ここは天国だと誰もが言う

百舌鳥元紀

第1話  此岸と彼岸の相対者

 私に人生をください。

 穏やかで、実りがあって、だけど苦労もできる。そんな普通の人が普通に過ごせる人生を私にもください。


 ううん。

 別に普通でなくてもいいです。

 波瀾万丈はらんばんじょうでも構いません。なんだったら生きるのを諦めたくなるような底辺な人生でも構いません。

 生きているという事が実感できれば、他の何もいりません。


 だからお願いです、フォルミ兄様。

 私に人生をください。

 私の人生を返してください。


 ◇ ◇


 妹の幻聴を聞いたような気がした。

 俺は墓石の前で立ち尽くしている。最近はこんな事ばかりだ。何か考え事をしていると妹の言葉が聞こえてくる。

 いや、違う。

 これは妹の言葉ではない。妹の最後の言葉だ。

 妹は最後、俺に何かを伝えようした。死ぬ直前に確かに口を動かしたのだ。だけどその場にいた誰も、妹が何を言ったのかを聞き取れなかった。だからこんなねつ造、もとい妄想をしてしまうのだ。


「何を一人でブツブツ言っておる。気持ち悪いのぅ」

 突然、女の声が聞こえた。甲高くて飴を舐めたような声だ。

 俺は墓前で顔だけを後方へ振り向かせた。俺の後方では花束を持った金髪金眼の若い女がこちらに向かって歩いてきていた。


「……ノラか」

「……ノラか、ではないわい――」

 ノラは地面の届くかというくらい長い金髪を揺らして言った。スラリとした細身のノラがそうしているとまるでモデルのようだ。もちろんこの女がモデルであるという事はあり得ない。常日頃から赤と黒の混ざった道化師のような奇天烈きてれつな恰好をしている。奇人変人のたぐいいである事は間違いないので、モデルだなんて言ってしまってはモデルに失礼だろう。

「――お主の妹御いもうとごとは知らぬ仲ではなかったからの。だから、こうして墓参りに来たのじゃぞ。お主とて独り言をブツブツ言う為にここに来た訳ではなかろう? なら、さっさと花くらい供えてやらんか」

「……あ、ああ。悪かった」

「謝る相手はわしではなかろうに」

「そうだな」


 今日はえらく真面目な事を言うじゃないか、とノラの言動をいぶかりながら、俺はゆっくりと身をかがめた。花束を半円形型の墓に供える。ファサと、花束を置いてやると、嫌でも眼前の墓碑ぼひが目に着いてしまった。

『リュミエール・ピュイサンス・オンブル 享年一四歳』

 眼を逸らした。俺はその彫られた年齢を意識しない訳にはいかなかった。

「若すぎじゃのぅ。亡くなったのは三年前。儂らが二一の時じゃったか」

 俺と同じように身をかがめたノラがポツリとそうこぼした。


 確かにあまりにも若すぎるだろう。しかしこの一四歳というのはリュミエールが必死に抗った結果だった。病気だった妹がそれでも頑張って生きた長らえたほうだったのだ。だから俺は若すぎるなんて言葉を口にできない。それはリュミエールへの侮辱ぶじょくに繋がる気がするのだ。

 だけどもっと長く生きられたのではないか、とそんな風に思わずにいられない。だって俺がもっとちゃんとしていれば、妹は死ななかった。

 俺が原因でリュミエールは病死したのだ。


 未だにチクチクと胸が痛む。多分、一生痛み続けるのだろう。胸の痛みを無視して俺は大きく息を吸って吐き出した。

「あまり気に病むでないぞ。お主のせいではない、と儂は思っておる」

「…………。……お前もあの日病院にいたよな?」

「あの日とは?」

「……リュミエールが死んだ日だ」

「おったのぅ」

「だったらリュミエールが最後に何を言ったかわかるか?」

「三年前にも同じ答えを返した気がするんじゃが……、分からなんだ」

「……だったら、何て言ったのか予想できるか?」

「もうそれは予想する意味がなかろう。分からなんだものは、分からんのじゃし。それにどうせ? ならもう明日を待つべきかと儂は思うがのぅ」


 確かにそれはノラの言う通りだった。明日、妹が何を言ったのかが判明する。もちろん俺にとって聞くにえない罵詈雑言ばりぞうごんだろう。だけど俺はちゃんと聞きたかった。妹が何を伝えたかったのか、最後の言葉くらいは聞いてやりたかった。


