上月の秘密編

上月の先輩

中越先輩 - 第40話

「なんであたしが、あんたなんかといっしょに図書館に行かないといけないのよ」


 一学期の中間試験が終わり、憂鬱なきっかり六時間授業の毎日がやってきた。


 今日は試験開けの授業が立て続けに行われて、試験の答案用紙が担当教師から次々と返却されてきた。


「しょうがねえだろ。赤点とったやつは来週に追試があるんだから。追試でやばい点数とったら、お前マジで留年になっちまうんだぞ」


 図書館に向かう県道沿いの歩道を歩きながら、俺の口からたまらずため息が漏れる。


 中間試験の結果は、全く問題なかった。五教科すべてで九十点代をキープして、総合順位はクラスで二位だった。


 クラスの一位は、妹原だ。点差はわずか五点だったけど、あいつの場合は音楽と兼業しての結果だからな。毎日暇してソーシャルゲームをやっている俺と同一視してはいけない。


 それにしても、ああ。妹原はやっぱり、すごいよなあ。褒めても「そ、そんなことないよ!」て恥ずかしそうに謙遜するし。


 そんな可憐で健気な女子がいるかと思えば、


「ふん。なによ、今回はテストの点数がたまたまよかったくらいで、偉そうに言ってくれちゃって。あんた何様よ」


 右隣りやや後ろを歩く某幼なじみは、みっともない負け惜しみをズケズケと言い放つ。悪びれもせずに。


 ――試験の結果で問題があったのは俺ではない。さっきから不機嫌オーラを街に放ちまくっているこいつ――上月こうづき麻友まゆ早高さつこう一年・満十五歳・帰宅部所属)だ。


 こいつは高校一年の数学の中間試験で、早くも赤点をとってしまったのだ。


「あたしだってね、真面目に試験勉強してれば、あんな問題、簡単に解けたのよっ」

「だったら、なんで真面目に試験勉強しなかったんだよ。高校のテストは赤点があるんだから、ちゃんと勉強やっとけって言っておいただろ?」

「はあ? そんなのいつ言ったのよ。何時何分何秒? 地球が何回まわったとき?」


 いい歳した女子が、地球が何回まわったときとか言うな。


 俺が背中を丸めて嘆息すると、右隣りまで来た上月がにらんできた。


「はいはい。だからクラス二位の俺が、クラスでビリのお前に補習してやるって言ってるんだろ? 学校の補習だけじゃ足りないっていうから」

「何が、補習してやる、よ。えっらそうに」


 偉そうなのはお前だ。赤点野郎のくせに。


「あたしだってね、本当はしずく未玖みくに教えてもらいたかったのよ。だけど、ふたりとも用事があるっていうから、仕方なく暇なあんたに依頼してやったんじゃない。少しはありがたく思いなさいよ」

「補習してやる俺が、なんでありがたく思わないといけないんだよ」

「それは、あれよ。……学校の近くでも、あたしと、い居れるんだからっ」


 なんで顔がちょっと赤くなってるんだよ。


「それだったら俺は、妹原と居れた方がよか……ぃいっ!」


 突然尻に衝撃が走り、俺の口から汚い悲鳴が漏れる。上月が思いっきり蹴りやがったのだ。


「わかったらさっさと前を歩く!」

「お前なあ。ホントに嫁の貰い手なくなるぞ」


 尻を抑えながら忠告するが、上月は「フン!」とそっぽを向いて前を歩いていく。


 年寄りの冷や水みたいになってしまうが、なんでもうちょっと可愛くなれないんだろうな。黙っていれば、まあ、そんなに悪くないのに。


 悪くないといっても、俺が好きとか、そんなんじゃないぞ。その、相対的に考えて、上月の容姿は悪くないというか、なんとなく平均以上だと言いたいだけであって。


 よくわからなくなってきたが、こんなことを考えているのがあいつにバレると後々面倒なことになるので、俺は気づかれないように上月の後をついていくことにする。


 そう思って顔を上げると、上月が足を止めていた。不意に、歩道のど真ん中で。


「どうしたんだよ。急に止まって」


 仕方なく話しかけてみるが、返事がない。どうやらしかばねに……は、なっていないな。


 上月は俺のことに気づかずに、目を大きく見開いている。生き別れの弟にばったり出会ったような感じで、その宝石のような瞳を少しふるわせながら。


 普段から悪口を吐き出しまくっている口も、薄い上唇うわくちびるがかすかに上に開いているだけで、動きはほぼ停止している。本当にどうしたんだよ。


「おい、上づ――」

「ちょっと静かにして!」


 上月は俺の右腕を力まかせにつかんで黙らせようとする。なんなんだよマジで。


 上月が俺の陰に隠れるように送る視線の先。そこには男女の四人組の生徒たちが歩いていた。試験が終わったからなのか、四人とも下らない冗談を言って爆笑している。


 うちの制服を着ているが、同学年では見たことのない顔ぶれだ。二年生だろうか。


 そのうちのひとりの男子生徒が後ろを振り返る。俺たちの視線に気づいたそいつは、目ばたきもせずに身体を固まらせる。浮かれた顔つきも一変している。


「あれ、お前」


 背の高い、端正な顔立ちの男だった。すらっとしていて、目にかかる細い前髪を掻き上げる姿がなんとも憎らしい。


「お前、上月じゃねえ?」


 そのイケメンは後ろの三人の友達を手慣れた感じで制止すると、優しそうな笑顔を浮かべてこちらへと向かってくる。


 っていうか、今さっき、上月って……。


 たまらなくなった俺は、上月の顔を上から覗き込んだ。


中越なかごし、先輩」

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