7


□ □ □ □



 ムワンとした熱気が朝の光と共に部屋の中に入ってきた。


 少し前に起きていた私は自分の部屋から出て行けず、というより、このとんでもない暑さの中、布団に包まるという愚行に走っていた。



「……何してはんの?」



 もう少しでお花畑が見えるかと思った時に綾芽が起きて、布団に包まっている私を見てあきれた顔でそう言ってきた。



「あのおおひろまには、じょれーがひつようでしゅ」

「除霊ねぇ。……そや、君のパパさんに聞いてみよか」

「……」

「悩むなぁ」



 アノ人に聞く? アノ人に?

 なんか都合のいい時だけ利用するってのも……って、またパパさん言った!



「あの人も自分の得意の範疇はんちゅうで君のこと助けてやりたいやろし。いいやん。たまには頼っても」

「うぅ。……でも、アノ人のれんらくさき、しらない」



 そもそも、アノ人に連絡手段はあるんだろうか。

 神様ネットワーク、とか言われても使えない。



「君が呼んだらえぇやん。それで大丈夫やろ」

「え?」

「パパーって」

「……えー」



 それは……い、や……とか言ってる場合じゃない。


 くそぅ。背に腹は代えられん。


 えぇい! ままよ!


 ……ちょっと寝間着のままだから、着替えてからね。


 グギュルルルゥ


 あと、ご飯食べてから。






 ご飯を済ませた後、私と綾芽は例の大広間……ではなく、夏生さんの部屋に来ている。


 なんで夏生さんの部屋なのか?

 夏生さんの部屋だと幽霊も避けてそうだから、っていう綾芽の独断と偏見です。



「……お、おとーさん」



 ……現れんよ?


 綾芽の方を見上げると、フルフルと首を振られた。


 何がいけないって言うのさ。



「そんなんじゃ出てきてくれへんよ。もういっぺんやり直しよし」

「えー」

「あの人がやけにこだわってはったやろ? ある単語に」



 ある単語。

 分かってるけど、言いたくなかったから別の言い方に変えたのに。


 ……くっ。



「おい。おめーら、流れるように無視してるが、俺がここで仕事してるってことを忘れるなよ?」

「忘れてないですって。お疲れやなぁーって思うて見とります」

「見てるだけじゃなくて、手伝ってくれてもいいんだがな?」

「あかんあかん」

「なんでだ」

「今からこの子の親御さん呼んで、あの部屋綺麗にしてもらわなあかんのですもん」

「……おぉーそーかそーか。ならとっとと呼び出して、とっととこの部屋から出て行きやがれ。こちとら暇じゃねーんだ」



 シッシと手で払いのける仕草をした夏生さん。


 その夏生さんの両脇では書類の山が脇侍わきじのように存在感を強めている。

 それに綾芽とのやり取りにもいつもの覇気がないし、余程疲労が溜まっているんだろう。これがストレスとなって爆発する時、一緒にいないことを祈るばかりだ。



「ふぅ」



 ゴキブリとアノ人、どっちがいい?と聞かれれば、割と真面目にゴキブリだと答えそうな私。そんな私が意を決しました。


 Take2、いきます!



「……パパさ」

「なんだ?」

「……ん」

 


 私が言い終わらないうちに横に立つ影。

 待つ間もいらなかった。



「我は今、ことほか気分が良い。なんでも言うがよいぞ?」



 いつものごとく全っ然気分良さげには見えない能面顔ですけどね!

 まぁ、気分が良いとおっしゃってるので、もちろんお願いしますけども!



「……あのね、おおひろまにゆーれいがいるの。だから、じょれーしてほしいの」

「幽霊?」

「そう。こえだけだったけど、ぜったいにいる!」

「そうか」



 んん? ここ、大広間じゃないよ?

 なんでしゃがんでんの? なんで腕広げてんの?


 

「ほら、何をしている。早く来ぬか」

「……あい」



 なんで私が怒られる感じになってるんだろう?


 解せん。


 どうやらコノ人は腕の中に飛び込んでくるのがお望みみたいです。


 飛び込むなんて無理だから、じりじりとにじり寄り、ぴとっと肩に手を置いた。



「……ふっ。ゆき、我はやったぞ」

 


 私を片腕で抱き、懐をガサゴソと探っているコノ人はお目当ての物を見つけたのか、それを取り出した。


 それは何枚かの紙だった。



「筆を」

「筆? あぁ、ほらよ」

「うむ」



 夏生さんから筆を借りたコノ人は取り出した紙を広げると、そこに書かれていたのは紛れもなくお母さんの字だった。



「……おかーさん」



 ただ、書かれている内容があまりよくないモノだった。少なくとも、私にとっては。


 “初めての子育て。仲良し親子になるためにやるべきこと”


 アノ人は紙に書かれた項目に上から線を入れ、また大事そうに懐に直していた。


 ……夏生さん、綾芽。

 おかしいならちゃんと笑って! 顔をそらしても肩が震えてるから、見てて分かるんだよ!


