秘めたる言葉

透矢が妹原にアタック - 第23話

 休み明けの月曜日。今週がんばればゴールデンウィークは目の前だ。


 授業は金曜まで六時間ぎっしりと詰め込まれているが、この程度でめげてはいけない。


 山野と上月のおかげで妹原と仲良くなれたんだから、俺からも妹原にアプローチしていかなければならない。


 すでに報告済みだが、うちの学校の現国、数学、英語の三つの教科はABCのグレードに分かれており、俺と妹原はグレードが全てAで、妹原と被っている。


 グレード別の授業の場合は教室を移動するから、狙うならそのタイミングがちょうどいい。先週は女子軍団バリア等の障害物があったせいで突撃できなかったが、今日こそやってやるぞ。


 それにしても、意味はないと思っていながらも一応真面目に勉強していたのが、こんなところで役に立つとは思わなかった。世の中何があるかわかったものじゃない。


 二時間目の授業が終わり、次はいよいよ数学だ。数学の授業がこんなに待ち遠しいのは生まれて初めてかもしれない。


 机から教科書やノートをとりつつ、後ろの黒板を見る途中で妹原の様子をチラッと拝見する。妹原も教科書と筆記用具を用意して、教室を移動した。


 妹原が教室を出た頃合に俺も立ち上がって、移動開始――若干ストーカーっぽくなっていて相当気持ち悪いが、それは許してほしい。後からついていかないとタイミングがとりづらいのだ。


 グレード別の授業の場合は席を自由に選べるが、妹原が中央の列の前から二番目の席を選ぶのはすでに調べてある。だから俺は前のドアから何気なく入って、教壇と机の間をさりげなく通過しつつ、


「よお」

「あっ、八神くん」


 何が「よお」だ。めちゃくちゃ不自然だったじゃないか。


 しかし今日はミーハー軍団がいないみたいだ。天は俺に味方しているぜ。


「今日は、女子は来てないんだな」

「あ、うん。そうみたい」


 いや、ミーハー軍団の話題なんかあげてどうするんだよ。妹原だって苦笑いしているじゃないか。


「妹原は、大変だよな。いつも人に囲まれて。俺だったら、一回でも囲まれたらアウトだよ」

「うん。わたしも、ちやほやされるのはあまり得意じゃないから」


 ああ、やっぱり苦手なのか。そうじゃないかとうすうす思っていたけど。


 しかし、ここで納得したら会話が終了してしまう。


「でも、ちょっとは嬉しかったりしないのか? その、褒められてるんだから」

「そう、なのかな」


 妹原はうつ向いて、机の上で指を遊ばせて、


「そういうのを好きな人も、いるかもしれないけど……わたしはダメ。ちやほやされると、怖くなるから」

「怖い?」

「うん」


 妹原は頬を少し紅くして、言うべきなのか少し迷っているみたいだった。


「ちやほやされると、プレッシャーを感じるの。あなたはすごい。だから絶対に失敗しないで。このくらいできるのはもう当たり前だからって。わたしは、全然上手じゃないのに」


 あ……。ええと、それは……。


 なんと返答したらいいのかわからないので黙っていると、ちょうどチャイムが鳴ってくれた。


「やべっ。じゃあまた」

「あ、うん」


 さっきのはものすごく重要な話だったような気がするが、どうだったのだろうか。



  * * *



「それは超重要な話だな」


 その後の昼休みに一部始終を報告すると、山野がこれでもかというターミネーター顔で醤油ラーメンをすすった。


「俺の知らない間にそんな内面的な部分に切り込んでいたとはな。なかなか油断ならない男だな、お前」

「いや、切り込んだというか、話の流れでそうなっただけなんだが」

「ええっ、ヤガミンすごいねぇ」


 食堂の昼飯では弓坂も同席しているが、弓坂のゆるい声を聞いていると力が抜けてくるな。


 山野も同じことを思ったのか、左手でメガネの縁を触って言った。


「弓坂。今は大事な話をしてるところだから」

「あ、そっか。ごめんねぇ」


 弓坂の遅口はシリアスな会話には向かないようだ。


「妹原が自分の思っていることを口にしたということは、八神を信用しはじめているということだ。自分の内面なんて、そう簡単に話したくならないからな」


 そうだな。実感は沸かないが、冷静に考えたらやはりそうなるよな。


「こんな短期間で成果が出るとは思っていなかったが、これはチャンスだ。崩れ始めた堅城を一気に切り崩すのは今しかない」

「なにっ、じゃあついに告白するのか?」


 少し興奮しながら聞いてみると、山野が箸を落としそうになった。


「いや、告白はしないが。……というかなんでそうなる?」

「お前が一気に切り崩すと言ったからだが。違うのか?」

「一回遊びに行っただけで告白するのは早すぎだろ」


 そんなことを言われてもな。俺は恋愛マスターのお前と違ってその辺のレベルが低いのだ。多少の失言は大目に見てくれ。


 山野は口直しでラーメンのスープを蓮華ですする。


「一気に切り崩すというのは、妹原と内面的な会話をして、親密度をさらに高めていくという意味だ。お互いの考えがわかったり、また好みや感情を共有することでより仲が深まるからな」


 そうなのか? 山野の姉貴。


「よくはわからないが、要は妹原の悩みを聞いてやればいいんだな?」

「まあ、そうだな。厳密には正しくないが、間違ってはいない」


 それでは正しいのか正しくないのかよくわからないぞ。


「でもまあ、山野の姉貴の提供情報は実績が出たから、信じる価値はありそうだな」

「そうだな。だが八神、これは姉貴の提供情報ではないぞ」


 そうなのか? そこは別にどっちでもいいんだが。


「じゃああれか? 恋愛マニュアルから得たマル秘情報か?」

「いや俺の恋愛心理学から得た考察結果だ」

「考察なんてしてんのかよ!?」


 お前いつも家で何してるんだよ。というか美容室のアルバイトはどうなったんだ? あれから何も聞かないぞ。


「俺のことはさておき、今日の帰りにまたアタックを仕掛けるから、気を引き締めておけよ、八神」

「おう」


 言われなくてもそのつもりだ。今日こそバシッと決めてやるぜ。

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