おたまじゃくしのプリンセス
鐘辺完
前編
俺は今、コイている。
ぶしつけなようだが、コイているものは仕方がない。出ものハレもの所嫌わずというではないか(ちょっと違うか?)。
「はあ……はあ……はあ……。……うっ!」
どぴゅ……!
その瞬間、俺はいった。……「イッた」と同時に「去った」のだ。そう、俺は心臓発作で「どぴゅ」と同時に死んでしまったのだ……。
それから十分ほどぼーぜんとしていた。いきなり死んでぼーぜん自失していたせいなのか、生きているときとは時間の経過の仕方が違うのか、どれだけの時間がたったのか感覚的には理解できない。『十分ほど』というのも時計を見て分かったことだ。
死んでいる。やっぱり俺は死んでいた。体が動かない。感覚もない。しかし、見える。見慣れた自分の部屋の壁が。見慣れた掛け時計とポスターとFM用の室内アンテナが。カキのオカズのエロ本とティッシュの箱が見える。
おかしい。
確か俺は、エレクトと同時に目の前真っ暗になって―。うんーと……。
ややこしいから考えるのは後にしよう。……後で考えようとかいってもたいがいそのまま忘れるが…。
よっこらしょ。
起きあがってみた。無駄だと思ったけど起きれた。体が軽い。まるで肉体がないような。
ないよな。そりゃそうだ。これが噂の幽体離脱というやつだな。ホントの肉体はまだ寝ている。まだどころかこれから永遠に自力で起きあがることはないだろう。
俺(の魂)は俺(の体)から完全に離れた。
空に浮けた。そりゃそうだ。ゆーれいには足がない。もっとも、俺は生前の姿を保ってるから足はある。服まで着ている。けど、歩こうとしても床を踏みしめることができない。踏みしめようとしても足が地面をすり抜けるのだ。だから、実質的に足として使うことはないから、ないといって差し支えないだろう。
ちょっくら散歩でも行こうか。壁や床なんか、すり抜けてどこへでも行けるみたいだし。行ーってーみたーいーなーいろんなーとーこー。のぞきほーだい見ほーだいっ!
──ど―も死んでしまった悲壮感ってのがないな……。
しかし、ここで誤解をしてはいけない。俺だって死んでしまったら悲しいよ。死んで平気なくらいすこぶる丈夫な陰茎…いや、神経は持ち合わせてはいない。
さて、出掛けようか。いや、その前に。
俺は、自分の死体をあらためて眺めた。おそらくこれが見納めになるだろう。あー情けない。
大マヌケな顔して、下半身裸のまま、ちんぽから白い液たらしてる自分の骸。死後硬直だかなんだか知らないが、ちんぽは元気に「仁王立ち!」したまんまだった。「丈夫な陰茎」だというのはあながち間違いではなかったようだ。この死に方こそまさしく「立ち往生」。と、すると、俺は武蔵坊弁慶と同じ死に方をしたわけだ。……ちょっと無理がある…か?まあ……、弁慶はチンポ丸出しで死んだとは思えんし。
俺は自分の情けない死体を見るのが忍びなくなり、閉まっている窓をすり抜けて外へ出……。
おっと、(霊体の)自分のズボンをあげるのを忘れていた。
ふわりと外へ出た。空に浮く。
外はいい天気だ。幽霊になったせいか皮膚感覚がないが、塀の上でネコは寝てるし、布団が干されているし、ぽかぽかとしたいい陽気のようだ。そうだ。今は春なんだ。
春。
春といえば……。
おっ、いたいた。俺のすぐ下の道に……。
大きめのコートをはおった怪しげなおっさん。
女子高校生なんかの前で「んばっ!」と、モノをさらすというのが春の風物詩だな。
たいがいそういうことをするおっさんに限って、粗末なちんぽしてたりするんだな。これが。
お、来た来た犠牲者。高校生風の女の子。
お、コートのおっさんが女の子の前に!
