上月との関係はとっくにバレてた? - 第28話

 次の日の昼休み。昨日のゲームセンターでの顛末を山野に伝えたが、箸を持つ山野の表情には今日も変化は見られなかった。


「最初はまあ、そんなものだろう。自分に好意をもたれていると、妹原は微塵みじんも思っていないのだろう」


 やはりか。俺もそうだろうと思っていたが。


 因みに今日も弓坂と三人で昼飯を食べている。先週に食堂を利用してから、ここで昼食を摂るのがすっかり定着してしまった。


 山野と弓坂はおそろいで味噌ラーメンだ。俺だけ空気を読まずに定食のAメニューである生姜焼き定食を食べている。


「あ、だから雫ちゃんはぁ、麻友ちゃんのことが好きだと思ってるんだ」


 弓坂は山野のとなりでにこにこしている。箸が全然動いていないから麺はまだ二本くらいしか消化されていないが、早く食べないと麺が伸びてしまうぞ。


「八神と上月が仲いいのはバレバレだからな」


 一方の山野は淡々と麺を処理しているが、その一言は聞き捨てならないな。


「仲いいってなんだよ。俺がいつそんな素振りを見せたんだ」

「素振りも何も、空気で大体わかる」


 なんだそりゃ。そんなエスパーな能力を保持しているのはお前だけだ。


 しかし弓坂も小首をかしげて、


「あたしも、そうじゃないかなぁって、思ってたよぉ」


 なにっ、弓坂にまで気づかれていたのか?


「だって、五人でいるときに、麻友ちゃん、ヤガミンにだけ目を合わせないようにしてるんだもん。ヤガミンもなんか、そんな感じだったから」


 親睦会のときはなるべく目を合わせないようにと、あいつと事前に打ち合わせしていたのだが、それがかえってあだとなってしまったのか。


「それなのにぃ、ふたりでスーパーにお買い物に行ったりするんでしょぉ?」

「な……!? ちょっと待て弓坂! なんでそれを知ってるんだ!?」

「うふふ、こっそり聞いちゃったぁ」


 俺はつい立ち上がってしまったが、弓坂は口に手をあてて嬉しそうに微笑んでいる。少しやらしそうな顔つきに変わっているが、お前は一体何を妄想してるんだ。


「前にもぉ、ヤガミン、スーパーにお買い物に行ったって、言ってたけど、もしかして、麻友ちゃんとふたりで行ってたのぉ?」

「あっ……と、それは……」

「ちょっと待て。俺はそんな話、一言も聞いていないぞ」


 端で聞いていた山野のメガネまでも、ついにキラリと光った。


「ま、待て! 山野。頼むから少し落ち着いて――」

「お前、いい友人に隠し事をしていたのか? 上月とすでにできていたのに、俺をだましてさらに妹原と浮気しようとしているのか?」

「ち、違う! 俺は断じてそんな――」

「ヤガミンってばぁ、麻友ちゃんと、もうそんな、エッチな関係に――」

「弓坂! さっきから変な妄想するな! 顔にむっちゃ出てんぞ!」


 俺は飯を食うのも忘れてヒステリックに声をあらげたが、向かいのふたりに届くはずもなかった。



  * * *



 隠し通すことはもうできなかったので、人気ひとけのない裏庭で全てを話すことにした。


 上月のこと。家に親がいないこと。そして上月は断じて俺の彼女ではないことを。


「父親が仕事の関係でベトナムに住んでいるから、八神はこっちで一人暮らしをしているのか」


 うちの複雑な家庭の事情を話すと、山野はすぐに誤解を解いてくれた。


「母親は前に亡くなったと聞いたが、父親についていこうとは思わなかったのか?」

「すまないが、それについて答える気はない」

「そうか」


 俺がきっぱりと言うと、山野は短く返答して口を噤む。いつもの表情のない顔で。


 俺は父親を恨んでいる。


 俺と母さんを捨てて、あいつはひとりで海外の生活を満喫しているのだ。俺はあいつとほとんどしゃべったことがないし、あいつが向こうで別の女と住んでいることも知っている。


 父親と認めていない人間といっしょに住むなんて、絶対にあり得ない。それならたとえ料理ができなくても、ひとりで住んでいた方がいい。


「だから、麻友ちゃんがお料理をつくってくれるようになったんだぁ」


 弓坂はしょんぼりして、なんだかしょぼんの顔文字みたいな感じになってしまったが、そうなるとわかっていたから話したくなかったんだ。あんな親の話を聞いて喜ぶやつはいないから。


