夏と言えばアレ

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 長かった今年の梅雨も終わり、季節は本格的な夏を迎えた。


 ジメジメした梅雨特有の暑さから、カラッとした夏特有の茹だるような暑さへと変わり、それぞれの部屋の扇風機稼働率はほぼ百パーセントになっている。



 「夏生はん、もうそろそろクーラー解禁してえぇんとちゃいます?」

 「てめーが仕事きちんとしたら考えてやるよ」

 「横暴や。職権乱用ですやんか」

 「口じゃなくて、手を動かせ、手を」



 ダルそうに机につっぷしている綾芽とは対照的に、ちゃきちゃきと山積みになっている書類の束を捌いていく夏生さん。


 私はその横で巳鶴さんからの宿題をこなしている。



 宿題といっても、毎日の日記付け。


 たかが日記と侮るなかれ?


 巳鶴さんお手製のノートに、その日あったこととか、何を食べたかとか、どんな運動をしたかとか、体調はどうだとか、なんとかかんとか。



 “正確なデータがとれないので、きちんと毎日書くようにしてください”



 最初のころは何日分かまとめて書いてたら、巳鶴さんの抜き打ちチェックが入って怒られた。



 他のことは大抵寛容な巳鶴さんだけど、こと研究に関しては夏生さんと同じくらい、いや、夏生さん以上に厳しい。


 変な緑色とかの液体を飲まされるかは断然マシだと思うことにして、毎日毎日つけとります。



 「おわったー!」



 朝ご飯の内容をノートに書き終え、畳にごろーんと寝転がった。


 にしても……



 「あついー」



 夏生さん、ほんと、クーラー解禁してください。


 でないとゆでダコになりそう。



 「こんな暑い時にはアレやな」

 「あれ?」

 「怪談や。涼しくなるやろ?」

 「イーヤー」

 「あっ、後ろに!」

 「やめてー!!」



 ハッとした顔で私の後ろ指すのやめて!


 いるの!? ほんとにいるの!? いないの!?


 お、お母さーん!!



 「なんだなんだ? 楽しそうな話してんのに、なんで呼んでくれねーんだよ」



 手に書類を持った海斗さんが障子を開けて入ってきた。


 不満そうなセリフとは裏腹に、表情は全く不服を訴えるものではない。



 それにしても、さっきのセリフは聞き捨てならん。


 楽しそう、だって?



 「たのしくなんかないよっ!」



 どこをどう見たら楽しそうに……綾芽は楽しそうだねっ!



 海斗さんは夏生さんの隣に腰を下ろし、夏生さんの書類の束の上に自分が持ってきた書類を自然にポンと乗せた。


 夏生さんもそれを見て目を細めたけど、結局深いため息を一つつくだけで何も言わなかった。


 まぁ、夏生さんの心情としては、書類を溜めていてなお全く終わらせる気配がない綾芽に比べればマシといった感じなんだろう。



 綾芽が迷惑かけて……後で肩をお揉みいたします。



 「怪談もいいけどよ、チビにはこっちだろ」

 


 夏生さんに出す書類の他にもまだ紙を持っていると思ったら、その紙はどうやら私に見せるために持ってきてくれたらしい。


 身を乗り出して見てみると、確かに私好みの夏のイベントが書かれていた。



 ふおぉぉぉぉぉぉぉ!


 夏祭り!



 わたあめ、りんご飴、たこ焼き、焼きとうもろこし、焼き鳥、かき氷、イカ焼き、クレープ、チョコバナナに冷やしパイン、焼きそばに、フランクフルト、フライドポテト。


 ……。


 金魚すくいに、射的、輪投げ、ヨーヨーすくい。

 

 ……。


 食べ物系の屋台の方が圧倒的に多いから、いっぱいでてくるのは仕方ないよねぇ?



 「あやめ! いこ!」

 「まぁ、えぇけど。……これ、見回りせなあかんかったと違います?」



 綾芽が海斗さんが持ってきた紙を夏生さんに回した。


 せっつくために掴んでいた綾芽の服の袖を離すと、綾芽は私を自分の膝の上に座らせた。



 お仕事、かぁー。


 それだったら仕方ないかぁ。


 誰か非番の人、いるといいんだけど。



 「……交代で回りゃいいだろ。そうでもしなきゃ隠れてこそこそサボる奴らも出てきそうだしな」

 「ほら、海斗。君のことやろ、反論しときぃ」

 「お前もだろ」

 「えー。そんなことせぇへんよ?」

 「堂々とサボるからな」

 「……確かにそうだな」

 「隠れてこそこそするよりかはマシですやん。やましい事してるわけでなし」

 「仕事をサボる事自体をやましい事だと思いやがれ」

 「あ、聞こえんくなった。そやったら、君の浴衣を新調するのもえぇかもなぁ。暑くなってきて洗濯するのも増えたし、丁度えぇ。作りにいこか」



 え!? 新しい浴衣?