いっぺん見たかったんだこれ! 生きてて良かった! ……いや、死んだんだった。
コートを「んばっ!」
さらしたさらした……、あれ? 様子が違う。
「いかがです?」
おっさんは営業スマイルのような微笑をたたえてコートの中身を見せた。
女の子は嬉し恥しといった顔で、しばらくコートの内をじっ…くり眺めていた。
「これください」
女の子はおっさんの左脇下あたりから何かを取った。よく見るとそれは、バイブレーターだった。
「毎度。二千五百七十五円になります」
女の子はおっさんに金を払い、釣りを貰い、小走りに去っていった。
おっさんはバイブレーターのセールスマンだったのだ。ちゃんと消費税も取るところがすごいぞ。
そんなこんなで、しばらく浮遊していると、昼間からコイている男の姿を見かけた。
学生かなんかだろう。
俺は別にそんなものを求めてさまよっているわけじゃない。どーせなら女の子がコイてるところに遭遇したいもんだ。なのに! なのにだ。その男のコイてる姿だけが、その空間を閉ざす壁やなんかを通して透けて見えた。
俺はそこからとっとと離れた。当然だ。男がズボン下げて背中丸めて右肩震わしてる姿なんか誰が見たい?
しかし、何がどうなってこうなっているのか、俺はみょ―に、その男の「せんずりこき」の姿が気になった。
醜い。汚い。ヤローのおなにーなんぞ、ちっ………………とも面白くねえ。いや、きっぱりと、うっとうしい!はずなのに、何か気になる……。
しっかし、オナニーで射精した後の男というのは、概して虚しい感覚に襲われるというが、イヤイヤながら見ていてそれがホントだと分かった。けど俺はそーでもなかったがなー。
オナニーしているAV(アニメ・ビデオでもオーディオ・ビジュアルでもないぞ)女優を、エロビデオなんかで見てると結構興奮するが、男のズリコキなんぞ、とにもかくにも見たくも聞きたくもない。女は男のオナニー見てこーふんすることもあるかも知れないが、不細工な男のオナニー姿なんか想像したくもないだろう。俺だってブスな女のオナニーなんか脳の片鱗にも思い浮かべたくない。
とゆーわけで(何が『とゆーわけ』かは知らん)、俺は、単っ………………っなるウサばらしにさっきの学生にのりうつることに決めた。やったことはないが試しにやってみる!
俺は自分をそいつの体に染み込ませるつもりで、そいつの背中から入り込もうと試みた。
しゅいーん、と俺はそいつの体に入り込んだ。案外簡単にできるもんだ。みんな一ぺん死んだら試してみるといい。
〈こら、お前。コイてばっかりいるとスケベなことしか考えられんよーになるぞ〉
話しかけてみた。できる気がしたのだ。──しかし、反応はない。
〈○○○!(中部・北陸その他)〉
う…。やっぱり反応がない。常人なら多かれ少なかれこの黄金の三文字に反応せぬわけが……。
地方が違うのか?
〈○○○○!(関東)○○○!(近畿)○○!(九州)○○○!(北海道)○○○!(どっか忘れた)〉
どれも反応がない。
やっぱりぜんぜん聞こえないのか。そうか……。
じゃ、こいつの体を意のままに動かしたり──。
できない……。
し、しまった!
お、大きな誤算が一つあった。とり憑いたのはいいが、……なにもできないじゃないか。
とり憑いたらそいつの意識を乗っ取ってどーたらこーたら…となるとばっかり思っていたのに、なーんもできん。
こんなつまらんのなら、どっかのムスメの入浴シーンのぞいてる方がよっぽか充実したひとときが過ごせる。うん。抜け出よう。
う!しまった!
抜け出ることも叶わん。
俺がバカだった。操縦の仕方も分からずに、車を走らせてしまった俺がオロカだった。しかも飛び降りることもできない。……困った―。
こーなったらこいつにひっついたまんま、操縦の仕方が分かるか、うまく自然に離れるまで、気長にとり憑いてるしかないかぁ…。
──朝。俺が死んで、初めての朝だ。俺はまだ何もできないまま、とり憑いていた。
俺がとり憑いた男は、高校生だった。今、登校している。方向からしてY高校の生徒らしーな。俺の母校だ。
「おはよう。浩一くん」
路上で待ち伏せていたかのように女生徒が声かけてきた。紹介を忘れていたが、ちなみに俺がとりついている男は野村浩一という。
俺の名前? …だと? そんな殺生な質問はやめてくれ。正月に恒例のノドにモチつめて死んだじーさんばーさんの名前がニュースで公表されるか? ズリこいてる最中に心臓発作で死んだなんてもっと恥しいんだぞ! 大便の最中に肛門からうんこが顔出したまんま死ぬよりも恥しいんだぞ。そんな死に方したから、俺は生前の名前を捨てた。今捨てた。今の俺は名無しのユーレイさんだ。
話を戻す。とにかく、この「のむらこーいち」は、その女生徒のあいさつに返事した。
「あ。おはよう」
バッキャロー。お前、ズリこいてたときにそんな爽やかな顔してたかよ。え?