 明日は三年に一度のだ。

 霊を降ろして、その霊と会話ができる。誰もが久しい再会に喜び、あるいは悲しみに浸るのだろう。皆がその為に参加するのだ。

 だが参加する人間の中で俺だけは理由が違うと言い切れる。

 俺のような理由の人間は多分一人もいない。誰が好き好んで、自分の胸を痛めるような事を行うというのか。

 自虐趣味の人間ですら、死者を冒涜ぼうとくするなんて愚行ぐこうには及ばないだろう。

 俺の目的あくまでは妹だった。

 もちろん最後の言葉を聞きたいという欲求がある。

 しかしもう一つだけ俺には目的があった。


 俺は。

 俺だけは降霊祭に参加するのだ。


 ◇ ◇


 世界は転生した。


 そう聞いて、その一文で全ての意味がわかる人間は多分いないと思う。人間が転生するというならまだしも、世界そのものとなると意味を理解できないだろう。

 もちろん俺だってそう思う。だけどそう言うしかないのだそうだ。

 俺達の先祖には俺達の世界があったらしい。

 こことは違う。もっと文明レベルの低い世界が。


 しかしおおよそ一〇〇年前。正確に言うなら一一七年前にいきなり世界が変化した。今で言う地球という世界に、俺達の先祖が見ている世界がごっそりと入れ替わったのだ。

 ここまでなら世界が転生したなんて妄言もうげんを吐く人間は頭がおかしいと思われるだろう。ストレートに考えれば俺達の先祖が地球という世界に転生した考えるべきなのだ。


 だがこの世界に来た誰もが見たというのだ。

 俺達の世界がグチャグチャ崩れ落ちていく過程と、新たな天地が出来上がっていく光景を。ならば確かにそれは世界が生まれ変わったのだろう。転生と呼ぶにふさわしいのかもしれない。

 しかしながらいくつかの疑問点もまた存在している。この地球という世界は作られた瞬間から、何故か既に生活感があったらしいのだ。


 例えば飲みかけのコーヒーが喫茶店に残されていたり、書きかけの文章が残されていたのだそうだ。さらに驚く事にこの地球にはすでに文明があり、色々な書物が残されていたという。例えば江戸時代についてやブルボン朝についてなど、まるで以前から地球という世界が存在していたのではないかと思われる文献なんかが、大量に現存していた。


 よって世界が転生したという説は、一応今は半信半疑という結論になっている。もしかしたら誰もが集団睡眠にかかり、世界が終わる様と始まる様を夢で見ただけかもしれないと言われているからだ。


 もしかしたら俺達の先祖は皆、こっちの世界に転生したかもしれない。

 それについてはまだどちらが正解かなんて結論は出ていない。

 だけど確実に言える事が一つだけある。


 俺やノラや、他の人間達も皆総じて、この場所を自分の世界だと思っていないのだ。

 だからだろう。

 ここ最近は特に世界再転生論せかいさいてんせいろんという訳の分からない理屈が流行ったりしている。いつかは自分たちの世界に戻る日がくるのだと、考えている人間がいたりするのだ。

 そのせいか、俺の住んでいる神戸も含めて、どの街にも異常なくらい犯罪者が多い。この世界は自分の世界ではないのだから好きな事をしても良い、くらいに考えているおかしな人間が多いのだ。


 だから俺や俺の同業者はいつも武装している。

 武装しなければいつ殺されるかわかったものではない。

 現に昨日の墓参りから今までに、二人の死体を見た。一人は首をはねられたのだろう。胴体より上は存在していなかった。もう一人は大きな釘で壁に貼り付けされていた。

 どちらも死体の状況が酷いから怨恨えんこんの線だろうか。それとも愉快犯だろうか。そう考えてしまうのは俺の悪いクセだ。

 仕事と私事わたくしごとさかいくらいはつけた方がいい。


 どうやら今日も神戸は順調にいつも通りのようだった。

 だが何故だか今日は武装している人間が多い。

 やたらと目に着く。

 何かあるのだろうか?


