Rainbow Noise -雪坂高校合唱部-

いち亀

Prelude

 Side:N


「自分がノイズに思えてしょうがない」

「あれこれ頑張ったって、ノイズにしかなれない」

 親密になった、しかし会ったことのないその少年……和枝かずえくん、は頻繁にそう書いていた。


 〉他の部活の仲間が「自然に」「普通に」出来ることが……あるいは出来るようになったことが、どうにも上手く出来ないんです。

 〉本当に、才能って辛いです。まあ「才能」って言葉に逃げるなって、同期には言われたんですが。


 私がネット上で見つけた彼は……というより彼の言葉は、私の世界に初めて知るような作用を与えていた。切なくも温かい物語に、すっと心に沁み込んでくる文章に。

 そして、人の世界への優しさに。私は、紛れもない特別さを、才能を感じていたのだが。


 〉そこまでして、自分を嫌いになりかけてまで、合唱部に身を置き続けるのはどうしてですか?


 和枝くんは、その才能を思いっきり発揮しようと思えば、その場所さえあれば、もっと強く輝けるはずだ。そこに時間を、力を使ってほしいとも思えてならなかったのだが。


 〉好きで好きで仕方ないんですよ……初めて会ったあの頃に心の底から惚れちゃったんですよ。聴いた歌に、醸される空気に。自分もそこにずっと居たいって、その想いが頭から離れてくれなくて。

 〉「受け取り手として」好きな分野に、「作り手として」向いてるかどうかは別問題だってのは当たり前で、僕の場合は向いてなかったって話ですよね……自分の声、自分の存在が混ざることで、あったはずの調和が壊れてるようにも思えて。

 〉自分だけ悪い意味で浮いているよなってずっと感じながら、けど、そこから去るのは嫌なんですよ。

 〉それでも、本当に僅かずつでも成長できていますし。先輩も同期も、自分のことを認めていてくれてるので……その優しさには応えたいんです。


 一緒に努力し、青春を過ごす仲間なんて、私にとっては縁のないものだったが。彼には、そんな存在がちゃんとついているらしかった。

 それは、羨ましくもほっとする報せだった……君は、その道を捨てて逃げだしたりしちゃいけない。そんな苦しみを味わっちゃいけない。


 そして。


 〉その子のことが好きで、どうしようもないんです。彼女なしじゃ、僕の世界が成立しないんです。多分彼女は、僕に恋したりなんてしないし、仲良い男子にしか思わないんでしょうけど。

 〉その子と一緒に時間を過ごして、同じ音楽を創って……それが叶うなら、苦労してでも回り道してでも、そこに居続けたいなって。


 和枝くんの好きな人。

 話を聞くに、すごく良い子なのだろう……それでも、彼が言葉と感性を尽くして表現する「好き」は、私には眩しすぎた。そして、その少女が羨ましくて……妬ましくも、あって。


 〉君にどんなに変と思われるところがあったとしても、それ以上に良いところがたくさんあること、私は知っています。誰よりも知っています。


 私がその子の分を埋められるならそうしたい、けど社会から逃げ出した今の私には、そんな資格もない。

 だからせめて、彼の自信となるように。自分を見失わないで済むように。

 遠い街に住む彼へ、想いを届け続ける。


 〉こういうことを素直に話せるのも、こうやって褒めてくれるのも、つむぎさんだけですから……ほんとに、ありがとうございます。


 彼が高校生でいる間は、私たちが直接会うのは難しそうだったし、彼もそう思っているようだった。けど、彼がより自由な立場になって、私もちゃんとやり直せたなら。その時はどこへだって会いに行こうと、ずっと思っていた。

 数年じゃ離れないくらいの絆を結べているつもりだったし、お互いに余裕ができる時期だってちゃんと来るだろう。

 そう遠くないうちに、きっと会える。


 ……はずだった。



 Side: R


「そっか、あそこのビルの中身、変わっちゃったんだ……」

 数ヶ月ぶりに故郷を訪れた彼女は、少し寂しそうに呟いた。

「うん、ふた月くらい前にね。そっか詩葉うたはは知らなかったんだ」

「こういう話はね、なかなか伝わってこないからさ~、もう教えてよ、ヒナぁ……」

 私にくっつきつつ、的外れに思える文句を垂れる詩葉。

「いや、そんな思い入れあるとか聞いてなかったもん」

「……あそこの中にあった書店ね。まれくんと、行ったことがあって」

 聞こえてきた名前に、歩みが止まりそうになる。

「場所が動くだけで、お店は残るよ?」

「ああ、そうなんだ……いやそれでも、かな。やっぱり変わっていっちゃうんだなって思うと」

 

 かつてあった景色を見つめるかのように、彼女は目を眇めて。

 そのまま追憶の中に呑まれていきそうな横顔がたまらなくて、私は、

「――うたはっ!!」

 少し強めに、彼女に抱きついた。

「ちょっ、ヒナ!?」

「だーいじょうぶ、思い出は消えないし、ちゃんと先輩の物語は続いてるじゃん」

「そう……だよね、ってか。だから私、帰ってきたんじゃん。まれくんの歌があるから」

 明るい色が、表情に戻ってくる……君は、こうでなくっちゃ。

 

 誰より大好きで、誰より大切な人が、今も私の隣にいて。

 そんな彼女への恋が叶わないと知りながら、想いを虹のように響く奇跡に込めてみせた、貴方がいた。

 彼女を幸せにしてみせる、そう私が約束した、貴方がいた。


「そうだよ、私も久しぶりに詩葉の歌聴けるのすっごい楽しみだからさっ」

「ヒナぁ……うん頑張る、詩葉頑張る!

  ……でも、やっぱりこの街だと色々思い出しちゃうからさ。今夜は一緒に居よ、ヒナ」

「あ、言ったね? 分かった、寂しさも後悔も焼き尽くしてあげるから」

「焼きって……ちょっと何考えてんの怖いんだけど! ねぇ?」

「へへー、何でしょーう?」

 そう笑いながら、また並んで歩き出す。


 一緒にこの街に居た頃には、あの日々にはもう絶対に戻れないとしても。

 一緒に奏でた音の残響はずっと消えない。

 私たちの、貴方との物語は続いて行く。

 他の誰とも違う、たったひとりにしかない名前のない色彩は、虹のように煌めき続ける。


 ――Your noise still rings.

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