夏と言えばアレ
1
□ □ □ □
長かった今年の梅雨も終わり、季節は本格的な夏を迎えた。
ジメジメした梅雨特有の暑さから、カラッとした夏特有の
「なぁなぁ、もうそろそろクーラー解禁してえぇんとちゃいます?」
「お前が仕事をきちんとするようになったら考えてやるよ。俺がうるさく言う前にな」
「横暴や。職権乱用ですやんか」
「口じゃなくて、手を動かせ、手を」
ダルそうに机につっぷしている綾芽とは対照的に、山積みになっている書類の束をちゃきちゃきと
私はその横で巳鶴さんからの宿題をこなしている。
宿題といっても、毎日の日記付け。
でも、たかが日記と
巳鶴さんお手製のノートに、その日あったこととか、何を食べたかとか、どんな運動をしたかとか、体調はどうだとか、なんとかかんとか。
“正確なデータがとれないので、毎日きちんと書くようにしてください”
最初は何日かまとめて書いてたら、巳鶴さんの抜き打ちチェックが入って怒られた。
他のことは大抵寛容な巳鶴さんだけど、こと研究に関しては夏生さんと同じくらい、いや、夏生さん以上に厳しい。
緑色とかの変な液体を飲まされるよりかは断然マシだと思うことにして、毎日毎日つけとります。
「……おわったぁー!」
朝ご飯の内容をノートに書き終え、畳にごろーんと寝転がった。
にしても……
「あちゅいー」
夏生さん、ほんと、クーラー解禁してください。でないと
「こんな暑い時にはアレやな」
「あれ?」
「怪談。涼しくなるやろ?」
「イーヤー」
「あっ、後ろに!」
「やめてぇーっ!」
ハッとした顔で私の後ろ指すのやめて!
いるの!? ほんとにいるの!? いないの!?
お、お母さーん!
「なんだなんだ? 楽しそうな話してんのに、なんで呼んでくれねーんだよ」
障子を開け、海斗さんが手に書類を持って入ってきた。不満そうなセリフとは裏腹に、表情は全く不服を訴えるものではない。
それにしたって、さっきのセリフは聞き捨てならん。楽しそう、だって?
「たのしくなんかないよっ!」
どこをどう見たら楽しそうに……綾芽は楽しそうだねっ!
海斗さんは夏生さんの隣に腰を下ろし、書類の束の上に自分が持ってきた書類をドサドサッと大量に積み上げた。
夏生さんもそれを見て目を細めたけど、結局深い溜息を一つつくだけで何も言わなかった。
まぁ、夏生さんの心情としては、書類を溜めていてなお全く終わらせる気配がない綾芽に比べればマシといった感じなんだろう。
綾芽が迷惑かけて……後で肩をお
「怪談もいいけどよ、チビにはこっちだろ」
夏生さんに出す書類の他にもまだ紙を持っていると思ったら、その紙はどうやら私に見せるために持ってきてくれたらしい。
……ほぉん。夏祭りですか、そうですか。
身を乗り出して見てみると、確かに私好みの夏のイベントが書かれていた。
うん、素晴らしい! これだよ、これ! これぞ夏に相応しきイベントぞな!
わた
……。
金魚すくいに、射的、輪投げ、ヨーヨーすくい。
……。
食べ物系の屋台の方が圧倒的に多いから、いっぱいでてくるのは仕方ないよねぇ?
「あやめ! いこ!」
「ん? あぁ、まぁ、えぇけど」
綾芽が海斗さんが持ってきた紙を夏生さんに回した。
せっつくために掴んでいた綾芽の服の袖を離すと、綾芽は私を自分の膝の上に座らせた。
「これ、見回りせなあかんかったと違います?」
「あ?」
なぁんだ。お仕事、かぁー。それだったら仕方ないかぁ。
……でも、やっぱり行きたいなぁ。
誰か非番で連れて行ってくれる人、いないかなぁ。
「そんなもん、交代で回りゃいいだろ。そうでもしねぇと、隠れてこそこそサボる奴らも出てきそうだしな」
「ほら、海斗。自分のことやろ、反論しときぃ」
「いやいや、お前もだろ」
「えー? そないなこと、しいひんよ?」
「こいつは堂々とサボる」
「……あぁー。まぁ、それな」
「隠れてこそこそするよりかはマシですやん。やましい事してるわけやあらへんし」
「サボる事自体をやましい事だとは思わんのか」
「あ、聞こえへんくなってしもて、堪忍。そやったら、君の浴衣を新調するのもえぇかもなぁ。暑ぅなってきて洗濯するのも増えたし、丁度えぇ。作りいこか」
え!? 新しい浴衣?
