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お客様を迎える時に使う御座敷に腰を
夏生さんや綾芽の顔を交互に見ていると、変人さんの手が私の方にぬっと伸びてくる。その気配を察知するや、さっと身体を
さっきから何度か繰り返しているというのに、変人さんは
なんとも困ったことに、変人さんは
「それで、そちらさんがこの子の、その、パパさん、やって?」
綾芽は普段は傍観者役に
一方の夏生さんは、なんだかさっきから
――それにしても。
綾芽ってば、ずっと声が震えてる。まったく。どうせ退屈せんでえぇとか思っちゃってるんでしょ。その口元を隠している手の下、絶対こらえきれなかった笑みが浮かんでる。
変人さんも変人さんで、どこからか取り出した
「うむ。そなたらには世話になった」
「うーん。こっちも、この子が違う言うてはるし。はい、そうですかって渡すわけにはいかんのですわ」
「……我から娘を
変人さんの
しかも、相手は人間の姿をした人間ではない
ただ、知らないまでも、この場にいる綾芽に夏生さん、海斗さんなら相手の次の出方くらいは読めるはず。なにせ、私にすら怒っているだろうことが分かるくらいなのだ。大人で人生経験豊富に違いない三人なら朝飯前だろう。
なのに、あえて読まないのが綾芽だった。
「娘、ねぇ。この子のお母さんの名前、言えます?」
「我が妻の名を何故明かさねばならぬ」
「はぁーっ。まったく話になんねぇな」
さらに
本当なら綾芽達からお仕事の報告を聞かなきゃならない貴重な時間だろうに。
……仕方ない。連れてきてしまったのは私だ。ここは私が
座布団の上から立ち上がり、変人さんの座る座布団の横へ立った。
「おかーしゃんのおなまえ、わたしにだけおしえて?」
右耳を両手で囲い、ひそひそ話のスタンバイ、オッケーです。
いつでも来いや!
「母の名前を忘れるとは、仕方のないやつだ。特別だぞ?」
変人さんが嬉しそうにしてる気がしなくもない。相変わらず無表情だから分からないけど、声のトーンが若干上がったような?
夏生さんと綾芽、それに海斗さんは私達を黙って見守ってくれた。
「お前の母の名は、
……え? どういうこと?
どうせ人違いだろうって単純に考えてた。教えてもらって、あぁやっぱり違うよって。
でも、この人が口にした名前はお母さんの名前で間違いない。
どうなってるの? 同じ名前っていうだけ?
「ど、して? どうしてしってるの!?」
「おい、落ち着け」
「このひと、おかーしゃんのおなまえ、しってましゅ!」
夏生さんは綾芽と顔を見合わせた。綾芽が軽く肩を
私、どうなっちゃうの? ここ、出てくの?
「それじゃあ、この子のパパさんいうのは間違いないわけや」
「先程からそのように言っていたであろう? くどい」
「そら堪忍。ほんで、君はどうしたいん?」
「え?」
どうしたいって……選ばせてくれるの? ここにいてもいいの?
「何を言っておる。一緒に」
「わたし、ずぅーっとここにいる! あやめたちとずぅーっといっしょ!」
「なっ」
綾芽に駆け寄り、ぎゅーっとしがみついた。それを見て、変人さん、もとい自称“私のお父さん”は絶句している。
今まで想像したことはあっても、実際に会ったことはなかった存在。きっと、病気か事故で死んじゃったのかと思って触れなかった存在。
お母さんはこの人の分まで私を精一杯愛し育ててくれた。私が悪かった時以外、どんな時でも私の一番の理解者でいてくれた。マザコンと言われてもいい。私はそんなお母さんが大好きだ。これまでも、そしてこれからも。
でも、本当はお母さんだってこの人が一緒にいた方が良かったと思ってる。だって、ふとした時、誰かを探すようにきょろきょろしてた。きっとこの人のこと探してたんだ。それなのに、一度だって姿を見せたりしなかった。
この人は、お母さんを置いてけぼりにしたんだ。
――絶対に
そう思ったら、言葉が口をついていた。
「あなたのこと、だいっきらい! かえって!」
「あっ、おい!」
海斗さんの静止も振り切り、脱兎のごとく御座敷を飛び出した。向かう先は綾芽の部屋。といっても、今は私の部屋でもある。
いや、本当は場所なんてどこでも良かった。とにかくあの人と一緒の空気を吸っていたくなかっただけ。一秒でも早く遠くに行きたかったのだ。
ただ、それがいけなかったのかもしれない。
下ばかりを向いて走っていたせいで、曲がり角で何かにドンッとぶつかった。
「みやび?」
「……りゅー」
顔を上げると、劉さんが目を丸くしてこちらを見下ろしていた。唇をきゅっと引き結んだ私を見て、軽く首を傾げている。
「どうした?」
「なんでもにゃい」
「うそ、だめ。なんでもない、ちがう。どうした?」
たどたどしくも、私を心配していることが分かる言葉たち。それを聞いていると、ささくれ立っていた心がゆっくりと
それでも、一度表面化した負の感情はすぐには消えたりなどしない。
「りゅー、ぎゅーかだっこ、して」
劉さんに向けて両腕を差し出す。
そんな私を、劉さんは嫌な顔一つせず抱き上げてくれた。いつもそうだ。綾芽を母親代わりとするなら、彼はさしずめ年の離れた兄代わりだろう。それも、格別仲が良い兄妹の。
「りょうほう、する。だいじょうぶ」
頭撫で撫でのオプションまでついてきた。
なんか、自分でお願いしたくせにこそばゆい。けど……あったかいなぁ。
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