弓坂は注文恐怖症? - 第9話

 上月に危うく射殺されかけたが、三時間目のホームルームは通常通りに終わったので、家まで無事に生還できそうだ。


 今日は上月とスーパーに行く用事もないから、またどこかで昼飯でも食べに行こうか。


 妹原とふたりでご飯を食べに行けたら最高だが、そんな勇気はないから妄想するだけ無駄だな。


 それ以前に妹原はもう教室にいないな。音楽のレッスンがあるから、早く帰らないといけないのだろうか。


 というわけで、


「山野、今日もどっかで昼飯食いに行くか?」


 誘うのは後ろで帰り支度をしている伊達メガネで決まりだな。今後の方針について相談したいこともあるし。いや相談させてください山野様。


「俺は別にかまわないが」


 山野は相変わらずの無表情面で即答。昨日は美容室でバイトすると言っていたが、お前も結局は暇人なんだな。


 山野は後ろの弓坂にふり返って、


「弓坂もいっしょに行くか?」

「うん。行くぅ」


 よし、今日も弓坂といっしょに飯を食いに行けるぜ。


 弓坂も相変わらずの屈託のない能天気な顔で微笑んで、


「今日も、妹原さんのことで、相談でもするのぉ?」


 嬉しそうに話しかけてくれるのは嬉しいが、妹原の名前を教室で出すのはやめてくれ。俺の気持ちがばれるだろ。


「相談も何も、あとは妹原の友達を探すだけだと思うが」


 一方の山野は、席を立ちながら呆れたような口調で言うが、俺はお前みたいなイケメンじゃないから、そんなにさくさくと攻略できないのだ。


 大体、弓坂ともまだスムーズに会話できていないのに、妹原の友達――百パーセント女子だろう――と簡単に友達になれるとは思えないのだが。


 でもここで文句を言っても何もはじまらないので、俺は山野と弓坂を連れて教室を後にした。



  * * *



 昨日はハンバーガーだったから今日はファミレスだなと山野が言ったので、今日は駅前のファミレスで昼食を採ることにした。


 昨日も上月とファミレスには行ったが、その記憶は前頭葉から抹消しておこう――と思っているちょうどそのときに山野が、


「今日は用事の方は平気なのか?」


 まるで不意打ちするかのように聞いてきたので、一瞬ドキッとしてしまった。


「あ、ああ。平気だ。多分」

「多分?」


 山野のメガネのレンズがすかさず光を放ったので、口笛で適当に誤魔化すしかないな。


 今日は上月からメールが来ていないから平気なはずだ。


 いつもは前日の夜かその日の朝に、買い物行くわよメールがあいつの携帯電話から飛んでくるので、朝には行くかどうかがわかるのだ。


 ごく稀に帰り際にメールが飛んでくることもあるが、そのときはもう腹をくくるしかない。


 駅前のファミレスは、うちの高校や他校の生徒で席がすでに埋まっていた。


「わあ、すごい混んでるね」

「昼飯時だからな」


 店の入り口で待たされても、弓坂が心のオアシスになってくれるから全然平気だ。


 十分くらい待たされてから店内へ。通路側の席だがそこは我慢するしかない。


 腹が減っているからハンバーグでもがっつりと食べたいが、昨日上月にサーロインステーキを食われたばかりだから、今日は安いドリアで我慢しないとダメかもしれない。


 そんなことを考えながらメニューをパラパラと開いていると、


「わあ、おいしそうなご飯がいっぱいだねぇ」


 テーブルの向かいから弓坂の幸せそうな声が聞こえてきた。


「弓坂は何にするんだ?」


 弓坂のとなりに座っている山野が聞くと、


「う、うん。どれにしようかな」


 弓坂は少し焦っているような感じでメニューをぱらぱらとめくりだした。


「ファミレスにも来たことないのか?」

「うん。……あんまり」


 弓坂って不思議な女子だよな。昨日はファストフード店に初めて来たって言っていたし。


 十五年も生きていれば、ファミレスなんて最低でも五回は行くと思うが。


 中学三年の夏休みには、十人くらいの友達と群がってファミレスによく行ったな。昼飯時に。しかも頼むのはドリンクバーだけで、四、五時間延々と。


 店員はすごい迷惑そうにしてたけど、あのどうしようもなく無意味な時間がたまらないんだよな。


「ヤマノンは、もうメニュー決まってるの?」

「俺は決まってる。ミックスグリルとライス」

「ヤガミンはぁ?」

「俺か? 俺はミラノ風ドリアにしようかな」


 値段が安いからな。ドリンクバーもついでに頼みたいが、今日は水で我慢だ。


 俺と山野のメニューがまたもや即決だったからなのか、弓坂が「ご、ごめん。ちょっと待ってて」とさらに焦りだした。


「そんなに焦って決めなくてもいいんだぞ。弓坂が決まるまで、俺と八神は待ってるから」


 山野がいい感じでフォローしたが、弓坂は「うん……」としゅんとしてしまった。


 メニューが決まらないのが、そんなにへこむことなのだろうか。上月なんて、決まらないときは俺に何十分待たせても決めないけどな。


 その辺はきっと不真面目な上月と違って、弓坂は真面目なんだろうな。俺と山野のことなんて、別に気にしなくていいのに。


「決まらないんだったら、目玉焼きハンバーグにすればいいんじゃないか? ここの定番だし、値段も安いからな」


 山野が見かねてメニューを指さすと、弓坂は顔を少し紅くして、こくりとうなずいた。


「わかった。……それにする」

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