リハビリワンライ
依川悠紗
第一回 記憶の冒険 (theme 写真)
記憶にないものが、自分の部屋に隠されていることは、誰でも経験があると思う。
僕ももちろん何度かある。
使い切ったまま仕舞ってあったノートに五千円札が挟まれていたり、何年も前に書いたらしい好きだった子を想うポエムのようなもののメモが洋服箪笥の奥から出てきたりする。手作りのぬいぐるみがベッドマットの下に座っていたこともあった。
それでも当然、記憶にないだけで、全て自分でやったことだろうとわかる。へそくりをノートに挟んで隠すのは僕の日頃からの習慣だし、メモの筆跡は間違いなく自分だし、ぬいぐるみは僕の好きなキャラクターで、一時期なぜかぬいぐるみ作りに夢中になった記憶がある。
ただ、今、写真立てに挟んだ写真を変えようと思って蓋を開けて、中に隠されていた写真は、まったく記憶になかった。
その写真は、どこかの草原にたたずむ猫の後ろ姿と、誰かのピースサインが写っていた。
都会生まれ都会育ちで虫が嫌いな僕は草原に出かけた記憶はないし、そもそもこの手は僕の手ではない。
確かに男の手ではあるようだが、多少は運動をしている僕の手はこんなに白かったことはない。
そして写真の裏に、黒いインクで日付と地名が書いてあった。五年前の九月末、北海道の某所。
二年前に恋人ができて写真を入れ替えたときには、これが入っていた記憶はないから、おそらくその後に入れたのだろうと思う。
それにしても、面白いほど記憶にない。
ただ、何かしらのセンスを感じたので、入れる予定だった写真はファイルに戻し、その写真をそのまま飾ることにして、蓋を閉めた。
それから一週間ほど、知り合いで写真を撮る人に心当たりを訊ねながら、その写真を僕のデスクに飾っていた。
そして、突然、写真の裏に書かれている場所へ行ってみることにした。
虫嫌いのくせをしてなぜ、と問われれば、なんとなくの気紛れとしか答えられないのだが、幸いなことに連休を翌週に控えたその休日は、直前でもなんとか飛行機の席とレンタカーを押さえることができた。
数か月間はこれといった出費もなく貯金が増えていたから、多少割高でも妥協できたというのもあるかもしれない。
朝早くに僅かの手荷物と写真を持って単身北海道へ飛び、レンタカーを走らせて、前もって見当をつけていた場所を回る。
なかなかそれらしき場所を見つけられず、スマホの検索に限界を感じていたとき、ふと、高校時代の友達が北海道に越していたことを思い出した。
高校の頃はかなり仲良くしていたが、もう十年近くろくに連絡を取っていない。かろうじて年賀状を送っているだけだ。それでも、たしかスマホの連絡先に登録していたはずだと思い、使われていない大量の項目の中から名前を呼び出す。
やはり、彼の住所はこの付近だった。
今日は休日、しかも彼は基本はインドア派の人間だ。たまに一人でふらふらと旅に出かけることもあったが、家にいる可能性はそれなりに高い。
そう思い、なんの連絡も入れずに家を訪ねることにした。
車を走らせてその家に着くと、ガスボンベをしまう小屋の屋根で、見覚えのある老猫が日向ぼっこをしていた。
写真を取り出して見比べれば、顔つきは違うものの確かに同じ猫のようだった。
インターホンを押すと、すぐに男の声が答えた。
名前を告げると、驚いたように声をあげ、慌ただしく玄関が開いた。
懐かしい面影の残る、少し老けたようにも見える顔は、間違いなく彼だった。
「久しぶり」
軽く挨拶をすると、「お、おう」と呆気に取られた返事が返ってくる。
それに笑いながら訳を説明すると、「ああ、それ、うちの庭だよ」と説明された。
なんのことはない、猫を飼い始めたという自慢のために、彼がわざわざ写真を送ってよこしたのを、僕はおそらく手近にあった写真立てにとりあえず入れて、そのまま忘れていたのだろう。
北海道まで飛ぶくせに、日帰りという無茶な予定を立てていた僕は、彼の家で少し近況を話しただけで、さしたることはせずに帰ってきてしまった。
何の記念だかわからないが、記念に、と言って、老猫にまで協力してもらい、二人分のピースが写った写真を撮ったが、収穫といえばそれだけだ。
それでも、写真を頼りに知らない場所で探し回り、そのゴールで懐かしい友達の顔を見るという小さな冒険のような旅行は、気取ったようになってしまうが、乾いた心を潤した。
新しい写真を写真立てに飾り、またそのうちどこかへ旅でもしようか、と思った。
※10分オーバー
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