妹原のあとを追え! - 第121話
「妹原ぁ!」
廊下の階段を大急ぎで駆け下りた。
妹原はのんびり歩いていったから、急げばすぐに追いつくはずだ。いや山野がつくってくれたチャンスなんだから、なんとしてもつかみ取らなければっ。
他のクラスや学年も今日から文化祭の準備に取りかかっているから、廊下や階段はジャージ姿の生徒たちで溢れている。すれ違うたびに肩が当たりそうになる。
急いでいたわりには、階段を降りるのに時間がかかってしまった。
わいわいとにぎやかな声が聞こえる昇降口まで降りると、自分の下駄箱から靴を取り出している妹原の姿が見えた。
妹原の前で息を切らすと、妹原は目をしばたいた。
「八神くん。どうしたの?」
ここまで大急ぎで走ってきたから、話そうにも息が上がって声が出ない。うちでゲームばっかりやっていないで、たまには運動しないといけないよな。
「お、俺も行くよ」
息をととのえて、渇いた喉からなんとか声を出す。妹原は忙しく首を横に振った。
「えっ、い、いいよ。だって、ガムテープを買いに行くだけだし」
「いや、ダンボールも足りてないんだ。だから、近くのスーパーから調達してこないと」
重たいダンボールを妹原ひとりに持たせるわけにはいかない。われながら、買い物についていく都合のいい理由が思いついたぜ。
「そっか。じゃあ、いっしょに行こう」
妹原はくすりと笑って上履きを下駄箱にしまった。やった、買い出しだけど妹原とふたりでデートできるぜっ!
俺もローファーに履き替えて、妹原と並んで昇降口を出る。うちの高校に入学して早五ヶ月、ふたりだけで学校のまわりを歩く日がついに来たんだ。
奥手で意気地なしの俺が、好きな子とここまで仲良くなれたなんて、感無量だ。感動で涙腺から大量の分泌物が出てきてしまうんじゃないか。
「山野くんにいきなり声をかけられちゃったから、驚いちゃった。山野くんに話しかけられたことって、あんまりないから」
妹原がとぼとぼとと歩きながら俺につぶやく。そういえば、軽井沢を旅行したときも、妹原と山野が話しているところはあまり見かけなかったな。
「山野くんって表情がつかみづらいから、何を話したらいいのか、わからなくて。とても優しい人なんだと思うけど」
妹原が山野のことを苦手に思っているのは旅行のときに聞いたけど、山野に引け目を感じてるんだろうな。
「麻友ちゃんや未玖ちゃんは、すごいよね。山野くんや他の男子とたくさんしゃべれて、羨ましいなって思う。わたしは、八神くん以外の男子とはしゃべれないもん」
他の男子とはしゃべれないけど、俺のことは信頼してしゃべってくれてるんだな。くっ、嬉しすぎて本当に涙が出ちまいそうだ。
けれど俺は山野に助けられて、妹原となんとかここまでやってこれたんだ。あいつに対する誤解は解いておきたいな。
なんと言おうか言葉を何度も
「あいつは……山野は、怖いやつじゃねえよ。表情は、いつも固いから、近寄りがたい雰囲気はあると思うけど。……でも、あいつはあいつなりに、俺たちのことを考えてくれてるんだ」
妹原としゃべるときはいまだに緊張するから、言葉を発するたびに唇がふるえてしまう。棘のある言い方になってしまったら、すまないが許してくれ。
妹原はうつむいて、俺の反撃に会話をやめてしまった。同調できなかったから、嫌われてしまったのだろうか。
けれど、妹原は突然両手を伸ばして、ぐっと伸びをして、
「わたしは、ダメだな。いつも表面だけで人のことを判断しちゃう」
陽の沈みはじめた空に向かって言った。
満天に昇っていた太陽は西のビルの陰に沈もうとしている。夕暮れまでまだ時間はあるけど、日が沈むのが早くなった気がする。
「それじゃあいけないって、わかってるんだけど、どうしても、うまくいかなくて」
妹原も人を外見だけで判断しちまうんだな。俺がついこの前に感じた問題とまったく同じだ。
