高校入学編

入学三日目

入学三日目 - 第2話

 紹介が途切れ途切れだったから、あらためて自己紹介しよう。


 名前は八神透矢。今年度から早高に入学した高校一年だ。


 成績は学年の上位に入る方だが、運動神経はそんなによくない。運動会の個人競技で参加してたのは玉入れとか、そんなのばっかりだったからな。


 交友関係も、まあ普通じゃないかな。クラスメイトに恵まれているのか、いじめを受けたことは一度もないし、小学校のときからの友達も何人かいる。


 なので日本の高校生の標準レベルには達していると豪語しているが、そんなことは別にどうだっていい。


 朝のコンビニで出会ったあの子が、なんと俺のクラスにいたんだ!


 廊下から三列目の席の一番後ろ。出席番号二十番。妹原雫。


 あの子だ。間違いない。まさか同じクラスだったなんて。くうっ、入学早々からついてるぜ!


 窓際の席で頬杖をついて、妹原に気づかれないように慎重に観察してみる。……が、ああ。あらためて見ると、やっぱり可愛いなあ。


 あんなアイドルみたいに可愛い子が同じクラスにいるなんて、俺はなんて幸せなんだ。――ということを考えていると、


「何を見てるんだ?」


 後ろからいきなり声をかけられたので、俺はマンガのキャラみたいにびくついてしまった。


 後ろの席に鞄を置いたメガネ野郎は、山野やまの柊二しゅうじ。席が近かった関係でなんとなく会話するようになったクラスメイトだ。


 同中おなちゅうじゃないのでくわしい生態は不明だが、とりあえず判明していることは、こいつは優等生ぶってメガネをかけているが、レンズに度が入っていないということだ。


 おしゃれを目的とした伊達メガネをかけているのだ。


 山野が席につくなり俺を真っ直ぐに正視する。


「さっきからなんでもない風を装いながら後ろのドアを見ているが、だれかを待っているのか?」


 くっ、登校してきたばかりなのに、なんていう観察眼をしているんだ。


 だが残念だったな山野。なんでもない風を装っているのは正解だが、教室のドアを見ていたわけじゃない。


 左の肘がだんだん痛くなってきたので壁にもたれようか。


「なあ山野」

「なんだ?」

「俺は最近思うんだが、高校受験が終わって無事に高校に入れたのに、このまま何もしないで三年間をだらだらと過ごすというのはどうなんだ?」

やぶから棒だな。昨日、変なものでも食ったのか?」


 変なものなんて食ってねえよ。


「つまりだ。俺が言いたいのは、このまま彼女のひとりもできずに卒業するのはむなしいということだ。お前だって高校に入ったんだから、充実した高校生活を送りたいだろ?」

「俗に言うリア充というやつか」

「そうだ。そして高校でリア充になる一番の近道は、彼女をつくることだ。よって彼女をつくって高校デビューする。どうだ、いいアイデアだと思わないか?」


 思い切って提案してみたが、山野は「ああ」とも「マジで!?」とも言わない。アニメの無表情キャラのような無感動さで俺のアイデアを全力でスルーだ。


 山野はこういう性格なのだ。表情がないというか、マイペースというか。うちの高校に受かったとき、こいつはどんな顔で喜んでいたのだろうか。


 山野は後ろのドアを見やるとメガネのブリッジをくいっと押し上げた。


「それでさっきから妹原のことを見ているのか?」

「うっ――」

「妹原が可愛いのは俺も認めるが、もう少しわかりにくくしないとあいつにバレるぞ」

「なな、な、俺、がいつ、妹原を、見たって?」

「わかりやすいやつだな、お前」


 あっさりバレてしまった。山野は口が堅そうだからいいけど。


 山野は鞄を机のフックにかけると「ふう」と長嘆した。


「八神。クラスメイトとしてお前の夢をつぶすようなことを言うのは心苦しいが、妹原のことは諦めた方がいいと思うぞ」

「なんでだよ」

「なんでって、お前だって知ってるだろ? 妹原がどんなやつなのか」


 そう言って山野が前のドアを指したので目を向けてみる。そこには女子の人垣ができている。


 別のクラスの女子だろうか。七、八人がキャーキャーと騒ぎながら妹原のことを見ている。アイドルに群がるファンみたいだが。


 黄色い声援を受けて妹原は律儀に手をふっている。ひかえめな感じで、笑顔で嬉しそうに返している。


 すげえ。妹原って本当にアイドルだったのか?


