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□ □ □ □



 やってきましたお祭り当日!

 今日はお祭りに最適な日和でございます。


 大広間で出かける前の打ち合わせをしている皆に混じり、私も隅で正座。



「いいか、お前ら。まかり間違っても祭り客に迷惑かけるような真似だけはすんじゃねぇぞ? 分かってんだろうなぁ? 特にそこ二人。……おい、後ろ見んな。お前ら二人だよ、綾芽、海斗」

「あぁーあ、名指しとかないわぁー。休憩にちょーっと屋台見て回るだけやんなぁ?」

「去年、お前が射的で勝負しよ、とか言うからだろ?」

「射的かて屋台やろ。景品もろて何が悪いん? しかも、結局、違法業者やって、捕縛もできて一石二鳥。良いことづくめやん」

「違法だろうが合法だろうが関係ねぇ。俺が言いてぇのは……どこの世界に屋台の景品刈り尽すまでやる奴らがいるんだよって話だ! 他の客のことも考えろ!」

「「だって取れたんです」」

「こんな時だけ声をそろえるんじゃねぇ!」



 今日も夏生さんの絶叫が屋敷に木霊こだまする。


 確かに、他の人の迷惑になるようなこと、良くない。



「はーい。質問でーす。なんで僕まで出なきゃいけないんですか?」

「お前は瑠衣からの指名だ。屋台で売り子を手伝えだとさ」

「は? なんで僕が……」

「来なきゃ毎日のように屋敷に押しかけるそうだぞ」

「……はぁーーーーーっ」



 薫くんは周囲の酸素をほとんど奪いかねない勢いで深い溜息をついた。


 瑠衣さんには逆らえない主じゅ……姉弟弟子関係ってすごいね。



「それでお前ははぐれないように親父と一緒にいろよ?」

「……あい」

「そうむくれんな。お前にしかできない仕事だ。しっかりやれ」

「りょーかいです!」



 もうヤケだ。ぴしっと額に手を当て、敬礼ポーズ。


 とことんお祭り楽しんでやりましょうとも!








「ふぉーーっ!」



 太鼓やお囃子はやしの音が陽が落ちた街の中に響き渡っている。また、屋台が道の両脇に所狭しと並び、おいしそうな匂いが至るところから漂ってくる。

 道も人でごった返し、祭り囃子の音にも負けないくらいのにぎわいを見せていた。


 よしよし。ちゃーんと夜ご飯は抜いてあるもんね。


 さぁ、食べまくるぞー!



「まずは、るいおねーしゃまんとこいくの!」

「こら、待たぬか」



 浴衣のえりを掴まれ、そのままアノ人に抱き上げられた。

 

 いつもだったら下ろせ触るなと抵抗パターンですけど、分かってますよ? 自力で歩いてたら端の方までいけないパターンですね?

 今ばかりは大人しく運ばれましょう。


 たしか、瑠衣さんのところの屋台は公園の傍にあるって言ってたっけ。この辺のはずなんだけどなぁ。


 近くまで行くと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。



「あっ、みやびちゃーん!」



 声のした方を向くと、屋台の中から手を振る瑠衣さん、そしてその隣には売り子をさせられている薫くんの姿があった。


 心なしか、他の屋台よりも若い男女の姿が多い気が……。



「あら、今日はお父さんと一緒なのね」

「……あい。あやめたちはおしごとでしゅ」

「そう。なら、ここで売り子さんする?」

「ねぇ、ちょっと。こっち来て」



 薫くんが瑠衣さんの手を引っ張って屋台の裏側に行ってしまった。


 しばらくすると、ニコニコ顔で戻ってきた瑠衣さん……と、反対に疲れ切ったお顔の薫くん。



「せっかくのお祭りなんだし、引き留めちゃ悪いわよね。ごめんなさい。この先に輪投げとか、色々遊べる屋台があるみたいだから、二人で行ってみるといいわ」

「あい!」



 別れ際に瑠衣さんと一緒に作ったお団子をもらった。


 自分が作るのを手伝ったものが本当に売られているのを見ると、今更だけど、ちょっと緊張する。味は悪くないと思うけど、ちゃんと売れるといいなぁ。


 ……さて、次はどこに行こう。


 それから、たこ焼きに焼きそば、綿あめ、りんご飴を制覇していった私達。


 お次は……かき氷を所望します!



