雪村の本心は - 第123話

 買い出しの目的だったガムテープとダンボールを調達して教室へと戻った。教室では準備作業がにぎやかにつづけられていた。


 そう思ったけど、桂は新聞紙を丸めてまだチャンバラしてんのかよ。しかも木田が相手になってるし。お前らは小学生かっ。


 いつまでも遊んでいないでちゃんと作業しろよと言いたかったけど、よく見ると他のやつらも全然作業していなかった。


 上月は俺の席を陣取って弓坂とおしゃべりしているし、他の男連中もわら半紙で紙飛行機なんかをつくったりして遊んでいた。


 真面目に作業しているやつなんてきっと十人もいないだろうけど、初日はこんなものか。日にちに余裕があるんだから、ストイックに作業する必要なんてないのだ。


 夕暮れに担任の松山さんが腰を無駄に振りながらやってきて、「今日の作業はもお終わりよぉ」と叫んだので、今日はこれでお開きとなった。


 廊下で制服に着替えているときに雪村のことを思い出したので、山野に伝えようかと思った。けれど、結局あいつには伝えなかった。


 山野の邪魔をしたくないと彼女は言っていたし、なんとなく気が進まなかったのだ。


 どうせお互いの電話番号やメールアドレスを知ってるのだろうから、その気になれば本人同士でいくらでも連絡なんてできるのだ。だから別段気にも留めないで俺は教室を後にした。