 図らずも知ってしまった紙のことは後でゆーっくり話すとして、まずはこちらが先だ。


 抱っこされたまま、例の大広間にやって来た。

 昨日の夜までは普通に来ていた大広間も、なんだか出てきそうな雰囲気が漂っている……気がする。



「うー」

「なぜうなっている? 腹が痛いのか?」

「ちがうっ!」



 ガウと吠えた私に、アノ人は首を傾げて前を向いた。

 

 今、この人の目に何が見えているのか。

 ……知らずにいた方がいいことだってきっとたくさんあるよね。



「なんだ。どんな魑魅魍魎ちみもうりょうかと思えば、歯牙しがにかけるにも足らん有象無象うぞうむぞうの低級どもではないか」

「その低級でもこの子が怖い言うとるんですわ。なんとかなります?」

「造作もないこと」



 アノ人は開いた扇を畳と垂直にあげ、スイッと横にいだ。


 するとどうだろうか。

 大広間の中が光り輝いて見え……たりなんてことはなく、至って変わらない大広間がそこにあるだけだった。



「なにもかわらないよー?」

「低級を追い払うだけではなかったのか? 低級ならば全て消え失せたわ」

「……ていきゅーもだけど、ちゅーきゅーもいるの?」

「ここではないがな」

「うひゃっ! どこ!?」



 アノ人が指さす方角にあるのは中庭と……夏生さんの部屋だ。


 私と綾芽は目を合わせ、コクリと同時に頷いた。



「ここよりも先にすべきところありましたわ。はよ行きましょ」

「どこへだ?」

「なつきさんのへやー! なつきさんがとりつかれちゃう!」



 最近よく肩が重いって夏生さんが言ってた時、三十肩だねって綾芽と笑ってたけど……。

 そりゃあ、余計なモン乗っけてたら重いよねぇ!?


 お早い私達の帰還に夏生さんはものすごーく嫌な顔をしたけれど、説明したら固まったのでそのままアノ人にさっきのをやってもらった。


 夏生さんも固まったってことは、本当は幽霊とか怖いのかなぁ。


 へへっ。仲間みーっけ。


 さて、これで一件落着。憂いも晴れた!

 後は……くふふ。楽しいお祭り待つだけだぁ!



「考えてることが丸分かりな子ぉやね」

「えっ!?」

「いい 塩梅あんばいとちゃいます? あなたと一緒におると」

「……なに?」

「……えー」



 確かにコノ人、全然感情が表に出ないけどさ。一緒に考えられるのはイヤ!



「……そや」



 綾芽がポンと手を打った。



「明日のお祭り、一緒に行かはります? 自分ら、見回りせなあかんくって、交代で回ろ言うてたんですけど、何が起こるか分からへんし。一人は確実についてた方がえぇですやろ?」

「ふむ。分かっ」

「イーヤー!」

我儘わがままはあかんよ? 自分ら仕事なんやから」

「……うー」



 仕事だって言われたら……仕方ない、けどさぁ。


 行かないって選択肢? 楽しいお祭りを前にしてそんな選択肢ありません。


 それにしても、綾芽。

 あなたそんなに仕事熱心じゃないよね? どうしたのさ。頭打った? ……もしかして、取り憑かれてる!?


 少なくとも、いつもの綾芽じゃないと思ったのは私だけじゃなかった。

 


「……お前、変なものでも食ったのか?」

「酷いわ。せっかくやる気だしてるのに、そないな言い草。傷つきましたわー」

「ぬかせ。自分の日頃の行いを思い出しやがれ」

「ちゃんと書類仕事もしてるやないですか」

「締め切り大分過ぎてからな! というか、書類仕事のことだって自覚あんじゃねぇか!」



 耳を塞いだ綾芽の頭に、夏生さんは拳を振り落とした。


 ゴンっと鈍い音がした頭をさすりながら、綾芽は夏生さんの耳元に口を寄せ、何やらそっと耳打ちした。

 残念ながら何を言っているかまでは聞こえなかったけど、夏生さんが私の方を見たから、何かしら私に関係があることなんだろう。



「……確かに人手があった方がいい。特に祭りの日はな。お前だって、迷子になりたかねぇだろ?」

「それに、君のパパさん、一緒に行かん言うても隠れてついてきそうやで?」

「……」



 それは……あり得る。


 なんか、綾芽と夏生さんに上手く言い包められてそうな気がするけど……仕方ない。私がコノ人のお守をしよう。


 一応、曲がりなりにもこの屋敷の皆を救ってくれた人。

 人?とかいうツッコミは今はなしの方向で。


 つまり、それなりのお礼はせねばなるまいってやつだ。


 ……絶対に父親とは認めないけどね!



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