……まあ、ひがみは置いておこう。
こーいちが電信柱に貼ってあるものに気付いた。
『高藤家 告別式場』
そうだ……。今日は俺の通夜か……。
ん?
〈よけーな所に目をやるな! 俺の名字がバレたじゃないか!〉
聞こえないのが分かってても言いたくなる。
しかし、自分の通夜や葬式ってのは見てみたいもんがあるがな。しかし、今は虜の身、自分からはまったとはいえ、自由になれん。残念だ。自分の通夜に出れんとは……。
なにはともあれ、こーいちと女の子の二人は、客観的には仲の良い恋人のような様相で一緒に登校した。
──学校に着いた。ここでも「のむらこーいち」は爽やか路線を押し通したキャラとして通っているよーだ。一度そんな爽やかな顔のままズリこいてほしいものだ。
昼休み。こーいちと一緒に登校した女生徒、名を南條弘子というが、こーいちはこの娘と一緒に雑談をしている。
どんな話ししてるかなんか興味はないが、この二人の関係はどの程度のもんか、こーいちの心の内をのぞいてみよう。
(弘子ちゃん可愛いなぁ。クラスで一番だよなぁ。クラスの他の男どもの羨望の視線が痛い。やーい、うらやましいだろー)
なかなかできた性格だ。──いや、普通、裏で思ってることがこの程度なら健全だろう。
(いー体してるなー。早く弘子とアレしてコレしてできたらいーなー)
こーいちの頭の中に映像が映し出される。アレしてコレしてがくっきりとカラー鮮明映像で映る。なかなかたいした想像力の持ち主だ。しかし、残念ながら股間はモザイクがかかっている。
ビデオ観てコイとるな、こいつも……。
といった頭の中身とはうらはらに、会話の内容は、あのミュージシャンがどーとか、あの映画が面白かっただと健全である。
『男は普通、同時に二つ以上のことを考えている』って、ある本に書いてあったけど、その片方は絶対にスケベなことに違いない。健全な男なら、いーや、最低限、俺は、小学六年でオナニーの仕方覚えてから、頭の隅には必ずエロい考えがあった。いや、今でもある。―ひょっとしたら、成仏できんはそのせいか?
夜。こーいちはエロ本オカズにコイた。
ほんっ…とにこいつのコイてる時の顔とゆーのは間抜けである。
おっ出た出た。出るわ出るわ。……ン? これは! ざーめんがなんかの形になってく!
おおー! エロ本だ。エロ本がちんぽから出てる! すっげえ…!
「わっ! わっ! わっ! わっ!」
焦るこーいち。ちんぽから出たエロ本をつかんで、あわてふためく。
しばらくして、気分が落ち着くと、ちんぽから出たエロ本は、イカ臭い白濁液になった。
「うーん……」
こーいちは、さっきまでエロ本だったスペルマを掌につけたままそれをしばらく眺めていた。
「うん……。これは便利かも知れない!」
確かに……。
(しかし、どうしてこんなことに……)
思わず便利かも知れないと口走ったこーいちだったが、こんな特異体質が実質的に何の役に立つのか。まさか、『せーえきがエロ本になる男』とかいって、テレビに出演して全国ネットで射精を見せるわけにもいかない。友達にも自慢できんだろう、…こんな体質……。
あ!
こ、これはまさか、ひょっとして、俺が憑依した副作用か? ……そーかも知れない。生前そんなことを聞いた憶えはないが、ひょっとしたら、スイカとテンプラで腹こわすというのと同じ作用が起きたんじゃないのか。つまり、こーいちに俺が憑依するというのが、食い合わせが悪かったってことで、せーえきがエロ本になる。……強引な推論だ。だが、他にどういう考えかたがある?
こーいちはズボンをはいてから、なんでこんな器用な体質になったのか心当たりを考えていた。
(別に道で変な物拾って食べたわけでなし、誰かに変な病気うつされるようなこともしてないし……)
いくら考えても心あたりはない。―ってことは、やっぱり俺が原因か?