 まぁいい。

 俺は頭をとにかく切り替えて、神戸市中央区にある北野坂きたのざかを登った。

 目指しているのは降霊祭が行われる教会だ。

 体感で三〇度の坂を俺は歩いている。やはりこの北野坂にはオシャレなカフェやレストランがいたるところにあり見ていて面白い。レンガやロンドンにありそうな緑色の四角い電燈でんとうなんかがあり、全く日本らしくはない。

 どこも旧地球時代のヨーロッパを意識しているようだった。


 何軒もの洋風の建物を通りすぎた。ようやく俺が北野坂のかなり上の方まで登り切る。

 白煉瓦しろれんができた広場に出た。中心には噴水があり、広場の奥には教会がある。その入口には今日の降霊祭に参加する為に、沢山の人が集まっていた。


「おう、遅かったではないか!」

 大声が聞こえた。人ごみをかき分けて、ノラがいつも通りの道化師の格好で俺の前まで進んでくる。どうやら俺を待っていたらしい。

 抱き付くのかと思うくらい手を広げて、得意気な顔をしていた。

 しかし待ち合わせの約束をした覚えが全くないのだが、この女は一体何を言っているのだ?

「なんじゃ? もうちょい嬉しそうにせい。お主の事が心配で来てやったのじゃぞ」

 俺は溜息ためいきを吐いた。

 嘘をつけと言いたくなる。


 俺は糾弾きゅうだんするようにノラに告げる。

「お前、昨日の墓参りにくるのに、所長に何の連絡も入れてなかったみたいだな」

「なんと! いや、悪かった。そんな顔をするな。それより何故知っておる?」

「昨日所長から『ノラが事務所に来ないんだが、どこにいるか知っているか』って電話があったよ。お前、俺の妹をダシにして、仕事場にも行かなかったのかよ。あり得ないだろ。普通に最低限連絡くらいは入れろよ」

「どうせひまな事務所じゃ。儂一人欠けたくらいで忙しくなる訳もあるまい」

「そういう問題じゃないからな。というか今日は連絡いれたのか?」

「お主に今入れた」

「お前いい加減にしろよ」

「お主は毎度キリキリうるさいのぅ。お主の胃が心配じゃわい」

「誰のせいだよ」

「そうは言うても、そういう契約ではないか。自由にしてていいと儂は所長から直々に辞令を貰っておるのじゃぞ」


 それでも最低限というものがあるだろう。

 まぁ、こいつにそんな事を言っても始まらない。

 俺は携帯電話を取り出し、事務所に電話を掛けた。コールは鳴るが所長が出ない。三人で回している事務所なので所長が何かに掛かり切りなると身動きが取れなくなってしまうのだ。多分仕事が入ったのだろう。

 お願いだからたまには入っててくれ。


 俺は仕方なく後で連絡をする事にした。

「それより気付いたかのぅ?」

 ノラが俺に顔を近づけて小声で話しかけてきた。

「何が?」

「今日はえらく武装した人間が多いじゃろう?」

「ああ。確かにいたな」

「あれの、全部ラテラテラ教のテンプルナイトらしいぞ」

「嘘だろ――」

 ラテラテラ教とは、ラテラテラという英雄を崇めた宗教団体の事だ。彼の英雄は世界が転生した直後に勃発ぼっぱつした混乱と戦乱をたった二年で治めてみせた。もちろん全世界でも、全日本でもない。兵庫、大阪、奈良、京都の四か所だけだ。

 だがそれだけでも物凄い手腕である。他の地域は百年経ってもまだ戦乱の真っ只中である事を考えると、ラテラテラの功績は常軌じょうきいっしていたと言っても過言ではないのだ。

 一応俺もノラもラテラテラ教徒だ。地域的に入信しなければならないというだけの話だが。

「――ラテラテラ教徒のテンプルナイトは、全員制服だろ?」


 俺は教会の扉の両端に立っている二人の制服の人間を確認した。旧地球時代の警官のような制服に身を包んでいる。被っているハットには勿論、『救世兵きゅうせいへい』と書かれている。彼らテンプルナイトを総じて『救世兵』と呼ぶのだ。

「本来はそうじゃな。だが、教会の前で皆がそううわさしておった。というよりラテラテラ教のテンプルナイトがいる事には特にビックリはせんじゃろ? 降霊祭自体がラテラテラ教の主導しゅどうじゃし。だがえらく兵が多い。私服の兵まで民衆に紛れこましておるところに、妙な感じがするのぅ」

「……まぁ、降霊祭だからな。ラテラテラ教が行っている『救霊事業のない社会事業はなく、社会事業のない救霊事業はない』の一環いっかんな訳だ。力を入れるのも当然だろう」

