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ちゃんと里芋と絹豆腐を買えた私は、今、迷うことなく瑠衣さんのお店の前に到着していた。
「こーんにちはー」
お店のドアを引き開けると、お客の訪れを告げるベルがカランカランと鳴った。
今日も今日とて瑠衣さんのお店は繁盛しているようで、お店の中は様々な客層のお客さん達で一杯だ。
「いらっしゃいませ」
前に綾芽達と来た時にいたメガネのお兄さんが、今日は笑顔でお出迎えしてくれた。
優しそーなお兄さんだけど、私達とのおしゃべりに夢中になってた瑠衣さんを
それに本当に残念だけど、今日は瑠衣さんのところの甘味を食べに来たわけじゃないんだ。
だから、ダメ!
今日はどれを食べに来たのって言わんばかりの、そんな微笑ましい笑顔でこっちを見ないで!
「るいおねぇちゃまにおはなしがあってきました。おいそがしー?」
「店長なら、もうすぐ着くってさっき本店から連絡があったところだよ。さ、こっちで甘味を食べて待ってて?」
「でも、きょうはわたし、おつかいできたんでしゅ。あんまりながいあいだよりみちしてちゃだめなの」
「大丈夫。それくらいの時間はあるよ。それに、君が来た時は好きなだけ甘味を出すように言われてるから」
「なんと! おいしーの、いいの!?」
「もちろん」
やったぁ! 瑠衣さん太っ腹ですね!
重いし邪魔だろうからと、背中のうさちゃんリュックと絹豆腐が入った袋はお兄さんに預けるように言われて、言われるままにお願いした。
身軽になった私はお兄さんに抱っこされ、あろうことかお店のど真ん中の席に案内された。
き、気のせいでしょうか? すごく注目を浴びている気がするんですが。なんかものすごく落ち着かない。
モジモジキョロキョロとしていると、お兄さんが何かをトレイに乗せて戻ってきた。
「はい、お待たせいたしました。当店の新作予定のパンケーキだよ」
「しんさくーっ!? てことは、まだメニューにのってない……い、いいんでしゅか?」
「いいんだよ。あ、でも、それを食べて感想を聞かせてくれると嬉しいな」
「あい!」
そんな、もう、見ただけで美味しそうっていうのが分かりますやん。
じゅるっと出てくる
安心しなよ、ちゃんと食べるから。
子供に刃物は危ないからと、先にお兄さんがナイフで小さく切り分けてくれるという。それをフォークを片手に待つ私。
「はい、どうぞ。召し上がれ」
「いっただっきまーす!」
……はぁーっ。
本当に美味しいと、一瞬言葉も出なくなるくらい味を噛み締めたくなるよねぇ?
今、まさにそれ。
横にお兄さんがいることも忘れ、フォークを一心不乱に動かして次々と口に運んだ。
「どう? 美味しい?」
「うん。おくちのなか、しあわせー」
「そっかそっか」
もう、ほっぺが落ちそう。
両手を頬にあててうっとりとした表情のまま答えると、お兄さんも満足そうにウンウン頷いてくれた。
「あのねあのね、ふわっふわなぱんけーきにね、はちみつがしみこんでて、あまーいの。それにね、よこにはすっぱいくだものがクリームといっしょにならべられてるから、どっちもぜんぜんあきないの。このレモンあじのおみずもおいしー。……もういちまい、たべたいなぁ」
……ダメ?
恐る恐る言った私に、お兄さんは口元を手で押えたかと思うと、プッと笑い声を漏らした。
「かしこまりました。持ってくるから、いい子で待っててね?」
「あい!」
いい子で待ってるなんて、私にとったら朝飯前ですもん。
美味しいものを待ってる時が一番好き!
あ、綾芽達に構ってもらってる時を除けばね?
……このパンケーキ、みんなで一緒に食べたいなぁ。今もとっても美味しいけど、綾芽達と食べられたらもっと美味しいに違いないよ。
ぜひとも早くメニューに載せてもらえるよう瑠衣さんにお願いしなければ!
健くんに会って、変だったけど優しいお兄さんにも親切にしてもらって、パンケーキも食べられて。
お使いって楽しいねぇ。
「ぱぱ! あーん!」
「んー! まきが食べさせてくれたからとっても美味しいなぁ」
「ほんとー?」
「まき、ママには?」
「ままも? はーい」
「……」
何気なく見渡していた店内に、楽し気な会話を弾ませ、パフェを頬張る親子の姿があった。
なんだろう?
さっきまでとっても楽しかったのに、そんな気分がスルスルと小さくなってきた。
「……いいなぁ」
……んん!?
私、今、何を口走った!?