考えてもムダだと悟るとこーいちはあっけなくそのことで悩むのをやめた。バカの考え休むに似たり。分からんことを考えるよりも──。
「寝よ」
こーいちは布団に入った。
人がみる夢は、長いと感じてもたいてい数秒しかないと、生前、本で読んだことがある。俺は今、はっきりとした意識のままで、こーいちの夢をのぞいているが、時間の割に、ものすごい情報量だ。
そのうち、夢の中に姿のない何者かが現れた。そいつは、男の声とも女の声とも、子供の声とも若者の声とも老人の声とも聞こえ、また、どの声でもないような声で言った。
『高藤弘良よ……』
う…、俺の名前だ。
〈なんだ!その名前を呼ぶな! 俺はこの世で一番恥しい死に方してからその名前を捨てたんだ!〉
チッ。とーとーフルネームがバレちまった……。
『名前などどうでもよい。ただ、今から言うことがお前に対してだということが分かればいい』
俺の言葉が聞こえるらしい。
〈夢の分際でナマイキな…〉
『まあ聞け……』
こーいちの夢を通して聞こえるそのナマイキに思えた「声」。しかし、それを神の声だと言われても正直言って俺には否定できない響きがあった。
『私は神だ』
自分から言いやがった。
〈神……。で、カミさんが何の用で?〉
『お前に頼みがある』
〈頼み?……神は全知全能の超越者じゃないの?〉
『痛い所を突くな…。実は私は低級神なので大した能力はないのだ』
〈ほう……。まあ、取り合えず話は聞きましょ〉
──三分後。
『──ということだ』
〈よくわからんが……〉
三分間の説明は、核心のみを話さないものだった。まるで肝心な所にモザイクのかかったエロビデオのようだ。やっぱりエロビデオは無修正の方がいい。
『とにかく、お前は事態が好転するように努力せよということだ』
〈なんで〉
『世の為、人の為だ』
〈やだ〉
俺はきっぱりと言った。人の為に努力するのは大っ嫌いだ。
『代償として、その体から抜け出せるようにしてやるぞ』
〈そうか。じゃ、しょーがない。努力しましょう〉
俺はあっさり受けた。こーいちから抜けられれば、いかなるノゾキもできるようになる。残念ながら生身で楽しむことは何もできんが……。
『頼んだぞ。お前の尽力がなければうまくいかぬかも知れんのだからな……』
〈で、くわしくは何をどうやって努力しろと?……とり憑いたからって話しかけもできないのに……〉
…………。
〈おーい……〉
あの「声」はもうしなかった。
神の話で分かったことは、俺がこーいちにとり憑くのは、神にとっては予定された出来事(人間にすれば運命というやつか)だということ。それと、こーいちのスペルマがエロ本になったのは、俺の色情霊としての類いまれな才能によるそうだ。その能力があるからこそ俺はこーいちに憑衣させられたらしい。
で、俺に何しろって言うのかというと、よく分からんが、これから起こることに関わっていき、事態が好転するよーにして欲しいんだそうな。
どーだ。イライラするだろ。肝心な所のボヤけたエロビデオ…、いや、ハナシってのは。
しばらくして、こーいちが目覚めた。時刻は午前四時すぎ。
腰に何かが乗っているような感覚に目が覚めたのだ。
薄い暗がりの中、こーいちが寝ボケまなこで、ふと、腰の上のあたりを見ると、布団が、人が座って布団をかぶったように盛りあがっている……。
まさかこーいちもこれが自分のボッキしたちんぽだな、とか思うはずもなく(誰も思わんわな)仰天した。
声も出ない。
(幽霊……)
じとっと脂汗が流れる。
こーいちは、びびりながら、震える手で、そーっと布団をはがしてみた。
するとこーいちの腰の上には、若い娘が一人座っていた。それだけならばまだしも、その娘は裸だった。それだけならばまだしも、娘はこーいちのガールフレンド南條弘子に瓜二つだ。それだけならばまだしも、娘の体は半透明に透けていた。
「あ、あ、あ、ああ……」
再度びびるこーいち。
腰の上の女が頭をさげた。何か言っているが、声が聞こえない。口の動きから察するに、『はじめまして』……。
「……はあ。…………夜分どうもすいません」
マヌケなあいさつを返すこーいち。まだ寝ぼけているよーだ。
そーか、この娘が「声」の言っていた、股間のモザイクかも知れんな―。
だんだん頭のはっきりしてきたこーいちは、娘をよく見た。
娘は恥しげもなく、その裸体を隠すそうともしない。
