光機甲ファイアビートル

DA☆

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 光人ひかりびとは、からだの一部を光り輝かせることのできる、世にもまれな種族である。


 ───光人の少年コーキは、川原の土手に寝転んで、天に向かって手を伸ばした。彼の光点(体の光る部位)は、右の手のひらだ。


 手を、輝かせる。赤みがかった、熾る炭火のような輝きが、太陽に負けないくらいに強く放たれている。


 けれど、いくら手が輝いても、伸ばした指先は何にも届かない。指の間に見える太陽は、高く、遠く、向こう側。指の影にだけ、現実感があった。


 拳を握る。ぎゅっと、強く。自分からあふれ出す光だけを、つかんでいる。


 コーキは、唇をへの字に結び、遠い空を見つめた。




 この世界には、人類に亜種族が存在し、彼らの多くは身体にさまざまな特性を持っている。うろこを持つ魚人さかなびとや、重い肉体を持つ鉛人なまりびとといった具合だ。とりわけ光人は特殊な存在だった。かつては体が輝く神秘性ゆえに崇拝され、全人類の支配層に君臨していたとされる。


 だがそれは過去の話───光人は故知れず支配者の座を下りた。空白となったその地位をめぐり、世界は剣と鎧で覇を争う乱世に移り、様々な国家や種族が興亡を繰り返した。


 体が輝く特性の代償か、光人の多くは体質がひどく脆弱だった。また、性格も穏やかすぎた。激動する歴史の中で、残された光人たちは戦って勝つ力を持ち合わせなかった。


 やがて都会にガス灯が点り、光人がいなくとも人が光を操る時代となった頃には、光人はすっかり衰退し、種族人口は千人を割って滅亡の危機に瀕していた。力なき少数の異者に向けられる視線は奇異と憐憫のみで、彼らの輝きを崇高に思う者はなく、それどころか、捕まって珍妙な見世物に仕立て上げられ、尊厳を金銭で売り買いされることさえしばしばだった。


 光人たちはいつしか、誰の目も届かない山の中に隠れ里を作り、ひっそりと暮らすようになった。文明を拒む、原始的な自給自足の生活だった。




 一方で、世界には新たな勢力───皮膚を自在に硬化する能力を持つ、屈強で残忍な甲人かぶとびとと呼ばれる種族が台頭していた。


 彼らはもとより優秀な兵士であり、武器の扱いに長けていた。代わりに知恵はいささか足りないと目され、実際、かつては弱小な種族のひとつに過ぎなかった。


 しかし、彼らがいつからか、高度な技術を集積した鋼鉄製の巨大人型乗用兵器「グランビートル」を駆使するようになって状況は一変する。


 無理もない。世界各地の争乱に剣と鎧の出番はもうなくなっていたが、銃砲や内燃機関の技術もまだまだ発展途上で、各地の科学者たちがしのぎを削っている段階だった。そこへ現れたのが、既存のあらゆる軍備を紙細工と化すほどの圧倒的な性能を誇る、グランビートルなのだ。


 燃料補給のいらない、太陽光を蓄積して効率的にエネルギーとして動力に変える機関、通称「光エンジン」だけをとっても、明らかに技術水準を超えた異質な存在だ。その動力を四肢に伝達する駆動機構は大出力かつ柔軟で、馬より早く大地を駆けカモシカより高く跳ね、熊より強くしかして猿より器用に指を動かす能力を有していた。


 装備される火器もまた、巨大にして精密だった。発砲時の反動を支えるにも光エンジンの高出力が必要で、形だけ真似しても扱いきれる代物ではなかった。


 加えて、銃弾を跳ね返す外装鋼板の硬度、それらに守られた内部の操縦席からほぼ三六〇度を把握できるカメラアイ、そして、全高五メートルを超す巨体。いずれも、他のどの国も持ちあわせない高度な技術からなる。


 想像して欲しい───巨大な鈍色の構造物が動いて迫り、銃撃も砲弾もものともせず弾き返し、バリケードをひと撫でで破壊する光景を。その巨体は、歩兵たちが腰を抜かして仰ぎ見る天を覆い隠す。無機質なカメラが睥睨へいげいする。恐れをなして塹壕に逃げ込んでも、放たれる大口径の銃弾は大地ごとえぐり返し、神に祈る哀れな生き物を動かぬ肉塊に変えるのだ。


 甲人は、グランビートルを駆使して無慈悲に世界を席巻していった。彼らに誰も太刀打ちできなかった───武力に任せ、彼らは、人を、土地を、誇りを、容赦なく蹂躙し続けた。


 その事実は、甲人たち自身の意識をも変えた。もとより無思慮で残忍な甲人を驕り高ぶらせるに十分だった。甲人は、自分たちこそが選ばれた支配者であると思い込み、彼ら以外の種族を同等と認めなくなっていく。


 驚異的な速度で侵略を進めた甲人は、やがてひとつの巨大な中央集権国家を作り上げた。彼らの君主は「皇帝」を名乗り、作り上げた国家を「帝国」と称した。


 甲人による、甲人のためだけの圧政が始まった。優秀な甲人が劣る者どもを恫喝し搾取する、一方的な支配だった。


 逆らえば容赦ない処罰が待っていた。逆らわなくとも、甲人の暴虐な本能を満たすための道具として、いつなんどき暴力にさらされるかわからなかった。他の種族は震え怯えて隷属するしかない、冷酷過ぎる世界に変わってしまった……。




 コーキは光人の隠れ里で生まれ育った。今年一五になる。彼は光人以外の種族を見たことがない。世界がそんな悪意に包まれていることを、まだよく理解していない。閉ざされた、平和極まりない隠れ里の外に、自分が知らない世界があることだけを知っていた。恐怖と不安をない交ぜにしながら、いつか外の世界に飛び出すことを夢見ていた。


 「───お兄ちゃん」


 まどろんでいたコーキの視界が、急に翳った。


 「こんなとこで何してるの?」


 目を開けると、妹のルカが覗き込んでいた。

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