変態エロメガネと弓坂未玖 - 第3話

 入学してからまだ三日目なので授業はなく、午前中の時間はホームルームしか行われていない。


 ホームルームでは、クラスの委員を決めたり、授業の説明があったり、または部活動の説明などが行われている。


 窓からの日差しが暖かいから欠伸が出てしまうが、油断している隙に生活委員なんかに任命されたらたまったものじゃないので、目をこすって睡魔と闘うしかない。


 因みに部活の入部は強制ではないので、入りたい生徒だけが入ればいいらしい。


 クラスメイトは知らない者同士なので、ホームルームはものすごく静かかつ円滑に進められている。担任の松山(おネエ疑惑が濃厚な、おそらく独身・年齢不詳)の「はい、みなさぁん」という猫なで声がものすごく気持ち悪いのだが、どうにかならないのだろうか。


「山野は部活に入るのか?」


 二時間目が終わったので声をかけると、山野は「いや」とかぶりをふった。


「俺はバイトするから部活には入らない」

「バイトか。でも勝手にバイトしても平気なのか?」

「一時間目の話、聞いてなかったのか? 学校の許可をとればバイトしてもいいんだよ」


 そういえば、そんなことを言っていたような気がするな。


「なんのバイトをするんだ? コンビニか。それともファミレスか?」

「美容室」

「へえ。美容室かあ……」


 あまりに予想外の回答だったから、思わず絶句してしまった。


「美容室ってバイトできるのか?」


 すると山野が顎に手をあてて言った。


「普通のところはどうかな。俺は知り合いに美容師をやっている人がいるから、その人の店で働かせてもらうんだよ」


 いや、学生がバイトできるのかを聞きたかったわけじゃないが。


 このメガネ、入学する前からリア充確定のバイト先をすでに選んでいたのか。よく見ると髪もアッシュだか何かの色に少し染まっているし。


 くっ、うらやましいぜ。


 すると俺らの会話を聞いていたのか、山野の後ろの席から、


「ヤマノンは美容室でバイトするのぉ?」


 クラスの女子が身を乗り出してきた。


 胸まである長いウェーブヘアを肩から降ろしている彼女。髪の色がゲームのキャラクターみたいに明るいが、染めているのだろうか。


 肌は雪のように白くて、くりくりと大きな目に睫毛もすごく長くて……やばい。かなり可愛いぞこの子。妹原に負けていないんじゃないか?


 目鼻立ちがはっきりしていて、外人みたいな顔をしているが、名前はなんといったか。


 山野がメガネの位置を直しながら後ろを向いた。


弓坂ゆみさかには昨日話したはずだが」

「あ、そうだったっけ。忘れちゃったぁ」


 弓坂という苗字だったか。しかし、彼女のゆるい口調を聞いていると、だんだんと眠くなってくる。


 それにしても女子と普通に会話しているなんて、山野はすごいな。


 弓坂は俺の視線に気づくと表裏のない顔で微笑んだ。


「八神くんは、ヤガミンって呼ばれてたの?」

「ヤ、ヤガミン!?」


 なぜ最後に『ン』がついた?


「だからあたしも、今日からヤガミンのことを、ヤガミンって呼ぶね」


 俺がこれまでつけられたあだ名といえば、名前のトーヤと、上月が悪意を込めてつけた洞爺湖くらいしかないが、ヤガミンなんてあだ名をつけられたのは生まれてはじめてだ。


「知らぬ間に森の動物みたいなあだ名をつけられてしまったが」

「動物の森、流行ってたからな」


 山野がすかさず突っ込みを入れると、弓坂は「わあ、すごいねえ」と嬉しそうに両手を合わせた。


 どうやらかなり天然系のお嬢様のようだ。



  * * *



 帰りのホームルームが終わったので、昼飯でも食べに行こうと山野に提案したら、「じゃあ、あたしもぉ」と弓坂ゆみさか未玖みくがついてきてくれた。


 というわけで山野と弓坂の三人で駅前の某有名ファストフード店に行くことにした。


 学校帰りに外食できるだけでもかなり嬉しいのに、今日はクラスの女子といっしょだ。嬉しすぎてもう爆死しそうだが、小学生みたいにはしゃいでいると俺がもてないのがバレてしまうので、山野の仏頂面を劣化コピーだ。


「おまたせぇ」


 先に席についていた俺と山野に遅れて、弓坂が遅足で歩いてくる。トレイの上に乗っかっているのは、ハンバーガー一個。


 えっ、一個?


 俺と山野が注文したのはポテトとドリンクがついた、いつものセットメニューだ。


「弓坂は小食なんだな」


 山野がすかさずつぶやくと、弓坂は「ううん」と首を横にふって、


「こういうお店に来るの、はじめてだったから、わからなかったの」


 微笑ながら眉を少しひそめている。こういう表情も、なかなか。


「来たことないのか?」

「うん。……わあ。ふたりとも、いっぱい注文してるね」

「いや、これはセットだから、頼むとまとめてついてくるんだよ」

「そうなんだぁ」

「ジュース買ってきてやるから、待ってる間に俺のポテトでもつまんでろ」


 言いながら山野は席を立って、自分のポテトの半分くらいを弓坂に分ける。弓坂も「ありがとう」と手を合わせて、すごく嬉しそうだ。


 クラスの女子とこんなに流暢に会話できるなんて、うらやましいぜ。ただの同じクラスの伊達メガネとしか思っていなかったが、俺の中でも山野の株が急上昇中だぜ。


 けど山野がいなくなると弓坂とふたりっきりになってしまうので、やばい。ものすごく緊張する。


 しかし、こんな外人みたいに可愛い女子とどんな会話をすればいいんだ。


 俺が得ている知識なんて、せいぜいゲームとマンガくらいしかないが、そんな話題を口にしたら引かれるんじゃないか。


 ダメだ、俺からしゃべるのなんて無理だ――という焦りを極力出さないように、何気ない動作でポテトをつまんでいると、


「ヤガミンはぁ、こういうお店にはよく来るの?」


 弓坂から話しかけられてしまった。


「あ、ああ。まあな」

「そうなんだぁ。ふたりとも、メニュー全然見ないで、すぐに注文しちゃうんだもん。すごいねぇ」


 いやすごいのか? これ。


「ヤガミンは、何を頼んだのぉ?」

「お、俺のは、フィッシュバーガーだ」

「ああ。お魚のバーガーだぁ。おいしそう」


 おっ、普通に会話できているか。よし、なら俺も挑戦だ。


「ゆ、弓坂、は、こういう店にはあんまり来ないのか?」


 まずい。山野と同じ質問をしてしまった。


 けど弓坂は嫌な顔しないで「うん」とうなずいてくれる。


「外食するときは、車で行くお店ばかりだから、駅前のお店にはあんまり来たことがないの」


 ファストフード店も車で行ける店舗は無数にあるのだが……とは言わない方がいいか。


「あたし、高校生になったら、クラスのお友達といっしょにご飯食べに行こう、って思ってたの。だからぁ、ヤマノンとヤガミンといっしょにご飯が食べられて、すっごく嬉しいよ」


 なんか、変わったやつだな。マイペースというか、なんていうか。


 弓坂がハンバーガーの包み紙を全部とろうとしたので、包み紙の使い方を教えると、「わあ、すごいねぇ」とまた褒めてくれた。

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