透矢は雫のことが好き? - 第22話

 その後は学校の他愛もない話などで適当に盛り上がり、結局カフェで一時間以上もゆっくりしてしまった。


 山野と上月もとりあえず矛を収めてくれたみたいで、途中から会話に参加していた。一時はどうなるかと思ったが。


 そして夕飯前の頃合いを見計らって、今日はお開きとなった。


「じゃあな。八神。上月」

「ばいばい」


 駅の構内で山野たちと別れて、俺は上月とふたりで帰宅する。なにせ帰る方向はマンションのエレベーターまで同じだからな。


 がらがらの下り電車で微妙に離れた椅子に座って、十分ほど。電車の中は同中おなちゅうやクラスメイトに見つかる可能性が高いので、会話をしてはいけない。


 こんな光景も、山野や妹原が見たらきっと不思議に思うんだろうな。しかし俺と上月は中学の頃からこうやってすごしてきたんだから、不思議がられるのはむしろ迷惑だ。


 同中の友達も、俺と上月がいっしょにいると、「トーヤは上月と付き合ってんのか!?」とからかう気満々ではやし立ててくるが、みんな過剰に反応しすぎなんだよな。


 彼女じゃない女子とふたりでいるときだって、たまにはあるだろ。十五年も生きていれば。そう説明して納得してもらったことは一度もないが。


 そんなことを考えている合間に最寄り駅に到着。人目は気になるが、家に着くまでに夕食のことを聞いておかないと後々面倒なことになる。


「夕飯はどうするんだ? お前は家に帰るのか?」


 上月もどうやら同じことを考えていたのか、めずらしく嫌な顔をしないで、


「友達と食べてくるってお母さんに言っちゃったから、あんたんちで食べる」

「そうか。でも今日はつくるのは嫌だろ。途中のコンビニで弁当でも買っていくか?」

「そうね」


 珍しく意見が合ったので、駅前のコンビニで弁当とジュース、あとはデザートのケーキとプリンを適当に買って帰宅。リビングの壁掛け時計を見たら、七時ちょうどだった。


 特に見たいテレビはないので、ダイニングのテーブルに弁当を置いて椅子を引く。だが上月はリビングで食べるのか、そそくさと向こうに行ってしまった。


 それは別にかまわないが、家に着いてからも上月は静かだった。いつもだったら人目につかない場所に着いた瞬間に、「あんたホントに最悪ね」と滝のように文句をつけてくるのだが。


 山野と口げんかになったから落ち込んでいるのだろうか。その程度で落ち込むやつではないのだが。


「今日はその、ありがとな」


 会話がないのは気まずいので、とりあえず言ってみたが、


「別に。あたしも雫や未玖みくといっしょに遊びたかったから、いいけど」


 一言でそっけなく返されてしまった。


 幕の内弁当を三分で平らげて、プリンとジュースを持って俺もリビングへ。テレビに映っているのは、顔のよく知らない二世芸能人たちのトーク番組のようだが、観るものがなかったから適当につけているだけだろう。上月も真剣に観ている様子ではない。