「つぎはあっちー」

「うむ」



 目当てのかき氷屋さんを見つけ、そちらに向かっている時だった。


 ある集団が目に入った。



「おい、ばーさん。いてぇじゃねーか」

「おいおい、折れてんじゃねぇ?」

「あーマジマジ。だんだん痛くなってきた。これ、折れてるかもしんねぇ」



 いかにもなセリフを吐いている男の人達三人。金髪で着崩したファッションに、ジャラジャラとアクセサリーを大量につけている。

 そんな関わったら面倒くさそうな男達に絡まれているおばあさんは可哀想に、オロオロと周囲を見渡していた。



「イテテテテテ!」

「だいじょーぶかぁ? あー、しんぱいだなぁー」

「こいつ病院連れてくから、治療費一万、もちろんくれるよなぁ?」

「い、一万円?」



 おばあさんは言われるがまま、カバンから財布を取りだそうとしている。


 私はアノ人の胸を押し、スタッと地面に着地した。そしてそのまま、ダダダッと駆けだす。もちろん、目指すはおばあさんと男達のもと。



「すとーっぷ!」

「あ?」

「なんだ? このガキ」



 おばあさんと自分達の間に割り込んできた私を見て男達はにらんでくるけど、正直全く怖くない。幽霊や、怒った時の夏生さんや巳鶴さんに比べれば全然。



「おばーさんいじめちゃ、めっ、なの!」



 いつか見たアニメみたいに、腰に手を当てて仁王立ちになる私。


 そんな私を見て、プッと一人が吹き出すと、男達の間に大きな笑いのうずが起こった。



「めっ、だってよぉ!」

「おじょーちゃん、大人の大事なお話に入ってきちゃ、めっ!」

「ぎゃはははっ! お前、なんだよそれ!」

「ちょーウケるし!」



 むむむ、むかーっ! むーかーつーくー!



「お、お嬢ちゃん、助かったわ。だからもう」



 いーえ、おばあちゃん。

 私はやられたらやり返す子です。


 ゲシッ



「うわっ! 何すんだこのガキ!」

「うわーん! いーたーいーよー。ほねがーおれたのー! パ……おとーさーん!」



 折角買ってもらった浴衣だけど、私の自尊心の前ではごめん、安いものだ。



「おうおう。それじゃあ、俺達と“大人の大事なお話”、しよーじゃねーか」

「ぎょーさん色んなお話、聞かせてもらおやないの」

「我が娘に怪我を負わせた罪、うぬらが命で」

「はーいはい。それは過激すぎやからストップな」



 ……あり?

 私の中では、アノ人が追っ払ってくれるはずだったんだけどな。


 まぁ、いいや! 頼るなら断然こっちの方がいい!



「あやめー! かいとー!」

「よっ、正義のヒーローやってんじゃねぇか」



 腰の刀に手を当てたまま、男達の背後に回る綾芽と海斗。


 いつにも増してカッコいい!


 街の見回りに出る時に着ている羽織を見て、男達は綾芽達の身上に気づいたらしい。サッと身をひるがえし、その場から立ち去ろうとした者もいた。


 しかし、そんなやからを彼らが取り逃がすはずがない。



「おい。てめぇ、どこへ行くつもりだ?」

「なつきしゃん! りゅー!」



 劉さんが逃げようとした男の背に回り、腕をとって後ろで固めた。助け出そうとした別の男も劉さんによって足払いされ、無様に地面に倒れこんだ。



「ふぉーーーーっ!」



 初めて生で見た! 回し蹴り!


 劉さんの華麗な足技に魅了されていると、私の前にヌッと立つ影が二つ。



「おい。どこのどいつだ? 大人に向かって突っ込んでいきやがったガキは」

「我らがおらねば、どうなっていたことか」



 怖い。夏生さん、怖い!

 そんでもって、いつものごとく表情変わらないけど、アノ人も怒って……る?



「まったく。誰に似たんだか」

「我が妻だ。あれもよく不届き者に突っ込んでいく」

「おかーさんがね、こまってるひとがいたら、たすけてあげなさいっていってた」

「助けてやれるもんだけにしとけ。何でもかんでも突っ込んでいくんじゃねーよ」

「んー」



 曖昧あいまいに返事をする私に、二度目を感じたのか、夏生さんはグリグリと両拳で私の頭をひねりあげてきた。



「わ、わかりました! もうしましぇん!」



 痛みにまゆと鼻をしかめていると、ウフフと笑う声が傍から聞こえてきた。

 そちらを見ると、さっきまで不安そうにしていたおばあさんが口元に手を添えて笑っていた。


 ……夏生さん達には怒られちゃったけど、良かったぁ。



「ごめんなさいね、笑ってしまって。あんまりにも可愛らしかったから。……そうね。小さなヒーローさんにはお礼にこれをあげましょう」



 おばあさんが私の前にしゃがみ、持っていた巾着袋から何やら袋を取り出した。


 見覚えがあるその袋の中身は……。



「あっ!」



 買ってくれてるーっ!