 ……嬉しいけど。


 その前に夏生さんに出す書類、終わらせてあげて。


 そう遠くない未来に、夏生さんの胃に穴が開きそう。



 綾芽はサラサラサラとペンを走らせ、ものの数分でたくさんあった書類の山を片付けた。



 「はい、夏生はん。これで行ってもいいですやろ?」

 「……どこへでも行ってきやがれ」



 綾芽の仕事が終わるのに対して夏生さんの仕事は逆に増えていく。


 夏生さんの機嫌が悪くなるのは仕方ないよねぇ。


 っていうか、みんな夏生さんのこと怖い怖い言うけど、仕事をしっかり終わらせないからじゃ……。



 「……あぁ、待て」



 綾芽と手を繋いで……手を繋がされて部屋を出ていこうとした時、夏生さんに呼び止められた。


 上体だけ後ろを向くと、夏生さんが着物の袖をゴソゴソと探っている。



 「これでそいつに浴衣買ってやれ。お前はなんか別の……かんざしでもあつらえろ」

 「どうしたんです? これ」



 折り目正しい熨斗袋のしぶくろに入った金一封と思しき厚み。


 今までも菓子代だなんだと夏生さんのポケットマネーを出してくれることはあったけど、今回のはどうやらその夏生さん銀行とは明らかに違う。


 綾芽も今までのように財布から出されて渡されたならそのままお礼を言ってもらうだけだっただろうけど、さすがに不審そうに親指と人差し指でつまんで受け取った。



 「……某神さんからもらったやつだ。怪しいもんじゃねぇ」



 某、神さん、だと?


 そんなものに知り合いは……一人しかいない。



 「へぇ。お金っていう概念あったんです? 知らんと思ってました」

 「こいつの母親にそこら辺叩き込まれたんだろ。……ちなみにそこにいるから、行くなら連れていけ。これ以上そこに居座られても気になって仕方ねぇ」



 私は夏生さんが指さした隣の部屋へ続くふすまをスパーンと勢いよく開けた。


 耳に大きく切れの良い音が飛び込み、いきなり襖をすごい勢いで開けられたというのに、目の前の人……人?は全く動じず、持っていた湯呑に口をつけたまま私と目があった。


 横には三色団子が三本、お皿に載せられて置かれている。


 完全におくつろぎ中、いわゆる我が家モードだ。



 「……」

 「……そなたも食べるか?」



 私はそのまま再び障子に手をかけ、先程とは逆の方、閉める方向へ全力を注いだ。



 「あやめ、いこ!」

 「えー。いや、夏生はんに連れてけ言われとるしなぁ」

 「いーの! かいとっ! よろしくっ!」

 「えっ!? 俺!?」



 自分を指さし、口元を引きつらせる海斗さんに後を任せ、私は綾芽の手を引っ張った。


 お金のお礼は……また今度手紙でも書けばいいし、なんの問題もないね!



 「じゃっ! いってまいりましゅ」

 「おぉ、行ってこい行ってこい」



 ぴしっと敬礼し、夏生さんに挨拶した。


 夏生さんも海斗さんに面倒ごとが移って一安心したのか、しっしっと手で追い払う仕草をしてくるだけだった。


 しかし、そこで困ったのが押し付けられた海斗さん。



 「ちょ、お前の親だろ、お前が面倒見ずに誰がみるんだよ」



 最後の抵抗を試みてきた。



 「大丈夫やって。彼、ほんのすこーーーーし浮世離れしてたり、社会的に疎いとこもすこーーーーーーーしあるけど、えぇ神さんなんやし。まぁ、悪い人やないんやから頑張りぃ~」



 綾芽が海斗さんの肩をポンと叩くと、海斗さんは複雑そうな表情で隣の部屋を見つめた。


 同じマイペース代表の綾芽が言うと、妙に納得できたりできなかったり。



 少しの部分がだいぶ引き伸ばされていることについては、暗黙の了解か、誰もツッコミはいれなかった。




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