 そんなことを思いながらプリンの紙の蓋に手をかけると、


「あんたも、よかったじゃない。雫と仲良くなれて」


 上月がテレビに目を向けながら言ってきた。


「ああ。お前や山野のお陰で妹原と話せるようになったから、その、サンキューな。マジで」

「そう」


 上月はやっぱり元気がないみたいだ。ボウリングのときはめちゃくちゃ上機嫌だったのに。


「山野と口げんかしたのを気にしてるのか?」


 こいつに遠慮しても仕方ないので聞いてみると、上月は割り箸を持つ手を止めて、


「別に、気にしてなんかいないわよ。それに口げんかじゃないし」


 いやあれは充分に口げんかだっただろ。俺の目にはそう映ったぞ。


「山野は、たまにズバッと切り込んでくるけど、あいつだって――」

「だから、それは気にしてないって言ってるでしょ」


 一応のフォローも聞く耳持たずか。充分すぎるくらいに気にしていると思うが、これ以上しつこく突っ込むと本当に切れられるから、この辺りで止めておこう。


 映っているテレビ番組がとてつもなくつまらないので、チャンネルを適当に変えてみるが、裏番組は如何わしいランキングバラエティとクイズ番組しかやってない。


 他のテレビ局で野球のナイターを中継していたから、ここで止めておこう。野球なんてゲッツーの意味すら知らないが、上月の機嫌をとるために仕方なく観ることにしよう。


 画面の中央やや左側に白黒のユニフォームを着た投手が立っていて、相手のバッターは青いユニフォームを着ている。


 画面右下に二対一と書いてあるから、巨人が勝っているんだな――と、別段興味のない試合の状況を情報収集していると、


「ねえ」


 上月が不意に声をかけてきた。


「なんだよ」

「透矢は、雫のことが好きなの?」


 あまりに唐突だったので、口に入れたプリンを吹き出しそうになってしまった。


「いきなりなんだよ! その不意打ち止めろよマジでっ」

「聞いてるんでしょ。こたえなさいよ」


 こたえろって、あのなあ。


「ああ、そうだよ。最初にはっきり言ったじゃねえか。その、妹原のことが好きだから、協力してくれって」

「そうだけど……」


 そうだけど、なんだよ?


 こいつにしてはめずらしく歯切れが悪いな。何をそんなに想いつめてるんだよ。


「言っとくけどな。俺は、妹原が有名人だから好きになったんじゃないぞ。あいつは、その、優しいし、いいやつだし、それと有名なのに偉そうにしないで、俺みたいのと普通に接してくれるから、好きになったんだからな」


 あとは顔がタイプだからなんだけどな。


「だから、妹原が好きっていうだけでミーハーとか言うなよな。俺は別に、あいつが有名だからとか、テレビに出たことあるからとか、そんなことはどっちだっていいんだよ」


 まだ信じられていないみたいだから、ぶつけてやったぞ。俺の純粋な気持ちを。だから金輪際ミーハーとか口にするなよ。


 しかし上月は伏し目がちに俺を一瞥すると、すぐに視線を逸らして、


「嘘ばっか。雫がおとなしいからでしょ」


 一言でグサリと確信を突きやがった。


「あ、ああ! そうだよ。文句あっか」


 俺の好みにまで文句を言わせてたまるか!


「お前だって、あの日本代表の、なんとか川っていうサッカー選手みたいのが好きなんだろ? それといっしょだよ!」


 いっしょかどうかはよくわからないが、勢いにまかせて言ってしまった。


 しゃべっているうちにだんだん喧嘩腰になってきたから、上月がそろそろ怒り出すのかと思って臨戦態勢に入ったが、


「うん」


 こいつ。……やっぱり元気ないんじゃないか?


 上月は弁当のご飯が半分以上も残っているのに、おもむろに箸を置いて、「はあ」と嘆息する。そしてテレビのナイターには一切目も暮れずに立ち上がって、リビングから出ていってしまった。


「お、おい!」


 トイレかと思ったけど、様子が明らかにおかしいので声をかけてしまった。


「帰る」

「なんだよいきなり。弁当まだ食べかけだぞ」


 やばそうだったので引き止めてみたけど、そんなことで思い留まる上月じゃない。


「弁当はあげる」

「あげるって。……食べかけなんて食えるかよ」


 わざとらしく突っ込んでみても、上月はふり向きもしない。本当にどうしたんだよ。


「チョコケーキだって残ってるんだぞ。それな――」

「いらない」


 いらないって。……チョコケーキはお前の大好物だろ。


 しかし上月は俺を無視して、玄関でブーツを穿いている。物言わぬ背中が、「本気で追ってこないで」と言っているみたいだった。


 そしてそのままドアを押し開けて、上月は帰ってしまった。


 一体なんなんだよ、あいつは……。


 俺は、変なことは言ってないよな。あいつが聞いてきたから、こたえただけだぞ。


 それなのに、なあ。


 食べかけの弁当は捨てるしかない。けど、ケーキはどうすればいいんだよ。

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