「だが奴等は教則にうるさい。これだけ数が多いと厄介じゃ。儂らが何か教則から外れた事をすれば、一瞬で捕まってすぐコレじゃ」

 ノラはニヒルな笑みを浮かべながら、自分の首の前で人差し指と中指をくっつけて手をナナメに振った。


 ふざけているのだろうが、全く笑えない。

 どちらにしろ教則を破らなければ害がないのだから気にする必要はないが。

 俺とノラは持っていた武器を教会前にある受付の白天幕に預けた。

 俺は日本刀『MF虎徹こてつ』で、ノラはアーロゲントプレイヤー社製の鉄杖『グラットゥン』だ。

 こうして俺達は武器を手放して教会に入った。

 もちろん教会の中には武装した『救世兵』が大量にいた。


 ◇ ◇


 教会の中は人でごった返していた。


 中央の赤い絨毯じゅうたんのひかれた道はどうにか確保されていたが、それ以外はもう人だらけである。

 俺とノラはどうにか椅子に座る事ができていたが、ほとんどの人間は教会内の後ろの方に立っている。

 降霊が一番から順に終わり、徐々に人が減っているハズなのに大した盛況せいきょうぶりだった。もちろん整理券の番号が後ろの人間が初めから降霊祭に来ている訳はないから、増えているのは間違いないだろうが。


「お主は何番なんじゃ?」

 荘厳そうごんな静けさの為か、隣に座っているノラが俺に小声で問うてきた。

 俺は手に持っている紙を確認して小声で返答する。

「五八番だな」

「今、五四番じゃからもうすぐじゃの。しかし、いつ『人間サンプル』を買って、ここに持ってきたのじゃ?」


 ノラはあごで前を指した。

 前とはつまり教会の祭壇さいだんのある方向だ。

 祭壇ではラテラテラ教の制服を着用した老人が一人で祈祷していた。肩に星のマークが六つ付いているから、かなり上位の人間なのだろう。その年寄りは俺達に背を向けて一心不乱に霊を降ろす祈祷を続けている。

 その制服を来た老人の背後にはベルトコンベアーがあった。そのベルトコンベアーには木箱が乗っている。そのベルトコンベアーは整理券の番号と連動して動いているのだ。


 今、五五番まで来た。という事は祭壇の前にある箱には五五番の人間が用意した『人間サンプル』が入っているのだろう。

 『人間サンプル』とは簡単に言えば霊を降ろす為の人形の事だ。

 いや正しくはどこまでも人間に近い人形である。

 本当の人間を降霊用に使う事はできない。何故ならどんな人間も霊を己の中に入れると四八時間以内に発狂して死んでしまうからだそうだ。

 具体的な理屈は判明していない。

 一つの身体の中に二人の人間が宿る事が問題なのかもしれないが、どちらにしろ死んでしまう時点で、そんな事を行うのは自殺志願者か犯罪者だけだ。

 もちろん実際の人間を降霊に利用するのはラテラテラ教の教則によって禁止されている。教則に背いた人間は即、斬首ざんしゅの為そんな訳の分からない行動を起こす人間は皆無だ。


 だからそこで『人間サンプル』を使うのだ。

 俺達の先祖から俺達までほとんどの人間が、具現化術法ぐげんかじゅつほうを使う事ができる。一切何もないところから、自分の想像力だけで物体を具現化させる術を使う事ができるのだ。

 つまり『人間サンプル』とは限りなく人間に近い物質を具現化した人形という事なのだ。


「俺が『人間サンプル』を買ったのは昨日の墓参りの後だ。それからここに持ってきて、整理券をもらった。というか、あれ、結構高いんだな。初めて買ったが結構な散財だった」

「まぁ、でも必要経費じゃろ。お主はもう一度、妹御を殺さねばならないのじゃろう?」

「……ああ。そうだな」

 俺の中で胸に空洞くうどうができたような気がした。

 俺は妹を殺さなければならない。そんな事をわざわざしたいとは思わない。だが、しなければならないのだ。

 絶対にやらなければならないのなら、俺がやるしかない。

 俺はずっと妹の為に生きてきた。なら、殺す事のみがせめて兄として俺が行える妹への謝罪になるのだ。


「次は五六番じゃのぅ」

 ノラもきっと降霊祭は初めてなのだろう。さっきから意外と興味津々に見ている。

 俺も同じように祭壇を見た。

 制服の老人の背が震えた。祈祷きとうに力が入っているようだ。

 次の瞬間、木箱が展開図のように四方向に開けた。中の『人間サンプル』が箱から姿を現した。のっぺらぼうだが人間にかたどられた人形が、力を失った死体のようにそこに座っている。