「高校生にして天才フルート奏者のスーパー女子高生。なんでも両親がオーケストラ奏者で、幼い頃から英才教育を受けているから、フルートの腕前は天才的なのだとか。他にはピアノとかヴィオラ等もやっていて、その腕前はやはりプロを凌駕りょうがするという噂だぞ」


 マジか。


「小学生の頃から音楽関連のコンクールだかに何度も入賞して、さらにその噂が広まって、中三のときにテレビに生出演したことがある」


 テレビにも出たことあるのかよ。


「と、あいつの同中が言っていた」


 山野は決めポーズと言わんばかりに人さし指を突き立てる。


「それにくわえてあの容姿だから、中学の頃は告白する男子が後を絶たなかったらしいが、音楽のレッスンだか練習などを毎日こなさないといけないらしいから、そもそも遊ぶ時間すらないという噂だぞ」

「と、いうことは――」

「つまり、お前がコクっても振られる確率は百パーセントだということだ」


 くっ、そういうことか。山野の無感情な死刑宣告が肩に重く圧し掛かる。


 山野曰く、同様の理由で吹奏楽の入部も妹原は断っているらしい。妹原が、というより妹原の親が部活を禁止しているらしいが。


 俺がガクッと撃沈しても山野は表情を一切変えない。


「どうしても妹原じゃないとだめなのか?」

「いや、まだそこまでは思いつめていないが」

「あいつじゃだめなのか?」


 言いながら山野が後ろのドアを親指でさす。同じタイミングでクラスの女子が登校してきたので、妹原を見るついでにそいつを注視してみた。


 登校するなりそいつは妹原のとなりの席に鞄を置いて、乱暴な手つきで椅子を机から引っ張り出す。「あ、麻友ちゃん。おはよう」と妹原に挨拶してもらったのに、「おはよっ」と一言でそっけなく返しやがった。


 出席番号十三番。俺の幼なじみ――いや俺の宿敵、上月麻友。


 可憐な妹原と違って小生意気な上月は、肩にかかる程度のミディアムヘアを少し染めている。前髪は目にかかるぎりぎりの長さでカットして、襟足の髪は部分パーマか何かをかけて甘かわ愛されカールってか。


 目元はぱっちりで唇にも薄く口紅までつけて、校則に引っかからない程度にメイクしてやがる。一瞬目が合ってドキッとしちまったじゃないか。


「お前の同中から得た情報だが、上月はお前の幼なじみなんだろ。あいつも確実に可愛い部類に入るし――」


 藪から棒に何を言い出すんだこの伊達メガネは。


「それに幼なじみだから、妹原よりも付き合える確率はうんと高いだろ。彼女にするんだったら、上月は絶好だと俺は思うが」


 山野は至極冷静に分析しているつもりだろうが、お前は何もわかっていない。上月というキャラクターを。


 俺は憐れみを込めて山野の肩を叩いてやった。


「そうだ。そう思うだろ。幼なじみだから簡単に付き合えるんじゃないかって。だがな、それは幼なじみという存在を特別視している昨今のマンガやアニメ等がもたらした幻想――いや間違った固定観念というものだ」

「……言っている意味がよくわからないが」


 山野が首をかしげていると、となりの女子から「これ、上月さんから」と紙を差し出された。


 A4サイズのルーズリーフを四つ折りにしただけだが、折り方が雑で四隅が全然合っていない。こういうところにあいつの大雑把な性格が現れているな。


 あいつは朝から何を言ってきたんだ? 嫌な予感をしつつ紙面を開けてみると、


『変態エロメガネと何コソコソ話してんのよ。この変態エロ洞爺とうや湖!』


 あんのやろぉ……。しかも難しい漢字まできっちりと書きやがって。


 頭にきたので上月をにらんでやったが、あいつも偉そうに腕組みなんかして俺をにらみ返してきやがった。朝から本当に可愛くねえな。


 紙面をのぞいた山野も「おお……」と小さくどよめく。


「なんだか知らないがずいぶんご立腹だな。それと、この変態エロメガネというのは俺のことか?」

「だろうな。……だから言っただろ。幼なじみなんていうものに期待しちゃいけないんだよ。あの凶暴女に手を出したら、どこを噛み付かれるかわかったもんじゃないぞ」

「まあ、お前の言わんとしていることは大体わかった」


 教室のスピーカーから、どこの学校でも鳴っていそうなチャイムが聞こえてくる。どうやらこれからショートホームルームがはじまるようだ。

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