そして、肝試し - 第96話

「花火のあとはぁ、みんなで肝試しでもしよっかあ」


 花火が終わって別荘に戻ると、弓坂がそんな提案をしだしだ。


「肝試しって、また定番なイベントがきたな」


 弓坂の不意打ちのような言葉につい口が開く。弓坂はいろいろ考えてくれてるんだな。


 しかし弓坂が肝試しを提案するなんて、少し、いやかなり意外だ。弓坂って幽霊とかすごく苦手そうな気がするけど。


 それともお嬢様だから、肝試しの意味をちゃんと把握できていないのか? その可能性の方がはるかに高そうだな。


「肝試し、するの?」


 ダイニングの椅子に腰かける妹原の顔が青くなる。眉尻もゆるやかな下り坂のように下降する。


 幽霊とか怖いものは好きじゃないんだろうな。妹原の性格的にも肝試しが得意そうには見えないし。


「怖いものは苦手なのか?」


 対面の椅子に座る山野が問うと、妹原は浅くうなずいた。


「あんまり、得意じゃないかも」


 すると妹原のとなりの椅子に座る上月も言葉をつづけた。


「あたしも、幽霊とかは好きじゃないかな」


 こいつも霊的なものは苦手だ。夏のホラー系のテレビ番組などが映っていると、すぐにチャンネルを変えられるからな。


 俺は怖いもの見たさというか、ホラー系のテレビ番組は意外と見てしまうんだが、ちょうどいい場面でピッとチャンネルを変えて、その直後に滝のようにクレームを入れるのはやめてほしいよな。


「えっ、だめぇ?」


 弓坂が隅の椅子に座って消沈する。目に見えてがっかりするほど肝試しがしたいのか。


「いいじゃないか。せっかくだから、みんなでさくっと墓場にでも行かないか?」


 山野だけはかなり前向きだが、その言い方は妖しい響きがあるから、言い方を変えた方がいいと思うぞ。


 俺は黙ってみんなの様子を観察していたが、四人の視線が俺に集まりだした。なぜ俺に注目するんだ。


「肝試しをすることに賛成が二で、反対も二だ」

「ということは、あとはあんたの気持ち次第っていうことね」


 山野と上月がそろって腕組みする。


 そういうことか。肝試しをするかどうかの決断を迫られるとは思ってもいなかった。


 心の中で正直に申告すると、俺も幽霊的なものは得意ではない。ホラー映画なんて観ないし、仮に友達と観に行ったとしても、怖いシーンは目をつむったりするからな。


 だが女子と肝試しなんてしたことがないから、してみたいという気持ちはある。あわよくば妹原とふたりっきりになって、「きゃっ」と抱きつかれたりする可能性も、ゼロではない。確率は一パーセントにも満たないだろうが。


 まあ肝試しって言っても、どうせ幽霊スポットの入り口あたりをぶらついて終わりなんだろうから、


「俺は、せっかくだから、肝試ししたいかな。ほら、みんなだって、肝試しなんてしたことないだろ」


 俺の心の中はどうやら恐怖よりも下心の方が強かったようだ。


 しかし妹原と上月は納得していないようだ。俺は右手の人差し指を立てて主張した。


「せっかく弓坂が提案してくれたんだ。みんなでちょっと行くくらいだったら、そんなに怖くないだろ。それに、弓坂。ひとりで廃屋の中に入らせたりしないんだろ?」


 弓坂に問いを投げかけると、弓坂はこくりとうなずいた。


「うん。軽井沢にぃ、有名な自殺のスポットがあるみたいだから、そこに行こうかなって、思ってただけだよぅ」


 弓坂は妹原や上月を怖がらせて喜ぶようなやつではない。だから肝試しに行ったって平気だろ。


 それにしても、軽井沢に自殺の名所なんてあったんだな。そんなことまで弓坂が調べ上げているとは思わなかったよ。


「ま、まあ、そんなに行きたいっていうなら、付き合ってあげてもいいけど?」


 多数決で負けてしまったので、上月が渋々引き下がる。妹原は上月の横顔を不安そうに見ていたが、どうやら納得してくれたようだ。


「弓坂。その自殺のスポットというのはここから近いのか?」


 山野が尋ねると、弓坂が忙しくうなずいた。


「うん。車で行けばぁ、たぶん近いから、松尾に連れてってもらおうかなって、思ってるけど」


 弓坂は心なしか赤面しているような気がするけど、それは俺の気のせいではないな、きっと。



  * * *



 松尾さんと長内さんが運転する車に揺られて、夜の軽井沢を移動する。


 軽井沢の道は昼間でも静かだが、夜はそれに増してひっそりとしている。駅からはなれた道に車はおろか、街灯もほとんどない。


 自分から賛成しておいて今さら不安になるのはおかしな話だが、夜道を眺めているうちにだんだんと不安になってきたぞ。しかもこれから行くのは有名な心霊スポットだからな。


 弓坂の若干わかりにくかった説明によると、これから行くのは山奥の有名な橋であるらしい。橋から飛び降り自殺が多発する有名な心霊スポットなのだそうだ。


 スマートフォンのWEBブラウザでさっき調べてみたが、インターネットでも簡単に検索できてしまうような有名な場所だ。そんなところに行って、お化けに取り憑かれたりしないだろうな。


 不安がっているうちに車がゆるやかに減速して停止する。ブレーキを踏んでいる感覚がまるでなかったけど、目的地に着いてしまったのか?


 運転手の長内さんは無言のまま身体を停止させているから、着いたのかどうか不明だが、おそらく到着したのだろう。


 車のリアドアを押し開ける。真夏の熱帯夜なのに、あたりから冷たいオーラのような風が俺の肩を撫でる。蒸し暑いはずなのになんだか寒気がするぞ。


 冷房をつかわずに涼しくなれるのは嬉しいが、いらないものまで憑いてくるのは勘弁してほしいぞ。


「例の橋にどうやら着いたみたいだな。かなり雰囲気のある場所のようだが、八神はだいじょうぶか?」


 あたりをとり巻くただならない雰囲気に山野もどうやら気づいたようだ。


「だいじょうぶかってなんだよ。お前こそ怖くないのか?」

「ああ。幽霊や占いなどの非科学的なものは信じていないからな」


 そのわりにはおぞましい空気をしっかりと感じとっているんだな。科学万歳みたいな主張をしているくせに、ゲームも電子機器も苦手だしな。


 前に停まった車から弓坂や上月がぞろぞろと降りてくる。懐中電灯を持っているのは上月だな。


「それじゃあ、例の橋とやらを拝んでくるか」


 振り返ると山野がいつの間にか懐中電灯を持っていた。長内さんが無言でわたしてくれたのか。


 そんな細かいことはともかく、かすかに震える足を叱咤して俺は山野の後につづいた。

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