪い影響が出ますわ。下賤げせんな者は下賤な者同士、高貴な者は高貴な者同士。早々に縁を切って我が狩野家に婿むこ入りしてくださいませ」

「おい、いい加減に……っ!」


「野蛮で、下賤な者、なぁ」



 酷く小さな呟きだというのに、綾芽の声がその場によく響いた。ゆらりと腰を上げ、女狐を冷たく見下ろす。垂れる長い髪で隠れた瞳に、殺気すら込められたのが横からでも垣間見えた。



「えぇ加減にせんと……殺すで?」

「……っ」



 女の髪を掴み上げ、綾芽が女の耳元にささやいた声に、ヤツの瞳が嘘偽りない感情を物語っていたと教えてくれる。


 チビの前ではぐうたらで夏生さんを怒らせるどうしようもない保護者でも、戦場での綾芽は違う。


 “悪魔”


 その二つ名に相応しく、綾芽の強さはずば抜けている。返り血を返り血で洗い流すのだから、それは皆に知れているだろう。


 そんな綾芽の殺気を至近距離で浴びたことはなかったのか、女は恐怖におののいていた。身体全体がブルブルと震え、顔色も化粧をしているというのに真っ青になっている。


 ここが瑠衣との違いだろう。


 元々のこの女の性格の悪さもあるが、戦闘集団の俺達の誰かを旦那だんなに持とうとするには気概が足りない。殺気すらものともせず、むしろ挑みかかってくるような。


 その点、瑠衣は夏生さんのソレにも、鳳さんのソレにもくっしなかった。だからこそ、皆は黒木さんとの行く末を温かく見守っていたし、これからもそれが変わる事はない。



「夏生さんも言うたやろ? 三度目はないで? あの子はどこや?」

「そんな……私は……あなたが」



 なおもすがり付こうとする女に、綾芽は最後の引導を渡した。



「自分、あんたのこと、全く興味ないんや」



 好きの反対は嫌い。いや、そうじゃない。

 好きの反対は、興味がない、だ。



「話さんのやったら時間の無駄や。夏生さん、令状とって家宅捜索かたくそうさくしましょ」

「あぁ。万が一にと思って、劉に取りに行かせてる。もう来る頃合いだ」



 “事に当たる際、各々おのおのすべからく策を万事用立てるべし”


 夏生さんの座右ざゆうめいでもあるその言葉通り、夏生さんは俺達の一歩先を読んでいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る