盛り上がっていく文化祭の準備 - 第120話

 文化祭を二週間後に控えて、今日から放課後に文化祭の準備作業を行うみたいだ。


 文化祭は来月の第一週の土曜日と日曜日に開催される。休日に通学するので、振替休日が次の週の火曜日と水曜日にあてがわれるらしい。月曜日は文化祭の後片付けをするようだ。


 文化祭の日程をまるで理解していなかったから、昼休みに山野に聞いたら、「前にホームルームでプリントが配られたぞ」と、冷たくあしらわれてしまった。鞄の隅でくしゃくしゃにされたプリントを広げたら、山野の言う通りに文化祭の日程が書いてあった。


 山野たちのことで頭がいっぱいだから、文化祭どころじゃなかったのだ。よって俺が間抜けだったわけじゃないぞ。


 また昼休みに教室に戻ってきたときに木田から聞き出した話によると、うちのクラスの出し物である異世界ハーレムカフェには、どうやらバックストーリーがあるらしい。


 ストーリーは、インターネットを中心に昔から流行っている勇者と魔王に関連するものにしたみたいだ。


 舞台である異世界――つまり店になるうちの教室は、闇と魔導の力が支配する異世界スフィロード。魔王イェゾードはダークロードと呼ばれる四人の屈強な幹部たちを従え、世界を異のままに操るダークマスターだ。


 だが人間界ソファより導かれし勇者、櫻田さくらだ佳恋かれんとその仲間たちによって魔王は討伐され、世界に平和が訪れた。――かに思われた。


 魔王イェゾードは、真の魔王であるゲテラの腹心のひとりにすぎなかったのだ! 勇者佳恋は改心したイェゾードと協力し、魔王ゲテラの討伐を誓う。ソファとスフィロードの平和を取り戻すことはできるのか!?


「これ、お前ひとりで考えたのか? すげえな」


 教室の掃除が終わった後の放課後。体操着とジャージに着替えた俺は、木田からわたされたノートを見て驚嘆してしまった。


「ふふっ。すごいだろう。やるからにはとことんこだわりたいからな。おかげで昨日は徹夜だったぞ」


 調子に乗ってピースする木田の目の下にはクマができている。お前、本当に徹夜したんだな。


 木田が昨日書いたというプロット帳には、店のバックストーリーから、各キャラの役柄、外装のイメージ、そして店で出すメニューなんかも簡単にだが書かれていた。


 近くのコンビニや百貨店で売っている大学ノートだが、一ページ目から細かい字で設定などがびっしり書き込まれている。木田がこんなに細かい仕事のできる男だったなんて、知らなかったぞ。かれこれ三年以上の長い付き合いだというのに。


 となりの妹原もジャージに着替えていた。そして俺の横から木田のプロット帳をのぞきこんで、


「すごい。木田くん。これ全部ひとりで書いたんだ」

「はっはっは。もっと褒めるがいいっ」


 木田はさらに調子に乗って、胸を張って高笑いしている。


 するとそれを聞きつけた弓坂までが「なになにぃ?」と、後ろから俺の肩に手をついて、首をにゅっと伸ばして、


「わあっ、すっごいいっぱい書かれてるぅ。トップくんすごぉい」


 惜しみなく絶賛したものだから、木田は顔を真っ赤にして笑った。しかもなにげにあだ名で呼ばれてたしな。


 異世界のバックストーリーを用意しているとはいえ、基本はコーヒーやお茶をメインにした模擬店だ。女子たちが勇者や魔王の服を着るのだろうが。


 木田の思惑によると妹原と上月には重要な役をあたえたいみたいだけど、たぶん上月が魔王イエなんとかの役になるんだろうな。あいつの性格からしても、魔王の役は適任だからな。