自分の口から出た言葉に、内心酷く
「はい、お待たせいたしました。さっき裏の専用駐車場に車を停める音が聞こえたから、もうすぐ店長も」
「みやびちゃーん! おまたせっ!」
る、瑠衣さん。そんな急いできてくれて嬉しいけど、勢いつきすぎて、お、おムネが……。
「……店長? 店内では走らないでください。あと、この子、二皿目ですからね? あちらから苦情が来たら受けてくださいよ?」
「はいはい、分かってるわよ。そんなのサラッと流しちゃうから」
「流さないで、ちゃんとそれなりに謝罪をしてください。元はといえば、あなたが約束の時間に遅れてくるのが悪いんですから。まったく。そんなんだから薫くんには嫌がられるんですよ」
「大丈夫よぉ。だって、私、あの子の姉弟子だもの」
「……はぁー」
お兄さんは額に手をあて、深い溜息をついた。
それでもまだ瑠衣さんに対して言い足りなかったのか、お兄さんが口を開きかけた時、奥のテーブルのベルがシャランシャランと鳴った。
それに気づいたお兄さんが一瞬そちらに目を向け、再びこちらに視線を向けた時、瑠衣さんはお兄さんに向かってニッコリと笑顔で手を振っている。
あ、お兄さんの額に青筋浮いた。
「……店長、後でバックヤードでお話しがあります」
「はいはーい。いってらっしゃーい」
お兄さんが背を向けて奥のテーブルに向かった時、瑠衣さんはその背に向かってベーっと舌を突き出していた。
瑠衣さん、ここ、一応お店のど真ん中なんですけど。
……まぁ、他のお客さんも気にしてないみたいだからいいのか。
それどころか、店長(瑠衣さん)と店員さん(お兄さん)のやり取りを笑ってみている節がありますわ。
「ごめんなさいねー? 本社で急に会議が入っちゃって」
「んーん。きゅうにきたのはわたしのほうでしゅ。ごめんなしゃい」
「いいのよぉ。みやびちゃんのためなら、重要会議だろうが、帝からのお召しだろうがすっぽかして来るんだから!」
「え、えぇー?」
いや、それ普通にマズイやつですからね?
も、もしかして、今日のやつも本当は抜け出して大丈夫じゃない会議なんじゃ……。
「る、るいおねぇちゃま、かいぎ、もどっても」
「戻らないわよー?」
「あ、はい」
笑顔で拒否。いつものよりもちょっと怖かったから、それ以上はつっこめませなんだ。
じゃ、じゃあ、とりあえず、瑠衣さん。
お待ちしてました!
かくかくしかじか、あーれそれ。
瑠衣さん、これで分かってくれたかしらん?
「なるほど。つまり、お月見するから、ここで
「あい」
よかったー! 通じたー!
「なによぅ。ずるいじゃない!」
「む?」
瑠衣さん、瑠衣さん。
私の頬っぺたムニムニして楽しーい?
「私だってお月見したーい!」
「るいおねぇちゃまもくる?」
「行くわ! 何が起ころうとも!」
うんうん。季節の行事事はみんなでした方が楽しいもんね。
「東の奴ら分の餡子と白玉粉でしょ? 大量に発注かけるとこだったから丁度良かったわ。また一緒にお団子作りましょーね」
「あい!」
乙女心は秋の空。
瑠衣さんはすっかり機嫌を良くされたご様子。
良きかな良きかな。
「店長? 東のイベントに参加されるのも構いませんが、やることやってから行ってくださいね?」
「わかってまーす」
お兄さんが給仕を終え、こちらに戻ってきた。
そして、瑠衣さんの棒読みの返事に、ピクリとお兄さんの眉が上がり、お似合いの銀縁フレームのメガネを押し上げた。
「……そんな風だと、この子も薫くんみたいに、貴女に反抗するようになりますよ?」
「
よほど衝撃的だったのか、すごく前のめりになって否定する瑠衣さん。
そんな瑠衣さんを見て、これは効果があると思われたのか、お兄さんが私の耳元に口を寄せてきた。
「ちゃんと仕事してと言ってくれたら、今度東の屋敷にお菓子をさしいれよう」
「おねぇちゃま、あそんでくれるし、おかしもくれるからすきー」
「本当? うふふ」
「でもねー、おしごとおわらせてからかまってくれるの、もっとすきー!」
「え!?」
おまけで頬っぺと頬っぺをぺったりくっつけちゃいますよ?
「んふふー」
お兄さん、私はお菓子、なんでも好きです。よろしく!
「く、
「それで仕事をしてくださるんなら何とでも?」
「けんかはめーよ?」
喧嘩はダメ、絶対。
「大丈夫だよ。喧嘩はしてないから。それじゃあ、僕は他にも仕事がありますから」
「べーっ」
……瑠衣さん。
お兄さんは瑠衣さんのあっかんべー攻撃に、もちろん微塵も影響を受けず、一礼してバックヤードに戻っていった。
それを怨みがましく射殺さんばかりの視線で見送る瑠衣さん。
ほ、ほら、仲良く、仲良くね?
しかも瑠衣さん、忘れてないとは思うけど、バックヤードに戻ったらたぶんまたお説教だよ?
ふふっ。お説教され仲間だね!
……ちっとも嬉しくない仲間だね。
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