 今日は妹原と話して緊張したし、雪村の対応にも追われたから疲れたな。早くうちに帰って横になりたい。そう思って昇降口まで降りると、


「ねえ」


 呼ばれたので振り返ると、視線の先に上月が立っていた。


「どうした?」

「今日はあんたんちに行くわ」


 上月が自分のロッカーからローファーを取り出して床に放り投げる。今日は買い物に行くメールをもらっていないが。


「別にいいけど、観たいテレビでもあるのか?」

「そう。今夜はなでしこの試合があるのよ」


 そうだったのか。俺はどうせテレビなんて観ないから、チャンネルをこいつに譲ってやるか。


 上月が靴を瞬時に履き替えて昇降口を出る。俺もその後に従った。


 早足で早月駅に行って、各駅停車の電車に乗って最寄り駅へと急ぐ。今日は疲れてご飯をつくる気力がないそうなので、コンビニで弁当とデザートを買って帰宅した。


 着替えるのが面倒なので、制服姿のまま夕食の幕の内弁当をがっつく。正面の椅子に座る上月の弁当はミートソーススパゲティとコールスローサラダだな。


「そういえば、出し物の企画、すごいよな。トップがあれ全部考えたんだろ」


 木田のプロット帳がふと頭をぎったので、なにげなく口を切ってみると、


「あんなの全然ダメよ。メニューは貧相だし、食器のことだって何も考えてないもん」


 上月にばっさりと切り捨てられてしまった。


「書いてあったのはストーリーやキャストばっかりで、他はかなり適当だったからな」

「そうよ。うちの出し物はカフェなんだから、メニューをもっと充実させないといけないのよ。それなのに、あの間抜けは、まったく」


 木田の企画にかなり不服のようだな。俺は大したこだわりがないから、木田のもってきたプロット帳の通りでかまわないんだが。


「そう言うなよ。あいつだっていい出し物をやろうと一生懸命になってるんだから、文句ばっかり言ったらかわいそうだぜ」


 すると上月は白のプラスチックフォークをくわえて、


「でもさあ、あんただって見たでしょ。あのコーヒーとウーロン茶しか書かれてないメニュー。あれがカフェのメニューって言えるの?」


 めずらしく理にかなったことで反論してきた。たしかにカフェのメニューがコーヒーとウーロン茶しかないのは問題あると思う。


「そうだよな。さすがにそれはまずい」

「でしょ!? だから忠告してあげたのに、あいつ全然聞かないのよ。頭きちゃうわよ」


 上月が怒りにまかせてフォークをぐちゃぐちゃかきまわす。微妙に巻きついていないスパゲティをずるずるとひと口に吸い込む。跳ねたミートソースが頬についたぞ。


 夕食を終えてサッカーの放映される時間になった。コンビニ弁当の空箱をゴミ袋に処分してリビングへと向かう。


 上月はリビングのテレビが一番見やすい場所を陣取ってプリンをむさぼっている。サッカーの試合はもうはじまっているみたいだ。


 俺はサッカーの試合なんて興味がないので、テーブルに常置しているノートパソコンを手前に引き寄せる。ディスプレイを開いて、パソコンの電源ボタンを押した。


 ディスプレイの左側に並べられたアイコンを無為に眺めていて、ふと放課後の買い出しのことを思い出した。


 買い出しは妹原とふたりで行って、校門を出たところで雪村とばったり鉢合わせしたんだよな。


「そういえば、買い出しに行ったときに、あの雪村さんと会ったぜ」


 上月に話を振ってみると、上月はテレビから目をはなして俺の方を見てきた。


「そうなの?」

「ああ。なんかよくわかんねえけど、絵を描くときに使うでっかいスケッチブックを持って、校庭を眺めてたぜ。何しに来たんだろうな」


 俺が腕組みしながらぼんやりすると、


「何しにって、エロメガネに会いに来たからに決まってるでしょ」


 上月は迷いもなくひと言で言い捨てた。


「やっぱりそうなのか?」

「当たり前じゃない。他に理由なんてある?」


 他に思い当たる理由なんてないな。俺もわかっていたことだが。


「知り合いでもいなきゃ、知らない高校にふらりと寄ったりしないわよ。それで、なんか話でもしたの?」

「いや、とりあえず挨拶しただけだよ。あの人かなり奥手なのか、しゃべるの上手じゃないからさ」

「ふうん」


 上月は生返事を返して、テーブルに顎を乗っける。背中をだらりと曲げて、だらしない体勢でサッカーを見ている。


 雪村の話題にすっかり興味をなくしたみたいだ。これ以上つづけるとまた機嫌を無駄に損ねそうだから、この話はこれで終わりにしよう。


 ふたりでいても特にすることがないので、通販サイトでもだらだら眺めていよう。スタートメニューからWEBブラウザをクリックして、インターネットに接続する。


 ここ最近は山野のことや文化祭のことなどで、最近に発売されたゲームソフトのチェックを忘れていた。画面上部の入力ボックスにゲームと入力して品物を検索する。


 上からずらりと並べられた最新ゲームのタイトルを意味もなく眺めていると、テーブルがぶるぶると振動し出した。テーブルに置いていたスマートフォンが動いているみたいだ。


 俺のスマートフォンに電話するやつなんて滅多にいないはずだが、俺に電話してきたのは一体だれだ? 木田か? 桂か? スマートフォンをとって画面を見下ろすと、九桁の番号が表示されていた。


「どうしたの?」


 かかってきたのは、電話帳に登録されていない番号だった。また知らないやつから電話がかかってきたのか。


「知らない番号からの電話だ」


 俺はスマートフォンの着信ランプをじっと見つめる。ランプは俺の手の上で十五秒くらい点滅して消えた。


 妹原と買い出しに行ったときにも知らない電話番号から電話がかかってきた。俺に二度も電話してきた物好きは一体だれなんだ?


 嫌な予感がしたので、念のために着信履歴を確認してみる。すると案の定、買い出しのときにかかってきた電話番号と同じだった。


「知らない番号なんて、とらない方がいいわよ。どんなやつからかかってきたのか、わかんないし」

「そうだな」


 怪しい業者の勧誘だったら嫌だもんな。


 たかだか知らない電話番号くらいで怖がっていたら、ひとり暮らしなんてできないぜ。俺はスマートフォンをテーブルに戻してテレビ画面に目を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る