「上月のおばさんが、あいつに言ったらしいけどな。毎日コンビニ弁当じゃ身体に悪いから、替わりにつくってやれって」

「そうだったんだぁ。ごめんねぇ」

「いや、いいんだ。俺もだましてるみたいで嫌だったし、ふたりにはいつか話そうと思ってたからな」


 本当は話すつもりはなかったんだけどな。上月が嫌がるから。


 でも遅かれ早かれ話すことになるんだから、いつ話したっていっしょだろう。


 けど話したって聞いたら、あいつは怒るだろうな。パンチの二発くらいは覚悟しないとダメかもしれない。


 弓坂とは対照的に山野は相変わらずの仏頂面だったが、


「因みにお前が料理できないというのは本当か?」

「ああ、本当だよ。なんなら見せてやろうか? 消火器と救命胴衣が必要になるけどな」


 俺は、目玉焼きをつくろうとして小火ぼや騒ぎを起こした男だからな。俺の料理のセンスは、そんじょそこらの料理下手なんてもんじゃないぜ。


「そ、そうか。それなら上月の母さんが心配するのもうなずけるな」


 俺のまさかの発言に山野は閉口している。いくら引いてくれてもかまわないぜ。


「麻友ちゃんはぁ、ヤガミンのこと、どう思ってるのかなぁ?」


 弓坂がそれとなくたずねると、山野は「どうだろうな」と腕組みした。


「中二まで特に深い接点がなかったことを考えると、母親の指示で仕方なく料理をつくっているという線が強そうだが」

「でもぉ、ヤガミンのこと嫌いだったら、いっしょにスーパーに行ったりしないよね?」

「そうだな。しかし、それもあくまで小遣い稼ぎと割り切ってるんだとしたら、なんとも言えないな。上月がどれだけドライなのかは、俺は知らないが」


 上月がドライかどうかは、微妙なところだな。そんなに割り切った発想ができるタイプには見えないが。


「もう少し観察してみないとわからないが、恋愛感情は微妙なところか?」


 微妙も何も、恋愛感情なんか一滴もないだろ。俺にもあいつにも。そう思っていると、弓坂が俺の方を見て、


「ヤガミンはぁ、麻友ちゃんのことは、好きじゃないのぉ?」


 また微妙に返答しづらいことを聞かれてしまった。


「好きか嫌いかって言ったら、嫌いじゃないだろうけど……その、恋愛感情としての好きじゃないからな。それにあいつは、なんとか川っていうサッカーの日本代表の選手みたいなやつが好きらしいから、俺みたいなやつは絶対に好きにならねえよ」

「なんとか川?」

「この前イングランドに移籍した加川のことか」


 山野がざっくりと説明すると、弓坂が「あ、そうなんだぁ」と相槌を打った。


「じゃあ、麻友ちゃんはぁ、スポーツマンが好きなんだ」

「そうだよ。あいつらしいだろ?」

「麻友ちゃん、運動神経いいもんね」


 弓坂がしみじみとつぶやいたところで、山野が「まあとりあえず」と口を挟んだ。


「八神の妹原狙いが浮気でないことは承知した。妹原の誤解を解くのはむずかしいかもしれないが、時間をかけてゆっくりと氷解させていくしかないな」

「ああ、そうだな」

「ということで、次の三連休で遊園地にでも行かないか?」


 何が、ということで、だ。


「遊園地ってまた唐突だな」

「姉貴が遊園地のフリーパスを持ってるんだが、当日に予定が入ったらしくてな。押し付けられたんだ」


 前から思ってたけど、山野の姉貴って普段何してるんだ? 年齢的なものも含めて教えてほしいぞ。


「わあ、行こう行こう!」


 弓坂はいつもの無邪気な感じではしゃぐが、遊びに行くのは全然悪くない。いやむしろ、あのメンバーの末席に常時くわえてほしいくらいだ。


「ゴールデンウィークの前に三連休があるだろ? その日のどこかで行こうと思うんだが」


 山野が提案すると、弓坂が「あっ、でもぉ」と口を挟んだ。


「土曜日は、麻友ちゃんと雫ちゃんの三人でクッキー焼こうねって、約束しちゃったから」


 何っ。あのクッキー女子会を本当に実施することになったのか。くっ、いいなあ。


「なら月曜にするか。日曜だと二日連続になっちまうからな。弓坂の方から上月と妹原に伝えといてくれないか?」

「うん。わかったぁ」


 ということで、来週の月曜にいつものメンバーで遊園地に外遊する計画が急遽立案された。


 俺は微妙に高所恐怖症だから、実は遊園地はあまり好きじゃないんだが、そんな野暮な発言なんて今更できないよな。


 妹原の誤解を解くのはむずかしいかもしれないが、遊園地で男らしいところを見せてやるぜ。

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