#02 Oh Magnify The Lord/藤風明

「――Somebody, make some noise!」


 曲の終わり、各楽器のアドリブが盛大に響く中で、ジェームズのシャウトに応えて部員たちも声を上げる。負けじと客席から返ってくる歓声と拍手を浴びながら、藤風ふじかぜは後ろに用意してあったワイヤレスのマイクを手に取る。

 左隣の沙由さゆが、「頑張ってください!」と言うようにガッツポーズ。何ヶ月一緒にいても慣れないカワイイの塊にドキリとしつつ、藤風もウインクを返す。


 そして音が薄くなったタイミングで、山吹やまぶきがスティックで4カウント。そしてジェームズの軽快なピアノイントロの中、藤風はスタンドマイクの前からステージ中央へ。客席へクラップを煽っている和可奈わかなに並び、サウンドのキメに合わせて一緒にポーズを決める。


 息を吸い込む。声を張るため、そしてこの空間に漂う熱気を味わうために――ああ、これはちょっと、期待以上だ。


「盛り上がってるかClub Supernal――!」

 ホールに響き渡る自分の声、返ってくる歓声、そして後ろから響く最高に格好いいサウンド。いつかなりたいと思っていた自分の姿は、予想より早く現実になった。

 二曲目、Kurt Carr & Kurt Carr Singersの「Oh Magnify The Lord」。


 サックスが華やかな前奏に続き、ジェームズの歌が始まると共に、和可奈とのコンビネーションダンスが始まる。

 せっかく前にいるならダンスがしたい、という藤風の提案は快諾されたが、振り付けの方向性にはしばらく悩んでいた。普段聴いている音楽とはだいぶ違うので、参考にできるアーティストが見つからなかったのだ。


 そこで藤風は、入部当初の和可奈へのコンプレックスを思い出す。

 昔から歌が上手いとは周りに言われ続けていた、その頃は合唱はまだ性に合わなかったけど、ポップスでのパワーならそうそう負けない――そんな藤風の自信を、碧雪祭での和可奈の歌がへし折った。美しいソプラノだけじゃない、カワイイからワイルドまで楽しそうに歌い分けてしまうこの人には、どんな歌でも勝てそうにない。

 

 そこで初めて、真剣に合唱に、自分の歌に向き合おうと思えた。

 人から学んで、合わないって思い込んでいた成分を吸い込んで。


 その先でやっぱり自分には届かない、そう感じる方角を知ると同時に。

 これなら向いている、そう確信できる方角を知った。


 音を合わせるのも、声を澄ませるのも上手くなった。

 去年はギターでも活躍できた。ダンスでも教える側に回れた。

 二年目の碧雪祭ではラップもやった、結構好評だった。

 この前の体育祭では殺陣もやった、後で映像を見たら思った以上にキマっていた。


 見つけた一つ一つを、それからずっと磨いてきた。一点では誰かに勝てなくても、手札の多さなら部の中でも随一だろうという自負がある。


 そうやって大きくなった自分で、今度は原点でもある先輩と。


「ダンスバトルです、和可奈さん」


 最初は二小節ごと、次に一小節ごと。お互いに技を見せつけ合うように。

 和可奈がどれだけダンスの経験があるかは知らなかったが、やはりそつなくこなしてきた――表情といいスタイルといい声といい、この人はカラダのコントロールが上手すぎる。


 しかし、傾けてきた情熱なら負けてない。和可奈がしなやかでフェミニンな魅力を放つなら、こっちは手数と熱量で勝負だ。

 結樹と一緒に改造した衣装、動きに合わせてラメの反射と裾のヒラヒラが映える。

 そしてあちこち探し回って好みのを見つけた、金のウィッグも遠慮なく振り乱す。あと一年半は校則がうるさいが、今日は衣装の名目の下で完全に自由だ。


 手番を交換するたびに、視線を交わす。余裕の笑顔の和可奈に対し、藤風は――意識はできていなかったが、こんなに楽しいんだ、きっとイイ笑顔のはず。


 そしてラスト。キメに合わせてターンし、背中を合わせ。歌の続きをハモる――大丈夫、上がった息でも何とかなった。あれだけ動いてもやっぱり余裕そうな和可奈に「さすがです」とウインクしてから、前に進み出て、クワイヤと共に歌い出す。


 意外とステージからよく見える、観客ひとりひとりの顔。目が合ったら緊張するかと思ったが、むしろさらに集中力が上がっていく気がした。思い切ってじっくり眺め、先輩やクラスメイトを探しながら――いた、日和ひより


 いい所だらけなのに、どこか居場所がないような。そこまで付き合いは深くないけど、大事な――少なくとも藤風にとっては大事な、友達に。

 個性も強みもバラバラだけど、それぞれの「居場所」で光を放つ、そんなステージを見て、何かヒントを掴んでほしいと思った。招待した友人たちの中でも一味違う思い入れを乗せ、声と共に指を差す。

 

 日和にも、ここが良かったと思える、ここにいる自分が好きだと胸を張れる居場所が、きっとある――その予感がしたときに、あるいは迷ったときに。

 君の目の前の雲を晴らす風に、ウチがなれたなら。


 意識をステージに戻す。全身を包む音の楽しさに、練習以上に声が伸びる、ステップが弾む。合間に見えるみんなの表情が、伝わる熱が、心臓と肺に直結する。


 後半戦、ジェームズとのハモりとクワイヤとの掛け合いを経て、クワイヤによる高音の繰り返しに入る。練習の頃から悲鳴の絶えないパートだったが、今では鋭く分厚いコーラスができあがっている。その圧に押されるように、藤風も声を響かせる。


 爪先から頭までの全身、低音から高音までの全音域。動と静――は、今はいらない、全てを動にして。

 みんな、もっと響かせてよ。ウチはそれを越える――この一瞬、この場の光を、全霊で浴びるんだ。


 最後のフレーズ。膝をついて天を仰ぎ、一生分の息を吸って。クワイヤが伸ばす先へ、バンドの音が切れる先まで伸ばしてから、切ると共に拳を突き上げる。


 声援と拍手に混じる、ウチの名前――ああ、夢、叶っちゃったかも。

 けど、終わりじゃない。まだまだ、自分の新しい音楽に、たくさん会いに行かなきゃいけないんだ。


 立ち上がってお辞儀をしてから、ワイヤレスマイクを結樹ゆきに渡す。

 届かない憧れに相応しくあるように、叶わない恋を原動力に自分を磨いてきた、オトナで格好よくて、けど一途で寂しがり屋な、大事な仲間に。

 肩を叩いて、エールを送る――次は、君の番だよ。

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