透矢のキューピッドは上月? - 第10話

 メニューを決めるときはへこんでいた弓坂だったが、ハンバーグが運ばれてくると、「わあ、おいしそう」と顔に笑顔が戻った。本当に変わったやつだな。


 俺のドリアと山野のミックスグリルもすぐに運ばれてきたが、俺もやっぱりハンバーグにすればよかったかな。ふたりのメニューと比べて俺のドリアだけ明らかに貧弱だ。


 ファミレスのドリアなんて量が少ないから、開始五秒で平らげてしまったぜ。それはさておき、


「問題はどうやって妹原に近づくかだよな」


 俺が話を切り出してみると、山野がナイフを持つ手を止めた。


「そういえば、二時間目の後の休み時間で、妹原と上月がしゃべっているのを見たが」

「あ! それ、あたしも見たぁ」


 弓坂も見てたのか。


 上月としゃべっているのは俺も見たな。話の内容までは聞き取れなかったけど。


「上月さんと妹原さんはぁ、お友達なのかなあ?」

「いや、単に席が近いだけだと思うけど」

「でもぉ、席が近いから、お友達になることもあるんじゃないかなぁ? ほら、あたしたちみたいに」


 弓坂は言いながら俺と山野に笑顔を向ける。


 弓坂のゆったりとした言葉を聞いていると、だんだん眠くなってくるが、たしかに一理あると思う。


 ということは、妹原の友達たりうるのは、上月……?


 あいつに頼むのか? よりによって、俺の一番の天敵である上月にか?


 そもそも、あの性格の悪い上月が俺の頼みごとを素直に聞いてくれるとは思えないのだが。


 どうせ頼んだって、「なんであたしがあんたの頼みを聞かないといけないのよ!?」と思いっきり罵倒されそうだしな。


 間違いない。一言一句間違わずに言い捨てられるぞ、きっと。


「ヤガミン、どうしたのぉ?」


 半笑いになっている俺を、弓坂が不思議そうに見ているが、許してくれ。あいつに相談しているシーンを想像すると、もう笑いしか起きてこない。


 そんなことを考えている間に山野は黙々とミックスグリルを消化していたが、最後に残ったコーンを食べ切ると静かにフォークを置いて、


「とりあえず、上月に頼んでみたらどうだ?」


 さも他人事のように言った。


「上月か。まあ話の流れに乗るとそうなるが、でも、上月か……」

「何か問題があるのか?」


 問題大ありだろ。お前は休み時間のあのシャーペンレーザーを見ていなかったのか?


 あいつは、幼なじみを容赦なく射殺そうとする冷血女だぞ。そいつが素直に応じるとは、俺には到底思えない。


「まずはぁ、相談してみたら、いいんじゃないかな?」


 弓坂も手を止めてにこにこしているが、ハンバーグはまだ半分以上残っているぞ。食べはじめてからもう十五分くらい経過しているが。


 上月だったら、ハンバーグ一個なんてきっと十秒で平らげるだろうな。あいつはアホだから。


 飯を食べ終えた山野がコップの水をぐいっと飲み干して、


「弓坂の言う通り、まずは話を持ちかけてみればいいんじゃないか? 上月がどんなやつなのか、俺はよく知らないが、普通のやつだったら話くらいは聞いてくれるんじゃないのか?」


 普通のやつだったらな。


 でもしかし、今のところ当てになるのはあいつだけだから、玉砕覚悟で頼み込むしかないのか。


 またタクシー乗り場の前で土下座させられたりしてな。



  * * *



 駅でふたりと別れてからまっすぐに帰宅した。


 帰宅の途中、上月からメール来てろと心の中で思ってみたけど、そんな都合よくメールが受信されていることもなく、俺はだれからも連絡を受けずにひとり寂しく帰宅した。


 静かなリビングに腰を落ち着かせて、さて。どんな文面でメールを送るべきか。


 相手はあの上月だから、中途半端なメールを送りつけたら、どんな返答をされるのかわかったものじゃない。


 俺が一生ものの傷を負わないためにも、メールは簡素に、それでいて瞬時に理解できる文面でなければならない。


『俺、妹原のことが好きになっちまった。だからオラに元気を分けてくれ』


 こんなメールを送ったら瞬殺されるぞ。


『俺、妹原のことが好きになったんだってばよ。だからお前の力が必要なんだってばよ!』


 これも瞬殺コースだな。そもそも少年誌にありそうなで感じで攻めたらまずいだろ。


 上月は意外と少女マンガが好きだから、少女マンガに出てくる爽やか男子っぽい感じで頼むのはどうだろうか?


『俺、妹原のことが好きになっちまったんだ! だからお前に協力してほしいんだよ!』


 これは爽やかなのか? ただの厚かましい中二にしか見えないが。


 だめだ。二時間以上粘って、気づいたら夕方になっていたが、叩き台の文面すらできないぞ。


 そもそも俺から上月にメールを送るのなんて、今までの人生の中で二、三回しかないから、いきなり送りつけたら相当気持ち悪がられるんじゃないだろうか。


 あいつはきっと、不遜な態度で俺を見下して、


『あんたみたいなきもいオタクが、妹原さんと付き合えると本気で思ってるわけ? フン、中規模の湖の分際で、身の程知らずも甚だしいのよ。あんたなんかね、そこのパソコンでエッチな動画でも見てればいいのよ。それから――』


 相談するの、やっぱやめようかな。


 否! この程度の障害でめげてどうする!? 諦めたらそこで試合終了なんだぞ。


 上月に後ろ指をさされるのがなんだ。この程度で諦めたらな、警察なんていらないんだよ!


 というわけでメール編集を再開だ。


 上月は少女マンガが好きだ。だから乙女に恋する美男子っぽい感じで攻めれば、少しは同調してくれるはずだ。


 それに、どうせ多大なダメージを受けるのはわかっているんだから、小細工をいくらろうしても時間の無駄だ。大事なのは、俺がどれだけ覚悟できるかどうかなんだ。


 そうだ。その線でいこう。


 そう決心して、熱意を微妙に込めた文章を編集。誤字脱字がないことを三回確認して、宛先のボタンを押す。表示されたアドレスから上月こうづき麻友まゆとフルネームで入力されたアドレスを選択して、よし。行くぞ。


 その前に、一度深呼吸。気持ちを落ち着かせて……今だ! 行っけえぇ! ――と無意味に意気込んだちょうどそのときに、玄関からガチャリと音がした。


「ねえ透矢とうや。あたしの帽子知らない?」


 あの声は、もしや。


「あれ、透矢? いないの?」


 リビングの向こうの廊下から聞こえてくるのは、上月の声だ。間違いない。なんてタイムリーなやつなんだ、あいつは。

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