 直後、光の集合体のようなあやふやな物が天から降りてきた。光がその人形の中にスッと入り込んだ。すると人形に表情が生まれる。どうやら女の子のようだ。黒髪が徐々に生えくると、ロングストレートになった。そして人形の肌には段々とつやが出始めて、そこには完全には女の子が座っている状態になった。

 祭壇の両脇に控えていた『救世兵』がすぐさま白のローブを女の子に被せる。

 五六番の者は前へ、と一人の『救世兵』が声を出す。

 教会に座っている夫婦のような二人が立ち上がった。真ん中の赤い絨毯の道を二人は行った。

 降霊化した『人形サンプル』が、お母さん、お父さん、と泣きながら二人を呼ぶ。どうやら感動の再開のようだ。夫婦の二人は二人して女の子を抱きしめていた。


 俺はその光景を見れなかった。うつむいて、同時に思考してしまう。

 リュミエールが降霊し、一番初めに俺を見れば何と発言するだろうか、と。

 俺だってある程度の想像はできる。

 人生を返してくれ、と言うのだろうか。

 あるいは俺も一緒に死んでくれ、かもしれない。

 何にせよ妹は俺をののしるだろう。

 そんな事くらい分かっていた。


 俺がただひたすら妹について思考を巡らしていると、教会がざわつき始めたのに気がついた。

 誰もが何かを小声で話している。

 何だ?

 一体何があった?

「……お主、一体『人間サンプル』をどこで買ったのじゃ?」

 突然、ノラが神妙な声で俺に話し掛けてきた。

「どこって、お前、普通にラテラテラ教から購入したんだよ。というか他に売ってるところはあるのか?」

「服なぞ、着せたのか?」

「服? いや普通の人形だが」

「なら、あれはなんじゃ?」

「あれ?」

 俺はノラにそう告げられると同時に、祭壇に顔をやった。

 制服の老人はこちらに背を向けている。

 祈祷しているのだろう。


 祭壇の手前の木箱は既に四方向に展開されていた。

 そこには人形があるハズだった。

 だがどう見ても、は人形ではない。

 がそこに座ってキョロキョロしていた。


「おい、あれ人間じゃないか?」

 教会の中で誰かが声を上げた。

 疑問を挟む余地があるだろうか。服装はおかしいが、あれはどう見ても人間だ。

「やっぱり、あれ、人間じゃよな?」

「いや、おい、マズイだろ」

 俺は咄嗟とっさに立ち上がった。ほうけている場合じゃない。

 このままじゃ、あの子、死ぬぞ。

 俺はけだそうしたが、もう遅い。


 天から光の集合体が降りてきていた。

 俺を含む誰も動けなかった。誰もが困惑しているのだろう。『救世兵』すら戸惑っているように思える。時間が止まる中、光だけは水兵服を着た女の子へと落ちていく。スッと女の子の頭部へと入り込んだ。

 降霊が終わったのだ。

「おい、お主、こりゃマズイぞい」

 中腰になっていたノラが俺に慌てて告げてきた。


 確かにマズイ事になった。これはどう考えても教則違反だ。いや、そんな事は最悪どうでもいい。あの女の子は四八時間以内に発狂して死んでしまう。それは逃れられない事実なのだ。


 それにしても誰が箱の中に人間を入れた?

 何番の人間がこんな胸糞悪い事を仕組んだのだ。

 俺はふと、先ほどのノラとの会話を思い出す。

 何故ノラは俺にあんな事を訊いた?


 ……いや、待て。

 でもあり得ないだろう、そんな事。

 俺は俺の袖を引っ張ろうとしていたノラに振り返って問うた。

「今、何番の人間なんだ?」

 その瞬間。

 金属の音が教会中から順々に鳴った。

 これは剣をさやから抜く音だ。


 そしてトドメを刺すように、

「五八番の人間、前へ出てこい!」

 と『救世兵』の一人が怒気をはらんだ言葉を発した。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る