 すると妹原は勇者の役になるのだろうか。俺は妹原に猫耳のカチューシャをつけて欲しかったのだが。勇者のつけるサークレットに猫耳をつけてもらおうかな。


 そこに突っ立っていた上月にプロット帳をわたすと、木田は俺の机に肘をついて言った。


「ライト、きみにもいい役をやろうか?」

「いらねえよ。どうせ、ダークロードのうちのだれかにする気なんだろ?」

「まさか。お前にあてがうのは村人Cの役だ」

「なおさらいらねえよ!」


 なんで俺が名前のないモブの役をやらないといけないんだよ。だったら裏方でせっせとコーヒー豆でも挽いてた方がマシだ。


「なんだ。特徴のないきみに村人の役は適任だと思ったのに。残念だな」


 木田がわざとらしく肩を竦めると、妹原と弓坂がくすくすと笑った。


 上月はひとり話の輪に入らずに、木田のプロット帳をまじまじと見つめていたけど、不意にプロット帳をぱたんと閉じて、


「どうでもいいけどさあ。木田。これ、メニュー超適当じゃない。もうちょっと、ちゃんと考えなさいよ」


 木田にすかさずダメ出ししやがった。だが木田も自信を持って徹夜したから、簡単には引かず、


「はあ? ここにちゃんと書いてあるだろ。ちゃんと見てないのはお前だろ!」


 自慢のプロット帳を開いて上月に反論した。


「だから、カフェのメニューなのに、なんでコーヒーとウーロン茶しかないのよっ。これじゃ、客は怒って帰るわよっ」

「そ、それは……まだ考え中っていうか、その――」

「カフェなんだから、コーヒーのメニューをもっと充実させなさいよ。あとお菓子もつけないと、客はがっかりするわよ。まったく、それくらい考えなさいよ」


 上月が肩を竦めると、木田がムキになって「う、うるせえ!」と怒鳴った。


「さて、いつまでもさぼっていないで、俺たちも作業するか」

「うん」


 後ろで喧嘩する木田と上月は放っておいて、俺は妹原と弓坂に声をかけて席を立った。


 準備作業は二週間もあるので、今週は内装とコスプレ用の衣装をつくって、飲料などの調達は来週に行うらしい。


 男で衣装なんてつくれるやつはひとりもいないので、必然的に男は内装の作業が中心となる。裁縫は女子にまかせた。


「ちょーちょー、これ見てみぃ? かっこよくねえ?」


 廊下から桂の間抜けな声が聞こえてくる。どうやら剣でもつくってチャンバラしているみたいだ。


 呑気に遊んでいないでちゃんと作業しろよと言いたいけど、みんなでわいわい騒ぎながら作業するのって、いいよな。


 文化祭なんて一ミリもやる気がなかったけど、和気藹々わきあいあいとした放課後のムードに流されて、俺もなんだか楽しみになってきた。


「お前の席の方はどうやら騒がしいみたいだな」


 教室の後ろの隅っこで山野が真面目に作業していたのでとなりに座ると、山野が俺につぶやいた。


「ああ、そうだよ。上月も木田に散々文句をたれてるけど、ああ見えて、けっこう楽しみにしてるんだぜ」


 上月と木田はまだメニューのことで口論しているみたいだ。俺は呆れてごちるしかないな。


 山野は切り取ったダンボールをガムテープでせっせと貼り付けている。どうやら宣伝用のプラカードをつくっているみたいだ。


「そうなのか? コスプレ喫茶なんて、上月は絶対に嫌がると思っていたが」

「衣装はまだどんな感じになるか、決まってないからな。そこまで深く考えていないんだろう」


 魔王の役をやらせられるなんて聞いたら、発狂して木田の尻を蹴り飛ばすかもしれないけどな。


「そういうことか。まあ、あいつをあやすのはお前の役だから、いろいろがんばれよ」


 山野は同情していそうな口ぶりで俺の肩を叩いたが、なんで俺があの狂犬をあやす役なんだ。それと、一体何をがんばるんだ。


「む。ガムテープが切れたな」


 プラカードの取っ手をつけようと山野がガムテープを引いたら、残りの分がなくなってしまった。無感情な仏頂面で、山野が使い切ったガムテープをながめる。


 俺も作業しようとさっきからダンボールを探しているが、近くにダンボールが全然ないぞ。作業するにも材料がまず足りないじゃないか。


 山野はガムテープを探しているのか、教室のまわりをきょろきょろと見わたしはじめた。机をふたつ挟んだ向こうの椅子に、妹原がひとりで作業しているのが見える。


 山野は妹原の細い背中を数秒間しげしげと見つめて、それから俺に振り返った。そして、


「妹原」


 急に妹原を呼び出した。


「あっ、山野くん。どうしたの?」


 妹原が席を立って俺たちの前にやってくる。山野は使い切ったガムテープを妹原に見せて言った。


「妹原。悪いんだが、ガムテープが切れちまったから、買ってきてくれないか?」

「えっ、あ、うん」


 妹原はきょとんとして、山野の横柄なお願いに目をしばたいていた。だが山野の必殺ジト目攻撃に勝てなかったのか、力なくうなずいた。


 ガムテープはお前がつかうんだから、自分で買ってくればいいだろ。なんで妹原にたのむんだ。あいつがかわいそうじゃないか。


 山野の無茶ぶりに俺は閉口したが、山野はまた俺の肩をぽんと叩いて、


「行ってこい」


 妹原の消えた廊下を親指でさした。


 ――そういうことだったのかっ。山野、恩に切るぜっ!


「悪い、行ってくるっ」

「領収書をもらってこいよ」


 机を飛び出した俺の背中に、山野の抑揚のない声が届いた。

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