「みんな、そんなもんだろ。だって最初は、見た目や第一印象で相手を判断するんだから」
山野だって、雪村のことを最初は外見だけで判断して、変な女だと思っていたみたいだしな。
「でも、最初は合わないやつだなって感じても、話してみたら意外と気があったりして、気がついたら無二の親友になっていることだってある。だから、やっぱりちゃんと話さないと、そいつの良さや性格なんて、わからないんだよな」
まずい。つい調子に乗って長々と持論を展開してしまった。
しかし妹原は俺の意見に納得できたのか、
「そっか。そうだよね」
優しく微笑んでうなずいた。
「八神くんに、話しちゃってもだいじょうぶかな。麻友ちゃんのこと」
「上月のことか? たぶん問題ないと思うけど」
「うん。ありがとう」
妹原がお腹の前で両手を組んで指を遊ばせる。
「麻友ちゃんもね、最初は少し怖かったの。髪を染めてるし、化粧も少ししてるし、ちょっと近寄りがたい印象だったから」
上月のことも怖かったのか。でもあいつと妹原はタイプが明らかに異なるから、妹原が怖がるのは無理もない。
「でも、入学した次の日にわたしが落としたペンを麻友ちゃんが拾ってくれて、実は優しい人なのかなって思って、勇気を振り絞って話してみたら、麻友ちゃんも緊張しながらわたしに話してくれて。……すごく嬉しかったな」
入学したての頃にそんなことがあったんだな。知らなかった。
「麻友ちゃんは、男子に少しきびしいところがあるけど、優しいから好き。だから、麻友ちゃんには幸せになってほしいって思うの」
「そうだな」
「山野くんも、同じなんだよね。やっぱり近寄りがたいなって思うけど、山野くんが優しい人なのは、知ってる。いつもみんなに気をまわして、居心地をよくしてくれるから。だから女の子にもてるんだと思う」
妹原もいろいろ考えてるんだな。上月のこともちゃんと考えてくれているなんて、知らなかったな。
妹原が「あっ」と困り顔になって足を止める。
「ごめんね。長々と話しちゃって。つまらないよね」
「ああ、いや、そんなことはねえけど」
俺は話の引き出しなんて持っていないから、妹原に話してもらえないと会話が途切れてしまう。一刻も早く沈黙をやぶらないと。
じっとしているのがつらいので、俺はとりあえず頭の後ろを掻いた。
「上月も山野も、誤解されやすいやつらだからな。妹原が話しづらいと思ったのは、仕方ないと思うよ」
「そうなのかな」
「でもまあ、あいつらの内面をちゃんと理解して付き合ってるんだから、別に――」
俺がどきどきしながら言葉をしぼり出していると、ズボンの左のポケットからぶるぶると振動が伝わってきた。
ちょうどいいタイミングでだれかが俺に電話してきてくれたのか? 助かったぜ。
「悪い、妹原。なんか電話がかかってきたみたいだ」
俺に電話してきたのはだれだ? 山野か? それとも上月か?
どうせ追加の買い物でも俺にたのむ気なのだろう。俺はかったるそうな仕草でスマートフォンを取り出して、画面の電源をつけた。
スマートフォンの画面に表示された電話番号は、山野の番号でも上月の電話番号でもなかった。
「知らない番号だ」
相手のわからない番号から電話がかかってきたのなんて、はじめてだ。どこのだれが俺の携帯電話の番号をどこかから搾取して、わざわざ電話までかけてきたんだ?
「とらないの?」
「ああ。如何わしい業者だったら嫌だし」
しばらく待っていると、電話が切れてスマートフォンのバイブレーションも止まった。どうやら話すのをあきらめてくれたようだ。
「すまない。じゃあ買い出しに行こうか」
「うん」
俺は気を取り直して妹原を促した。
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