ボイコットは、やっぱりむりかも - 第137話
俺たち三人は制服姿のまま、目的もなく家を出た。
スマートフォンの時計を見ると、九時をちょうどすぎたところだった。学校の登校時間をすぎてしまったけど、だいじょうぶかな。
教室では今ごろ模擬店が開店して、さっそく多くの客が押し寄せているんだろうな。俺たちが来ていないことで揉めていないだろうか。
「どこに行こっか」
上月がか細い声でつぶやく。
目的地を決めていないから、マンションのエントランスを出てもどこに行けばいいのかわからない。
「とりあえず、商店街でもぶらつくか。行きたい店はねえけど」
「それでいいけど、この時間じゃ、どこのお店もやっていないわよ」
そうか。店の開店時間って、どこもだいたい十時だったよな。こんな時間に商店街になんて行っても意味はないか。
それでも他に行く宛てはないので、俺は上月と弓坂を連れて住宅街をとぼとぼ歩いた。
商店街は案の定ゴーストタウンのように静まり返っていた。コンビニ以外の店はどこもかしこもシャッターが降りている。
人の姿もまばらで、お昼時になるとそれなりの人数で混むはずなのに、今は二、三人しか見えない。
「お店、やってないね」
俺の後ろで弓坂がぽつりと言った。
「あそこのカラオケボックスはやってるみたいだよ」
上月が何軒か先に見えるカラオケボックスの看板を指した。
ふたりを連れてぞろぞろとカラオケボックスに足を向けてみる。ガラスの自動ドアから店内を覗くと、エントランスで受付する熟年カップルの姿が見えた。
この人数でカラオケボックスに行けば、ちょうどいい暇つぶしになる。歌はうまくないけど、上月や弓坂が歌っているのを聴いていればいいわけだし。
しかし、クラスのみんなが模擬店でせっせとはたらいているのに、ずる休みしてさらに遊び呆けていてもいいのだろうか。心がずきりと痛む。
上月も同じことを考えていたのか、
「カラオケは、やめよっか」
カラオケボックスの派手な看板を見上げて苦笑した。
「ああっ、あそこなら、やってるよぅ」
今度は弓坂がファストフード店を指した。この店なら朝から開店しているし、コーヒーだけ注文して時間をつぶすこともできる。
今の俺たちが寄るにはちょうどいいな。
「朝飯は食っちまったから、コーヒーだけ頼んで時間をつぶすか」
「そうね」
気は進まないが上月たちを連れてファストフード店へ歩いていく。すると制服のズボンのポケットからぶるぶると振動が伝わってきた。
俺のスマートフォンが電話を着信したようだが、このタイミングでかかってくるのはすごく嫌な予感がするぞ。
俺は罪悪感をひしひしと感じながら、スマートフォンをポケットから取り出した。
スマートフォンの画面に表示されていた着信の相手の名前は、木田だ。いよいよ俺たちのずる休みが発覚しちまったんだな。
俺は固唾を呑んで画面の通話ボタンを押した。
「もしも――」
『お前っ、何やってるんだよ!? 早く学校に来いよっ』
電話に出るなり怒鳴られてしまった。受話口から桂や松原の掛け声が聞こえてくる。模擬店はかなり忙しそうだ。
「わ、悪い。ちょっと、その、体調を――」
『お前らがいねえと店がまわらねえだろ! ああっ、桂っ。次の客に出すのはそれじゃねえよ!』
学校を休んだ理由すら伝えられずに通話を切られてしまった。
木田は昨日店番を全然やらなかったのに、今日はやってるんだな。ずる休みした俺が言えた義理じゃないが、勝手なやつだよな。
上月もスマートフォンを片手に電話していた。通話先の相手はおそらく妹原だ。上月もかなり追い詰められているようだ。
今から学校に行っても木田や妹原に叱られるだけだが、それでも無視することはできないよな。
「妹原からか?」
通話を終えた上月に訊くと、上月がばつの悪そうな顔でうなずいた。
「お店、かなり忙しいみたい。休むのはやっぱり無理かも」
「そうだな。俺も木田から電話がかかってきたし。これ以上ふけるのは無理そうだ」
そうは言ったものの、弓坂を学校へ連れていけないだろ。
俺と上月は今から学校に向かってもいいけど、そうすると弓坂をひとりにすることになる。それはまずいよな。
上月の後ろでたたずむ弓坂を見やる。弓坂は瞬きせずにずっと口を閉ざしていた。――だが、
「行ってっ」
顔を上げて決然と口を開いた。
「麻友ちゃんとヤガミンはっ、あたしたちのクラスに、必要だからっ」
そう訴える弓坂の姿に穏やかさはない。むしろ悲痛ですらあった。
「あたしのわがままで、ふたりと、クラスのみんなに、迷惑はかけられないからっ。だから、行ってっ」
弓坂の壮烈な覚悟には思わず敬意を表したくなるが、それでもひとりで置いていくわけにはいかないだろ。
「そんなこと言ったって、お前はどうするんだよ。学校には行きたくないんだろ?」
遠まわしに聞く時間がないのでまっすぐ問うと、弓坂は反論に困って口をつまらせた。
でも弓坂は泣きそうな顔で微笑んだ。
「あたしは、だいじょうぶだから。だから、行って。ふたりに、これ以上、迷惑はかけたくないから」
弓坂の決意はもう揺るがないようだ。
上月もかける言葉が見つからずに辟易していたが、俺のシャツの袖をつかんで、
「透矢、行こうっ」
真剣な面持ちで言った。
こうなったら、なるようになるしかない。今から行くのは遅いけど、急いで学校へ向かおう。
「じゃあ、未玖っ、行ってくるね」
「行く宛てがなかったら、コンビニか公園で時間をつぶしてろ。水分の補給も忘れるなよ!」
「うんっ」
俺は踵を返して商店街を駆け抜けた。
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