……嬉しい、けど。
その前に、夏生さんに出す書類、終わらせてあげて。そう遠くない未来、夏生さんの胃に穴が開いちゃいそうなんだもの。
すると、綾芽はサラサラサラとペンを走らせ、ものの数分でたくさんあった書類の山を片付けた。
「ほい、夏生さん。これで行ってもえぇですやろ?」
「……どこへでも行ってきやがれ」
綾芽の仕事が終わるのに対して夏生さんの仕事は逆に増えていく。
夏生さんの機嫌が悪くなるのは仕方ないよね。
っていうか、みんな夏生さんのこと怖い怖い言うけど、夏生さんの雷が落ちる前にしっかり仕事を終わらせないからじゃ……。
「あぁ、待て」
綾芽と手を繋いで……手を繋がされて部屋を出ていこうとした時、夏生さんに呼び止められた。
上体だけ後ろを向くと、夏生さんが着物の袖の中からゴソゴソと何かを探り出した。
「これでそいつに浴衣買ってやれ。お前はなんか別の……
「……どうしたんです? これ」
折り目正しい
今までも菓子代だなんだと夏生さんのポケットマネーから出してくれることはあったけど、今回のはどうやらその夏生さん銀行とは明らかに違う。
綾芽も今までのように財布からそのまま渡されたならお礼を言ってもらうだけだっただろうけど、さすがに不審そうに親指と人差し指でつまんで受け取っていた。
「某神さんからもらったやつだ。怪しいもんじゃねぇよ」
某、神さん、だと?
そんなものに知り合いは……一人しかいない。
「へぇ。お金っていう概念あったんです? 知らんと思ってました」
「こいつの母親にそこら辺叩き込まれたんだろ。ちなみに、そこにいるから、行くなら連れていけ。これ以上そこに居座られても気になって仕方ねぇ」
そう夏生さんが言い終わるが早いか、私は夏生さんが指さした隣の部屋へ続く
耳に大きく切れの良い音が飛び込み、いきなり襖をすごい勢いで開けられたというのに、目の前の人……人?は全く動じず、持っていた湯呑に口をつけたまま私と目があう。横には三色団子が三本、お皿に載せられていた。
完全におくつろぎ中、いわゆる我が家モードだ。
「……」
「そなたも食べるか?」
そのまま再び障子に手をかけ、先程とは逆の方、閉める方向へ全力を注いだ。
お金のお礼は……また今度手紙でも書けばいいし、なんの問題もないね!
「あやめ、いこ!」
「えー。いや、夏生さんに連れてけ言われとるしなぁ」
「いーの! かいとっ! よろしくっ!」
「えっ!? 俺!?」
自分を指さして口元を引きつらせる海斗さんに後を任せ、綾芽の手を引っ張った。
「じゃっ! いってまいりましゅ」
「おぉ、行ってこい行ってこい」
ぴしっと敬礼し、夏生さんに挨拶した。
夏生さんも海斗さんに面倒ごとが移って一安心したのか、しっしっと手で追い払う仕草をしてくるだけだった。
しかし、そこで困ったのが押し付けられた海斗さん。
「ちょ、お前の親だろ。お前が面倒見ずに誰がみるんだよ」
最後の抵抗を試みてきた。
「大丈夫やって。彼、ほんのすこーーーーし浮世離れしてたり、社会的に疎いとこもすこーーーーーーーしあるけど、えぇ神さんなんやし。まぁ、悪い人やないんやから頑張りぃ」
綾芽が海斗さんの肩をポンと叩くと、海斗さんは複雑そうな表情で隣の部屋を見つめた。
同じマイペース代表の綾芽が言うと、妙に納得できたりできなかったり。
少しの部分がだいぶ引き伸ばされていることについては、暗黙の了解か、誰もツッコミをいれなかった。
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