山野と弓坂に相談するが - 第204話

 悶々とした気持ちを抱えたまま俺は帰宅した。夜にメッセージアプリで上月と少し会話したけど、登下校の件を切り出すことはできなかった。


 思いは一応届いたはずだけど、なんだろうな。このもやっとした焦燥と苛立ちは。


 学校では会話できないし、けれども前みたいにあいつがうちに来ることもない。あるのはメッセージアプリでのやりとりだけ。


 気持ちを伝えればすべての悩みが解決されるんだと思っていたけど、俺の考えは間違っていたのかな。あいつとの関係は、やはり前よりも後退していると思う。


 でも今の関係が不満だなんて言ったら、俺はきっと嫌われてしまう。それは怖い。


 俺たちの関係って、一体なんなのだろうか。これは付き合ってるって言えるのか? それとも気持ちが通じただけのただの友達なのか。


 わからねえ。ソファに寝っ転がって考えていると、もっと答えがわからなくなってくる。俺はどうすればいいんだ?


 上月は、あいつはどう思ってるんだろうな。今の微妙な間柄を希望しているのかな。



  * * *



 三学期の授業について特記したいことはないが、上月の前の席というのはあらゆる面で緊張感がある。


 まず迂闊に屁をこいたり、だらしない態度を取ることができない。午後に気持ちが緩んで盛大に音を立ててしまったら、あいつからすかさず絶縁状を叩きつけられてしまうだろう。


 授業なんて真面目に受けたくないけど、あいつが後ろから見ているかもしれないと思うと、無駄に肩に力が入ってしまう。背中もかなり汗ばんで、シャーペンの芯を何度も折ってしまった。


 授業でこんなに余裕がないのは生まれて初めてかもしれない。


 背中を丸めて居眠りなんてもっての他だ。背筋を伸ばして、少しでもいいところを見せなければ。


「雫、帰ろう」


 帰りのホームルームが終わり、上月が妹原の元へ歩いていく。俺のことは見向きもしない。


「う、うん」


 妹原は不安げに上月を見上げて、ちらっと俺の顔を覗き込む。ふたりで帰らなくていいの? と尋ねられているんだろうけど、俺だってそうしたいのは山々だけど、なんて声をかけたらいいのかわからないのだ。


 上月は今日も妹原を連れて教室を去っていった。俺は帰り支度をするふりをして、それを見送ることしかできない。


「おい」


 後ろからいきなり肩を叩かれて、俺の心臓が危うく止まりかける。焦って振り返ると山野と弓坂がそこに立っていた。


「あ、山野か」


 山野は縁のあるいつものメガネをかけて冷然と俺を見下ろしている。一方の弓坂は不安を隠しきれない様子で俺を見ていた。


「上月と妹原は昔みたいに仲良くなったみたいだが、お前の方はどうなったんだ?」


 ふたりには年末と正月に相談したが、その後のことを何も報告していなかった。ふたりにはちゃんと話しておきたい。


「すまないが、ここでは話せない。場所を変えてもいいか?」

「もちろんそのつもりだ。弓坂も来るよな?」

「うん。あたしも行くぅ」


 山野が尋ねると弓坂はすぐにうなずいた。


「なら、いつものカフェに行くか。他に希望があれば、それに応えてやるが」

「話ができればどこでもいいよ。弓坂は、どこか希望あるか?」

「ううん。ヤガミンが、話しやすい場所がいいよぅ」


 ふたりの優しい配慮が暗い気持ちを照らしてくれる。お前らはやっぱりいい友人だよ。


「じゃあ、いつものカフェで決定だな」


 ふたりといっしょに学校を後にする。三人で行動するのはかなり久しぶりだ。入学した頃は毎日のように三人で昼食を摂ってたんだけどな。


 カフェに向かう途中にふたりの関係について尋ねようと思ったが、言葉が喉まで出てきたところで止めておいた。俺のくだらないひと言でふたりの関係性がくずれることに恐怖をおぼえたからだ。


 山野と弓坂は相変わらず仲がいいが、恋人同士かというと微妙な間柄に見えた。いちゃいちゃしているところを見たことがないからだが、学校内ではクラスメイトに気を遣って自粛しているのかもしれない。


 午後のカフェは、俺たちと同じくらいの年齢のやつらで席がかなり埋まっていた。


 うちの高校の制服、他校の制服を来たやつらが入り混じり、店内はにぎやかな声であふれている。俺たちの入店に気づく客はひとりもいない。


「うわぁ。今日も、すっごい混んでるねぇ」

「みんな下校してる時間だからな」


 店の奥の席を確保したいが、どの席も埋まってるな。店の出入り口の近くの席しか座れなそうだ。


「向こうの席は空いてないから、この辺の席にしよう」

「うん、そうしよう」

「お前がそれでいいなら、俺たちはかまわないぞ」


 カウンターでホットのカフェラテを手っ取り早く注文する。カウンターにも長蛇の列ができているから、注文するだけでも大変だ。


 ふたりには、年末から年明けまでにかけて起きたことをかいつまんで話した。妹原に会って話をしたことや、上月に思いを伝えたことを。


「じゃあ、ヤガミンはぁ、麻友ちゃんと両思いになったんだぁ」

「まあ、そうなるかな」

「わあ、すごい! ヤガミン、おめでとぅ」


 弓坂が向日葵ひまわりのような笑顔で祝福してくれる。こういうのは照れるけど、すごく嬉しいぜ。


 一方の山野は機械然とした表情を崩さずにカフェモカを一服して、


「そのわりには学校で上月と話してるところを見かけないが、付き合ってるわけじゃないのか?」


 俺が疑問に思っていることをまっすぐに突いてきた。容赦のない言葉だが、変に気を遣われるくらいだったら、この方がいい。


「どうなんだろうな。俺は、思いが通じたら付き合ってることになるんだと思ってたけど、あいつは違うのかな」

「ええっ!? 麻友ちゃんと、まだ付き合ってないのぉ?」

「それが、よくわからないんだよ。アプリで毎日連絡をとってるけど、あいつはうちに遊びに来ないし、学校じゃまわりが気になって会話できないからな。だから、あいつはこういう関係を望んでるのかもしれないな」


 俺は今の曖昧な関係なんて望んでいないけど。


「お互いに思いは伝えたけど、付き合おうと言ったわけじゃない。俺は思いを伝えることと付き合うことは同じなんだと思っていたけど、上月はそうではないのかもしれない。よくわかんねえけど。それだったら、無理強いなんてできねえじゃんか。俺だって、あいつに嫌われたくねえし」


 言いながら、胸から涙が出そうになった。


 俺は、思いを伝えたのだから、その後は恋人として付き合いたいと思っている。いや、そんなことをいちいち考えもしなかった。それが普通なんだと思っていたから。


 それなのに、あいつから「付き合うのは嫌だ」なんて言われたら、俺はショックで自我を喪失してしまうかもしれない。それは怖くて想像することすらできない。


 見上げると、弓坂から笑顔が消えていた。どうしたらいいかわからないという顔で、となりでアメリカンコーヒーを飲む山野を見た。


 山野はコーヒーカップを静かにおいて、ふうと嘆息した。

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