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◆ ◆ ◆ ◆



 屋敷の裏手には母屋とは別に離れがある。

 その離れの一室に今日の夕飯であるぜんが一人分、作り手である薫さんの手によって運ばれてきた。今日も今日とて美味しそうな匂いが鼻をくすぐる。


 それまでやっていた薬草をすり潰す作業の手を止め、一旦いったん手早く片付けた。それから膳の前に腰を下ろす。いつもは食事戦争の采配さいはいを振るうためにすぐ食堂の方へ戻る薫さんも向かい側に座った。


 そういえば、この頃少し気になることがある。

 いい機会だし、彼に聞いてみるのもいいかもしれない。



「最近、やけに洋風なものが多いですね」



 膳の上に載っていたおしぼりで手をきながら尋ねてみた。


 今日の献立は、鶏肉のトマト煮、豆腐とソーセージのコンソメスープ、炊き込みシーフードピラフ。聞けば、他にもあと二、三品準備があるらしい。けれど、食が細い私にはこれでも多いくらい。それに、主菜と主食とはいえ、肉と魚が入り混じるのも珍しい。

 

 

「そう? まぁ、そうかもね。あの子、なんでも食べるから、ついこっちも面白くなっちゃって。まずはやっぱり子供が好きそうなものから攻めていってるんだよね」

「あの子?」

「ん? あ、まだ会ったことないんだっけ? あの子の口からも貴方のこと聞いたことないし」



 あの子。

 ……あぁ、そういえば、綾芽さんが連れてきたという女の子。


 確か、神の子、とか。

 

 

「一度会ってみるといいよ。もしかしたら、気分転換になっていい考えが浮かぶかも」

「そういうものですかねぇ」



 薫さんは私が食べ終わったのを見計らって、夕餉ゆうげの膳を持って立ち上がった。


 さて、私も薫さんがくる前までやっていた仕事に戻るとしましょうかね。


 そのまま母屋の厨房へ戻ると思っていた薫さんが、アッと声を漏らし、戸に手をかけたままこちらを振り返った。



「綾芽がね、仕事が忙しくなりそうだから、薬多めに作っておいてだってさ」

「分かりました。研究の時間が惜しいので、なるべく怪我をしないでくださいと伝えてください」

「了解。……あなたもなかなかに性格イイよね」



 性格いい? 何故だかあまり良い意味には聞こえないんですが。


 そう言い残し、薫さんは今度こそ扉を閉め、母屋へと戻っていった。


 外は真っ暗。

 研究をしていると、夜明けはあっという間にきてしまう。


 でも、目元に隈なんか残して小さな女の子に会うわけにはいきませんし、今日は少しでも寝ないといけませんねぇ。




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