 それは私が瑠衣さん達と作ったミニ饅頭まんじゅうだった。


 さっきも屋台の前でたくさんの人が集まってるのを見たけど、実際に買ってくれてる人を見ると本当に嬉しい!



「美味しくて有名な甘味処が出している屋台のものだから、きっとお嬢ちゃんのお口にも合うと思うわ」

「そのおみせ、しってましゅー」



 ちなみに言うと、そこの店長さんも知ってるのー。

 なんか、自分の知ってる人が褒められてるの聞くと、自分のことみたいにこそばゆいなぁ。



「……そうだっ!」



 キョロキョロと辺りを見回すと、丁度空いたベンチが一つあった。



「おばーちゃん、まだおじかんありましゅか?」

「え? えぇ、大丈夫よ」

「あそこのベンチでいっしょにこれ、たべましょー」

「あら、嬉しいお誘いねぇ。それじゃあ、ご一緒させていただこうかしら」



 えへへ。実際に食べてもらって感想聞きたいもんね。


 男達に厳重注意とやらをするという綾芽達と別れ、私とおばあさん、それからアノ人は近くの空いたベンチに腰掛けた。


 さぁ、食べましょ食べましょ!



「あのねぇ、これ、これをうってたおねーちゃまとわたしがつくったの」

「まぁ、そうなの? すごいわねぇ」

「んふふー。たべてみてー!」



 おばあさんは一口口に入れ、ニコリと微笑んだ。


 どう? どうですか!?



「とーっても美味しいわ」

「ほんとー? おいしー?」

「えぇ。とーっても」

「そっかぁ。えへへー」



 照れるなぁ! もう!


 あまりの嬉しさとちょっとの気恥ずかしさに、アノ人の着物のすそをモジモジといじって誤魔化した。



「そなたも腹が減ったのか?」

「んー……あーん」



 厳密には違うけど、大して違わない空腹感に大人しく雛鳥よろしく口を開ける。

 すると、すぐにミニ饅頭が口の中に放り込まれた。



「どう? 自分で作ったもののお味は」

「るいおねーちゃまてんさい! おいしいっ!」



 やっぱり料理の出来って教えてくれる人にもよると思うんだよねぇ。

 その点、瑠衣さんは百点満点でした!



「これねー、みっつあじがあるの。えっとね、わたしがつくったのがあんこので、おねーちゃまがいちごのジャムのやつとチョコのやつ!」

「そう。私は餡子あんこのやつが一番好きだわ」

「むふふ。つぶあんはでしゅか? こしあんはでしゅか?」

「そうねぇ、どちらだとかはないわ。生地とかモノにもよるし。これだとこし餡がいいわね」

「こしあんならこっちでしゅ」



 私は作った人特権で分かるように入れていた目印を見て、おばあさんにこし餡のミニ大福を渡した。


 古今東西、餡子で争うのが、つぶ餡かこし餡か。


 私はどっちも好きだけど、どっちかが好き!って人は一定数いると思ったから両方で作ってみた。


 それにしても、こし餡はまだしも、つぶ餡のミニ大福作るの難しかったー。

 だって、生地で餡子を包む時、ただでさえ小さい手なのに、つぶつぶ餡子が包まりたくないって反抗してくるんだもの。何度つぶ餡をつぶしてこし餡にしてやろうと思ったか。



「あっ! こちらにいらしたんですね!? お探ししましたよ!」



 おばあさんと味比べしながら一緒に食べていると、少し離れたところから男の人の声がして、おばあさんがそちらを振り向いた。

 見ると、男の人がハァハァと息をきらし、流れる汗を手の甲で拭っている。



「あら、見つかってしまったのね。それじゃあ、私はこれで失礼するわ」

「あい。おはなしできて、とってもたのしかったでしゅ」

「私もよ」



 おばあさんはベンチから立ち上がり、最後に私の頭を撫でてから、迎えにきた男の人と一緒にどこかへ去って行った。



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