天才とは何かと何かの紙一重

1


 ◇ ◇ ◇ ◇



 いっちに、さんし。


 みなさん、おはようございます。

 ただいま私、屋敷のお庭で朝のラジオ体操中ですので、しばしお待ちを。



「すぅーはぁー、すぅーはぁー」



 ……よし、今日も元気に神様修行と勉強とお子様生活いってみよー。


 しっかりと体操を終えて満足したところで、クルリと勢いよく振り返る。

 ちょうど欠伸あくびをかみ殺している真っ最中だった綾芽と目が合った。美形は何しても美形にしか見えないって本当なんだなぁって思う。


 タタタっと綾芽がいる縁側に駆け寄り、踏み石で靴を脱いで私も縁側へ上がった。



「髪の毛くしゃくしゃやん。動かんといてな?」



 体操したせいで若干乱れた髪の毛を、綾芽が優しく手すきで直してくれた。


 二人でほのぼのとした時間を過ごしていると、薫くんがキョロキョロと周囲を見渡しながら廊下の角から現れた。



「あぁ、いたいた。綾芽、ちび。朝食できたよ」

「きょうのごはんは?」

「さわらの西京焼きにほうれん草のお浸し、玉葱たまねぎの卵とじ……って、ちび、よだれ

「はっ! えへへぇー」



 いかんいかん。想像したら勝手に。これだから食い意地が張っていると言われるんだろうなぁ。


 服の袖でごしごし拭って、呆れかえっている薫くんにニコッと笑っておいた。





 手を洗って、気分はルンルン。

 朝ご飯が待ってる食堂への足取りは軽い軽い。今だったら空も飛べる気がする。


 ……飛べる、のかな?



「おはよーごじゃいましゅ」

「おはよー」

「おはようさん」

「おはようございます」



 今日も今日とておかず戦争が勃発ぼっぱつしている危険地帯、もとい食堂の中へと足を踏み入れた。


 たまに醤油瓶しょうゆびんとかソース入れとかが飛んでくることもあるから、ホント危ないんだよねぇ。



「薫、頼むわ」

「オッケー。これと、これね」



 カウンターの向こうにいる薫くんから、綾芽が二人分の朝ご飯が乗ったトレイを受け取る。

 私も両方の手の平を上に掲げてスタンバイ。のせてのせてー。



「いや、無理やろ。君はこれな」

「お、おしぼり」



 不満そうな顔をしてたら、もう一本追加された。


 そういうことじゃないんだけどなー。


 釈然しゃくぜんとしない気持ちのまま、私も綾芽の後について行く。

 空いたテーブルを見つけると、綾芽にひょいっと抱えられ、特等席についた。幼児用椅子だから特等席なのも当たり前なんだけどもね。



「いっただきまーしゅ!」



 まずは、さわらの西京焼きを一口。


 ……ぁぁぁっ。


 口に含んだ瞬間、さわらに染み込んだ味噌みそとかみりんとかの味がぶわぁっと広がった。けれど、決して調味料の味だけじゃなく、さわら自身の旨味をこれでもかと引き立たせる側に回っている。


 おいしぃよぅ。これはご飯がとまらんやつ。



「そんな慌てて食べへんくても、誰も君からったりしぃひんよ」

「ふぁって、ふぉいしーの」

「口に入れたまま喋ったらあかん」

「……あい」



 ごくりとそれまで食べていたものを飲みこみ、素直に返事をした。


 でも、私は覚えている。

 誰も盗らないと言いつつ、この間のパフェ、綾芽が手伝いと称して結局大半を食べたことを。


 決して忘れぬぞ! 決してだ!

 ……ごほん。さて、お次はぁっと。


 玉葱の卵とじにはしをつけた時、どこからか視線を感じた。

 でも、ここではかなり異端な存在である私に注目も的になるのは日常茶飯事。


 それよりも、今は目の前のご飯が大事!


 それからは、あっという間に大半を平らげた。


 皆お酒は飲みに行くけど、ご飯は帰ってきてから食べるわけだ。こんなに美味しいんだから。

 

 ふっと厨房の方を見ると、丁度薫くんもこちらを見ていた。


 今日もかなり美味しかったです!


 グッとサムズアップして視線に応えると、薫くんは肩をすくめて奥に戻って行った。



「おごちそーさまでしたぁー」



 両方のてのひらを合わせ、ペコリと一礼。


 ふぃー。満腹、満腹。


 綾芽が私を椅子から降ろし、トレイを持ってカウンターへと歩いていく。私も両腕を上げながら、その後ろについていった。もちろん、といっていいのか悪いのか、何も持たないまま。


 か、片付けるんだから、軽いはずなのにっ! なぜ持たせてくれんのか!


 綾芽はそのまましれっとカウンターにトレイを置き、私を見下ろしてきた。


 むぅ。



「今日は何する日なん?」

「ん? えっとねー」



 食堂の壁に掛けられている当番表。その各当番名の板の横にフックが取り付けられている。そのフックに自分の名前が書かれた板が掛けられたら、その人がその日の当番になる仕組みだ。


 つい先日、綾芽がご飯の買い出し係だったので、私も自分の名前を紙に書いてその横に貼ってみた。そしたら綾芽が準備してくれて、晴れて私用の板が完成したというわけだ。


 といっても、やっぱり簡単なものしか割り振られない。

 だけどまぁ、何もしないでグータラ過ごす日々よりかは断然マシなので黙々とお仕事しております。


 働かざる者食うべからずってね!


 その当番表による、と……んん? 

 薬草園の草むしり、とな? 薬草園なんてここにあったっけ?



「……」

「……あー、薬草園な」

「やくそーえん?」



 私が黙った理由が漢字が読めないからだと思ったらしい綾芽が、一文字ずつ指差しながら教えてくれる。

 側で同じように今日の当番を確認していた男の人が、チラッと綾芽に視線を向けられる。そのままコクリと頷き、男の人はどこかへ消えていった。

 こういう場合、次に見た時、私が読めないと思われた字の横には読み仮名が振られているのだ。もちろん、綾芽からの無言の指示を受けた人達がやってくれたってことで間違いない。


 うん、あの、ごめんなさい。読めてます。読めてるんです。ごめんなさい。



「あぁ、君、まだあの人に会ったことないんやったっけ?」

「あのひと?」



 ダメだ。頭の上に?マークが飛び交っておる。


 誰か説明をギブミー!



「さ、薬草園に行くなら準備せなあかんやろ。おいで」

「あ、あい」



 そんなに大変なのか? 草むしり。


 ……が、頑張ります。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る