進む文化祭の準備と、もうひとつの関係 - 第124話
文化祭の出し物の準備は予定よりも少しずつ遅れながら、それでもだんだんと輪郭を見せはじめてきた。
一週間かけて店の内装と衣装がつくられ、次の週にはコーヒー豆やケーキの材料となる小麦粉やクリームなどが次々と調達された。
上月が懸念していた通り、木田の考えた企画ではメニューがやはり少なすぎたようだ。なので上月を筆頭として女子の数人からメニューの改善案が企画部の木田に提出され、ケーキやクッキーなどの食べ物が追加されるようになったらしい。
飲料のメニューも種類を大幅に追加したようだ。コーヒーはカフェラテやカプチーノ、それにカフェモカなんかもそろえるらしい。
お茶類も紅茶や緑茶を用意するようだ。弓坂からわたされたメニューの改善案を見て、俺は思わず目を丸くしてしまった。
「こんなにメニューを追加するのか。ずいぶん本格的になったんだな」
「ねぇ。なんだか、このままぁ、お店をオープンできそうだよねぇ」
水曜日の放課後、後ろの席に座る弓坂がおっとりとした声をあげる。いや、さすがに店をオープンできるほど本格的ではないと思うが。
真面目にカフェをやるのはいいことだけど、メニューが増えると厨房のオペレーションが煩雑になるぞ。その辺は考慮されているのだろうか。
「メニューがこんなに増えて、だいじょうぶなのかね。当日の厨房はきっとてんやわんやだぞ」
「そうなのぉ?」
弓坂が小首をゆっくりとかしげる。
「だって考えてみろよ。種類が増えれば、それに対応するオペレーションも増える。注文を受けるホールだってメニューを覚えないといけなくなるぞ」
「へえ、そうなんだぁ。ヤガミンってぇ、なんだか、お店の店長さんみたぁい」
弓坂が笑顔でぱちぱちと拍手する。呑気すぎる弓坂に俺は椅子からずり落ちそうになった。
「いきなり変なこと言うなよ」
「うふふ。ごめんなさぁい」
弓坂は店の運営なんて考えたこともないんだろうな。俺だってアルバイトすらしたことないから、インターネットで得た知識以上のことはわからないが。
俺が窓際の壁にもたれていると、木田が俺の肩を叩いた。
「ライトくん、きみの
女子たちはみんなウェイターになるんだから、俺たち男連中が裏方になるのは予想できていたし、俺はそれでかまわないけどよ。
「お前も裏で厨房やるんじゃねえのかよ」
「私か? 私は企画部の部長であるから、厨房なんかやらないぞ。厨房はその他一般のきみたちでやりたまえ」
木田が無駄に胸を張って高笑いする。当日は出し物に参加せずに遊びほうけるつもりだろうが、そうはいかないぞ。
そう思って反論の言葉を模索していると、今度は弓坂から肩を叩かれた。
「じゃあ、ヤガミン、いっしょに厨房、がんばろうねっ」
弓坂が両手をにぎりしめて、小さくガッツポーズする。女子はコスプレ担当だから、みんなウェイターをやるはずだが、弓坂はそれを理解していないのかな?
俺の左どなりにいる木田が、弓坂の天然丸出しの発言にうろたえているが、ざまあ見ろ。俺と弓坂が厨房で仲良くはたらいているところを、指でもしゃぶりながら見ているがいい。
「さて、いつまでもくっちゃべってないで、そろそろ作業をはじめようか」
「うんっ」
男子たちが着替えに廊下へと出ていったので、俺は消沈する木田の襟を引きずって廊下へと向かう。
十秒でジャージに着替えて、昨日から仕掛かっていた作業を再開させる。俺の今の担当は、勇者がつかう剣と盾の用意だ。
勇者の役は妹原がやることになっている。本人はまだ知らないが。
妹原がつかう備品だから、腕によりをかけてつくらなければ。
しかし木田が考案した剣と盾は、無駄に装飾が多くて形状も複雑だ。カフェの出し物でつかうただの飾りだから、こんなに複雑なものにする必要はないと思うが。
「なあ木田、勇者の剣と盾はもっと簡単にできないのか?」
自分の席に戻って仔細を木田に申し立ててみる。剣の設計書を指して、改善案を出してみたが、
「それほど難しいつくりじゃないだろう。きみは言われた通りにつくりたまえ」
木田は上月を完全コピーしたような太々しさで、俺の意見を突っぱねやがった。
すると後ろの席で勇者の衣装を仕立てていた弓坂が、うふふと笑って、
「だったらぁ、ヤガミンのつくりやすいように、デザインを変えちゃえばいいんじゃないかなぁ」
木田と間逆の温言をかけてくれたものだから、木田がまた顔を青くした。
「そ、そうだなっ。ライトくん、きみの好きなように、デザインを、か、変えても、いいんだぞ。あはは、あははぁ!」
木田は声を裏返しながら弓坂の意見に同意する。無意味にポケットに手を突っ込んで廊下へと消えていったが、お前も少しは作業しろよな。
