食事のあとはみんなで花火 - 第94話

 夕食の後片付けをした後は、みんなで花火をするみたいだ。弓坂の案内に従って正門の近くの庭へと移動する。


「でも弓坂。花火セットなんてさっき買わなかったぞ」

「うん。だからぁ、松尾に頼んで、買っておいてもらったんだよぅ」


 俺のとなりを歩いていた弓坂が屈託のない笑顔で言う。何から何まで準備してくれてるんだな。


 執事の松尾さんにライターをわたされた。山野にもライターを配っていた。


「突っ立ってても意味がないから、ぼちぼちはじめよう」

「うん」


 花火セットを受け取っていた妹原に山野が言った。


 仲間で集まって花火するのは、中学三年の夏以来だな。ずいぶんと久しぶりだが……いやこれは去年の出来事だ。


 去年のなんの意味も持たない思い出を考えてすかしていると、左斜め後ろから噴出花火の筒が差し出された。振り返ると上月の太々しい顔がそこにあった。


「ほら。ぼけっと突っ立っていないで、早く火をつけなさいよ」

「うるせえ」


 俺は噴出花火を左手でひったくった。


 花火の筒を地面に置く。ライターの火を灯して、ひらひらの紙が巻きつけられた導火線に火をつける。


 火が紙を燃やして導火線へと伝う。筒の先端がばちばちと火花を散らして、花火が夜空に舞い上がった。


「わあ、きれい」


 小型の杉の木みたいに噴出する花火を妹原が恍惚と見上げる。きみよりきれいなものなんてないさ。


 そんなすかした台詞を死ぬまでに一度は言ってみたいが、言った瞬間に俺の恋も花火みたいに儚く消えてしまうので、止めておいた方が得策だな。


 噴出花火が一分くらいで終了して、次の花火が上月から手渡される。流れで花火に火をつけていった。


 噴出花火を三本ほど片づけた後は、ねずみ花火やへび花火などの変わり種をためしてみよう。上月に伝えてねずみ花火に火をつけると、


「わっ、なにこれ!? こわいっ」


 弓坂が反射的に妹原の腕へと抱きついた。


「あれは、ねずみ花火だよ。火をつけると、地面を勢いよくまわる花火なの」

「そうなのぉ?」


 妹原の説明に弓坂が小首をかしげる。足もとで忙しく動きまわっていたねずみ花火が動きを停止する。


「弓坂。ねずみ花火知らないのか?」

「うん」


 弓坂が少し気まずそうにうなずく。


「あたし、みんなと花火って、あんまりしたことないから」


 そうだったのか。突然の告白に上月や妹原も言葉を失う。


 弓坂のうちは金持ちだから、感覚が一般庶民と違うんだよな。金銭的な感覚だけでは決してなくて。


 父親が有名企業の社長さんで、家がきっと豪邸で、松尾さんみたいな優しい執事さんや専属のコックまでいる。


 俺たちからすれば羨望の的でしかないけど、俺たちとの違いを感じて悩んだりすることが、きっとあるんだよな。社長令嬢の気持ちなんて、俺は逆立ちしてもたぶんわからないけど。


 花火セットの袋を山野がごそごそと漁る。手持ち花火の一本を抜いて弓坂に差し出した。


「思い出なんて、これからつくっていけばいいだろ。少なくとも、たかが花火をしたことがないくらいで、馬鹿のひとつ覚えのようにからかうやつは、このメンバーの中にはいない」


 弓坂が花火を受け取ってきょとんとする。山野は後ろの地面に置いてある花火セットをまたしゃがみながら漁る。


 山野の丸くなった背中を弓坂がじっと見つめる。同じ手持ち花火を山野がとって、くすりと微笑んだ。


「ヤマノン。この花火はぁ、どこに火をつけるのぉ?」

「それは、先頭の色のついている部分に火をつけるんだよ。つけてやるから、じっとしてろ」

「うんっ」


 山野がいつもの無感情な顔で丁寧に教える。上月と妹原が顔を見合わせて笑った。


 山野はいつも石像みたいに顔の表情を固めているから、クラスメイトから怖がられることが多い。木田や桂なんかも、山野のことを怖がっているみたいだし。


 けど、こいつはこいつなりに俺たちを想ってくれる。まあ、いいやつだ。


 弓坂は、山野のそんな内面をちゃんと知っているから、山野のことが好きなんだよな。いや、そのはずだ。


 弓坂の持つ手持ち花火に火をつける。火花を散らした花火にもうひとつの手持ち花火を近づけて、山野が花火の先端に火をつける。


 お互いがお揃いの花火を持って寄り添っている。仲睦まじく話をしている姿は、付き合いたてのカップルみたいだ。


 弓坂は花火を持っていない手を口にあてて笑っている。頬がほのかに赤くなっているような気がする。


 一方の山野の表情には相変わらず変化がないが、弓坂と話すのは嫌いじゃないのだろう。いつにも増して薀蓄うんちくを語っている。


 そういえば、学校以外で山野と弓坂がふたりきりでいるところを見るのは、これが初めてかもしれない。クラスの席はとなり同士だったから、ふたりでよく話をしている姿を見かけたが。


 そのときは弓坂の気持ちなんて知る由もなかったから、なんの感慨も持たずに後ろから眺めてたんだけどな。


 そんな風に会話しているうちに、弓坂は山野に好意をもっていったのだろうか。女子の気持ちは、俺にはさっぱりわからないな。


 ふたりの姿を見て、上月も弓坂の気持ちに感づいたみたいだ。わざとらしく肩を竦めた。


「あっちはしばらく邪魔しない方がよさそうね。あたしたちも手持ち花火をやりましょう」

「そうだね」


 妹原が嬉しそうにくすくすと笑った。

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