とにかく無事でよかった! - 第104話

 松尾さんは玄関の扉を開けて外へと出て行く。俺たち四人もだまってついていく。


 今は凶悪事件の殺人犯がその辺をうろついているかもしれないから、外には極力出たくないんだけどな。


 もしかして松尾さんがあの事件の犯人なのか!? ――いや、これはさすがに間抜けな妄想だな。松尾さんはこの間からずっといっしょに行動してたじゃないか。


 俺たちの疑惑の眼差しを一身に受けて、松尾さんは離れの小屋へと向かっていく。あの小屋はたしか弓坂の親父さんが所有しているという謎の小屋だったはずだが。


 松尾さんが小屋にとりつけられている扉の前に立つ。右手で二回扉をノックした。


「お嬢様」

「はぁい」


 だれもいないはずの小屋の中から声がしたぞ。しかもあのおっとりとした口調は――。


 驚愕で絶句する俺たちにかまうことなく、扉の奥からさらに声が返ってくる。


「どなたぁ?」

「松尾です。皆様が心配しておられますので、申し訳ございませんがお連れしました」

「ええっ」


 松尾さんが「失礼します」と断ってドアノブを回転させる。


 鍵はどうやらかかっていないようだ。扉は教室の扉みたいにあっさりと開いた。


 小屋の中は意外と広々とした空間だった。デザイナーのアトリエのような空間は木造の自然あふれるデザインで、別荘の中とはまた少し異なるおもむきというか風情のようなものがあった。


 白い壁に木のテーブルが取り付けられている。まわりには本棚やアンティークなタンスが置いてある。しかし物はそれほど多くない。予想よりもはるかに小ざっぱりとしていた。


 いや慣れない解説などをしている場合ではない。


 奥の大きな窓のそばに小さな机が置かれている。その机に向かって座っている女子がいた。彼女の髪はふわふわとしたゆるいパーマヘアで、色はうすいブロンド。ふり返ったその表情は、あどけなさの残る――。


「未玖ちゃん!」


 俺の後ろにいた妹原が部屋に飛び込んでいった。


「えっ、えっ、雫ちゃん?」


 妹原に抱きつかれた弓坂が困惑している。健やかな外見から、事件的な臭いは何も感じられない。


「未玖ちゃんが無事で、よかった……」

「どうして、雫ちゃんがここにいるのぉ? それに、みんなも……」


 弓坂はほとほと困り果てた面持ちで俺たちを見ている。どうやら俺たちがここにいるのは想定外のようだ。


「なんだ、やっぱり無事だったんじゃない」


 上月がそっとため息をつく。


 靴を履いたまま小屋の中にあがりこむ。物置だと思っていた室内の小ざっぱりとした様子を眺めながら、弓坂の方へと歩いていく。


 おいおい。左の方にベッドまでついてるぞ。これのどこが物置なんだよ。おしゃれで洋風な離れじゃねえか。


 机の上には、どっきりのテレビ番組でよく見かけるようなプラカードが置かれている。プラカードと言ってもプラスチック製ではなく、木の板を白のペンキで塗りつぶしたお手製のようだ。


「弓坂。お前、これ、まさか……」


 弓坂の右手には黒のマジックペンがにぎられている。机の端には赤のマジックペンが置かれているな。


 プラカード――いや白い板には『どっきり成功!』という文字がポップなゴシック文字ででかでかと書かれている。


 つまり俺と上月が示した見解は正解だったということか。


 妹原が弓坂からはなれて上月のとなりに立つ。弓坂は俺たち四人を見て、申し訳なさそうにうつむいた。


「ごめんなさい」


 山野が無表情面でプラカードの表面を見つめる。


「全部お前が仕組んだことだったんだな」

「うん……」


 山野の責めるような冷たい口調が弓坂を追い詰める。


「みんな心配したんだぞ。弓坂の身に何か起きたんじゃないかと思って」

「別にいいじゃない。ちょっとしたいたずらだったんだから」


 上月が見かねて助け舟を出した。


「未玖はあたしたちを楽しませようと思って、どっきり企画を考えたのよ。そうでしょ? 未玖」

「うん」


 弓坂がこくりとうなずく。


「一回、やってみたかったのぅ」


 上月が「ほらね」と山野に言う。山野はやれやれと言いたそうな感じで息を吐いた。


 上月は、妹原と弓坂に対して本当に優しいんだよな。俺がこいつにどっきり企画なんてやったら金属バットで撲殺されそうだが。


 弓坂の安否が無事に確認できたが、疑問はまだ残る。弓坂はいつから消えて、この部屋に隠れていたのか。


「弓坂、ひとつ教えてほしいんだが」

「うん。なあにぃ?」


 弓坂が俺の顔をまじまじと見つめる。


「俺は、弓坂がいつごろいなくなったのか、ずっと疑問に思ってたんだ。昨日の夜に俺たちとあの橋に向かったけど、それからどうやってここまで戻ってきたんだ?」

「うん。それはねぇ、あそこのそばの道にねぇ、もう一台の車を用意してもらったの」


 弓坂の言うあそこというのは、例の橋のことだな。ということは、橋の近くに別の車を停めさせていたということか。


「つまり俺たちの注意が橋に向いている隙に、違う場所に停めていた車に乗って、ここまで先に帰ってきてたということだな?」

「うんっ、正解ぃ」


 弓坂がいつものほわほわとした笑顔でうなずいた。


 これですべての謎が解けたな。一時はどうなるかと思ったけど、結局なんでもなかったということだな。


 頭の後ろに不意にかゆみを感じたので、俺は右手の中指で頭を掻いた。


「まあすごく心配したけど、結果的になんでもなかったから、よかったじゃないか。弓坂のどっきりを事前に暴いちまったけど、ほんと死にそうになるくらいに俺たちはだまされたしな」

「なにあんた、うまく閉めようとしてんのよ。偉そうにリーダーぶらないでよ」


 俺がせっかくみんなの仲を取り持ったのに、上月がすかさずケチをつけてきやがった。


「な……! リーダーぶってなんかいねえよ!」


 俺が過剰に反応すると、どっと笑いが起きた。弓坂や妹原は口に手を当てて笑い、上月は底意地の悪い顔で笑っていた。振り返ると松尾さんも扉のそばで顔をほころばしていた。


 まあなんか、よくわかんねえけど、みんなが笑顔になれてるんだったら、いいか。


 ――と思ったが、山野。お前もまわりの空気を読んで笑えよ。今くらいは。

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