弓坂はいつもの人のよい笑顔で針仕事をしている。金色の刺繍糸をつけた長い針を器用に動かして、胸もとの飾りをつくっているみたいだ。
勇者の穿くスカートはもうできていて、弓坂の机の端に四つ折りにされている。純白のミニスカートは古着を流用したものだが、裾に金糸のような飾りが細かく刺繍されて、可愛く仕上げられていた。
「お前、裁縫とかうまいんだな。すげえ」
「えへへぇ。ありがとうっ」
俺が褒めるとと、弓坂はアニメの萌えキャラのような顔で笑った。
「弓坂は家庭科とか得意なのか?」
「うんっ。お料理は、あまり得意じゃないけど、お洋服を縫ったりするのは、小さい頃からやってたからぁ、ちょっと得意なの」
弓坂にゲーム以外の家庭的な特技があったんだな。知らなかったよ。
一流ゲーム会社の社長令嬢なのに、裁縫が得意ってなんだか意外だ。思わぬギャップに胸がときめいてしまいそうだが、上がりかけた気持ちを深呼吸で下げる。
「未玖ちゃん、ちょっと、いいかな」
となりで作業している妹原が弓坂に質問する。妹原は魔王の衣装を担当している。
「どうしたのぉ?」
「うん、ここなんだけど」
「あ、ここはねぇ――」
妹原が出した黒い布面を弓坂が覗き込む。そしていつもの遅口であれこれと指示を出していた。
大きな剣と盾を狭い机でつくるのは非効率だし、弓坂と妹原の邪魔もしたくないから、俺は場所を移動しよう。教壇からまわり込んで教室の後ろへ向かった。
後ろの黒板の近くで山野が作業していた。床に腰かけて、魔王の武器である鞭をつくっているみたいだ。
ちなみに鞭の名前はダークネスウィップというらしい。なんのひねりもない名称だが、木田の話によると考案したのは桂であるようだ。
山野のとなりがちょうど空いていたので、つくりかけの勇者の剣を持って座ると、山野が少しだけ俺の顔を見てすぐに視線を元に戻した。
「お前の方は順調か?」
山野の作業の進捗なんて別段興味はないが、とりあえず聞いてみる。
「ああ。順調なんじゃないか? お前の方はどうだ?」
「俺の方もまあ順調かな」
勇者の剣も盾もざっくりとした形しかできていないけどな。
山野は無言で剣を覗き見る。そしてメガネの縁をわざとらしくさすって、
「とても順調そうには見えないが」
かすかな呆れ口調でつぶやいた。
「木田の考えた剣のデザインが複雑すぎるんだよ。これ、なんとかならないか?」
「あいつは細部にわたっていろいろとこだわってみるみたいだからな。もう少し簡素なデザインになるように交渉してみたらどうだ?」
山野もどうやら無駄なこだわりだと思っているようだ。それならデザインを勝手に変えてしまおう。
ひとりで黙々と作業している山野を見ると、つい雪村のことが頭を過ぎってしまう。彼女は山野に会いたがっていたが、あれから会うことはできたのだろうか。
「そういえば、あれから雪村さんとは会っているのか?」
気になったので口を切ってみると、山野はぴたりと作業の手を止めた。
「ああ。何度かな」
山野は顔を少しも動かさずに作業している。黒のストッキングに、ガムテープをぐちゃぐちゃに丸めてつくった球を巻きつけていく。
「そんなことは別にいいだろ。お前の方はどうなんだ?」
山野が反撃とばかりに尋ねてきた。
「まあ、ぼちぼちかな」
「席が替わってから毎朝会話しているみたいだが、進展はありそうか?」
お前はつらい恋愛をしているのに、俺のことを応援してくれるんだな。あの買い出しだって、山野が気を利かせてくれなかったら実現しなかった幸運なんだし。
なんだかんだ言って俺は、こいつの世話になってばかりだ。だからどこかで恩返しがしたいよな。でも非力な俺にできることなんて、あるのだろうか。
「進展しているかはわかんねえけど、悪い感じじゃないな。向こうからもよくしゃべってくれるし」
「あいつはお前に心を許しているからな。じれったいと思うだろうが、小さいことをこつこつ積み重ねていくのは大事だと思うぞ」
かつて恋人がいた山野の言葉は、とてつもなく説得力がある。俺に地道ながんばりは無駄になっていないようだ。
「文化祭や後夜祭でチャンスがあるからな。今のうちに作戦でも練っておけよ」
「ああ。わかったよ」
山野は無表情ながらも応援してくれているからな。ここでぐっと距離を近づけたいぜ。
文化祭の開催は、今週の土曜日だ。さてどんな波乱が待ち受けているのか。
妙な胸騒ぎがするのは、後の恋路に期待しているからなのか。そうではないのか。いくら考えても今の俺にはわからなかった。
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