みんなでつくったカレーはやっぱりおいしい - 第93話
それから小一時間が経過して、女子たちのカレーづくりが無事に終わったみたいだ。
「思っていたよりも時間がかかっちゃった。遅くなっちゃって、ごめんね」
妹原がお詫びしながらカレーの乗っかったお皿をテーブルまで運んでくれる。いやいや、謝れるなんて、とんでもない。
妹原が俺(や山野たち)のために料理してくれたんだ。たとえ空腹で胃が痛くなろうとも、何時間だって俺は待つさ。
それと三角巾をつけた姿が、いい。家庭的で料理の得意そうな姿が、もう最高です。
妹原の姿をじろじろ見ているわけにはいかないので、目の前に置かれたカレーライスに視線を移す。細長いカレー用のお皿の右側にご飯が盛られて、左にはカレーがきれいによそわれている。
カレーのルーのパッケージの写真みたいな盛り付け方だ。こんなきれいに盛り付けられたカレーライスを見るのは、今日が初めてかもしれない。
中辛のやや黒めのカレーのルーに、大きめにカットされたじゃが芋や人参がごろごろと入っている。肉は安い豚肉だが、そんなことは少しも気にならない。
妹原や弓坂が丹精を込めてつくってくれた手料理なのだ。どこの一流レストランのカレーよりもおいしいに決まっているじゃないか。
出来たてのカレーから香辛料の独特な香りがする。つかっているルーは市販のもののはずだけど、いつも食べているカレーと同じ感じがしないのはなぜだろうか。
「用意が終わるまで食べちゃダメだからね」
上月が大きなガラスのボウルに盛られたサラダを運んでくる。ステンレス製のトングが差し込まれているから、どうやら自分で取り分けろということらしい。
「これで、みんなの分が、そろったかなぁ」
弓坂が五つ目のカレーライスとサラダの取り皿をもってくる。スプーンとフォークを妹原が持ってきて、夕食の用意ができたみたいだ。
「もう食べてもいいのか?」
「いいけど、あたしたちが準備できるまで待ちなさいよ」
上月たちがエプロンをとって座るのとほぼ同時に、山野がスプーンをとってカレーを食べはじめる。俺も腹が減っているから山野につづこう。
カレーのルーとご飯の境い目の部分をひょいと掬う。少し冷まして
「思ったよりいけるな」
カレーを
「当たり前でしょ。あたしたちがつくったんだから、おいしいに決まってるじゃない」
上月が両手を腰に当てて威張るように言った。
「じゃあ、あたしたちもぅ、食べようっ」
弓坂の言葉に、上月と妹原がスプーンを手にとった。
「あ、おいしい」
妹原がカレーを食べてつぶやく。閉じた口に手をあてて、上品な感じで。
「わあ、ほんとだ。おいしいねえ」
弓坂もカレーを食べて幸せそうな顔をしている。自宅のカレーはいつも一流のシェフにつくってもらってるんだと思うけど、今日のカレーの方がおいしいのだろうか。
今日のカレーは手づくり感が満載だから、もちろん絶賛するほどおいしいのだが。
「あんた。カレーばっか食べてないで、サラダもちゃんと食べなさいよ」
サラダを取り分けてすらいない俺を見て上月がすかさず意見してくる。お前だってカレーしか食べていないじゃないか。
微妙にイラッとしたので、取り皿を上月に差し出してやった。
「じゃあサラダをとってくれよ」
「はあ? なに甘えてんの? そんなの自分でとりなさいよ」
上月はつんとそっぽ向いて、自分でとった取り皿にサラダを盛り付ける。そうくるだろうというのは充分に予測できていたけど、相変わらず可愛くないやつだ。
妹原と弓坂がくすくすと笑った。
「麻友ちゃんとヤガミンてぇ、本当に仲がいいねえ」
「どこが!?」
弓坂のやんわりとした冷やかしに、俺は上月と同時に突っ込みを入れてしまった。ふたりしてがばっと席を立ちながら。
「うふふ。息もぴったりだしぃ」
「う、うるせえよ」
俺たちの情けない姿を見て、妹原と弓坂にまた笑われてしまった。山野だけは給食マシンのようにカレーを胃袋に運んでいるが。
かなり恥ずかしいので粛々と席につく。顔が完熟トマトみたいに赤くなっている気がするが、右斜め前に座る上月も同じ感じだな。
赤面している上月が上目遣いで一瞬だけ俺を見て、「あんたが変なこと言うから恥かいちゃったじゃない。どうしてくれんのよ」と言いたげにしているが、先に口出ししたのは俺じゃないぞ。
「はい。八神くん」
そんなくだらないことを思っていると、取り皿に盛られたサラダを正面から差し出された。顔を上げると、妹原のひかえめな笑顔がそこにあった。
「野菜もちゃんと食べないと、身体によくないから」
「あ、ああ。サンキュー」
妹原が俺のためにサラダを取り分けてくれた……! ああ、なんてラッキーなんだ!
しかも俺の身体を気にしてくれてるなんて、嬉しすぎて身体が四方に弾け飛んでしまいそうだ。
だけど、爆発しそうなほどの強い想いを知られるわけにはいかないので、別段興味のない素振りでサラダを受け取った。右手がふるふるとふるえているぜ。
そんな素振りを横目でじっと見ていた弓坂が少し焦った感じで、
「あ、ヤマノンもぅ、サラダ食べる?」
身体を少し突き出して山野に言った。
「俺か? ああ。なら、もらおうかな」
「うん!」
弓坂が満面の笑みでサラダを取り分ける。弓坂は山野が好きなんだな。
対する山野は、あまり興味がなさそうだ。感情の変化が読み取れない。いつものことではあるが。
サラダの盛られた小皿を差し出されても、山野は黙々とカレーを食べている。上月が呆れて頬杖をついた。
「あんた、思ったよりとか言いながら、一番がっついてるじゃない。そんなにカレーが好きだったの?」
「悪いか? 腹が減っていたんだから、ご飯ものが食べたくなるのは自然な発想だと思うが」
「おいしいんだったら、もうちょっと素直な感想を残しなさいって言ってるのよ」
上月がスプーンを止めて嘆息する。山野が空になったカレー皿を差し出して言った。
「すまないが、おかわりもらえるか?」
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