絶妙のプロポーションの、夜霧を集めて作ったかのような半透明の裸体が、セクシーさ以前に、純粋に美しい。
こーいちはぽーっとして見ていた。が、ハッと現実に気付いた。
半透明で全裸の娘が、自分の腰の上に乗っているという現実に。
しかし、軽い。多分、半透明なだけあって、密度が薄いからだろう。
こーいちは、そーっと、シースルーボディの娘の顔に目を向けた。娘は後ろの壁が透けて見える顔で上品に微笑んだ。
顔を赤くして目をそらすこーいち。
しかしこの透けた娘が、どーして、何のために、こんな所に現れたのか。
こーいちにはそんなことを考える余裕はないようだ。
だが、俺には考える余裕がある。神に聞いた話から少しは推測できるからな。
答えは簡単だ。
この娘の正体は、こーいちのせーえきだ。
こーいちは、目覚める直前、南條弘子の夢を見ていた。で、スケベな夢みて夢精した。
夢精というのは、識者に言わせると気持ちいいらしい。ホントのセックスのとはまた違ったオーガズムが得られるそーで、そういう人は三十幾つになって夢精しても恥しいと思うよりむしろ、喜ぶそうだ。
で、だ。夢精して出たスペルマが、あのエロ本みながらコイていたときのように、『見ていた物の形』になったのだ。
エロ本になった精液は、こーいちが我に返ったところでせーえきに戻った。が、今回は戻らない。
なぜか。それは、こーいちの意識が、このスペルマ娘から離れないからだ。
南條弘子そっくりのスペルマ娘は、こーいちの欲目で、オリジナルよりも美しくなまめかしい娘になっていた。
南條弘子をベースとして、こーいちの理想のルックスを完璧に再現しているのであった。
自分の理想そのものの姿をした女が、目の前で全裸で座っている。そこから意識をそらすことなど、俗物であるこーいちにできるはずがない。
「あ、……あの」
こーいちは精液娘(この表現は下品だ!)に声をかけた。
半透明の娘はゆっくりと何かを言った。聞こえないが返事らしい。
「しゃべれないの?」
娘の口は『はい』と言っているように動いた。
上品でしとやかな感じのする物腰だ。
こーいちは顔を赤くした。
俺はこんな大和撫子タイプの女は趣味じゃないが、こーいちの好みにはぴったりであった。こーいちにとってはお姫様なんだろう。せーえきでできたお姫様。そーだ。この娘を『プリンセス・スペルマ』と呼んであげよう。
「あなたは一体……」
プリンセス・スペルマはこーいちの質問に答えて、『私は…』と言ったところまでは口の動きで分かったが、後は何を言ってるのか分からない。俺は独身で死んだから読唇術を知るはずもない。おっと、わけ分からんこと言ってしまった。
彼女が何を言っているのか、こーいちにも分かっていないのだがこーいちはうなずいていた。
プリンセス・スペルマはこーいちが理解していないのが分かったらしく、表情に翳りをみせた。
しかし、なぜ彼女は声が出ないのだろうか。
明るくなって来た。もうすぐ夜明けだ。
こーいちはハッとなって起きあがった。
こーいちはいつの間にか寝コケていたのだ。プリンセス・スペルマはというと、こーいちの枕元にちょこんと座っていた。
起きたこーいちにプリンセス・スペルマは愛らしい微笑みを投げかけた。
こーいちはテレた。が、そんな場合ではなかった。
こーいちは考えた。
(このままだと、親に見付かってしまう。親にどーしたんだと言われたら答えようがない。
しょーがないから、とりあえず押し入れに入ってもらおう。いや、待て。何時間も押し入れに入りっぱなしってのはつらいよな……。けど追い出すわけには……)
考えがまとまらない。
時間は無情に過ぎてゆく。
結局七時半だ。
「起きなさいよー!」
母親が台所から呼ぶ声が聞こえる。
こーいちはあせった。
「仕方ない。すまないけど、押し入れに入っていてよ」
プリンセス・スペルマは素直に、押し入れに入った。
「ぼくが帰ってくるまでおとなしくしていられる?」
うんうんとうなずく。
「それじゃ、またあとで……」
こーいちは押し入れの戸を閉める。
『バレたらどーしよう』という考えは、なぜか浮かばなかった。
登校中、また、申し合わせたように南條弘子と出会った。申し合わせてるんだが。
「おはよう」
爽やかにあいさつする女子高生。
「おはよう…」
こーいちもにっこりとしてあいさつを返す。そして弘子の顔を見た。その途端、にっこりした表情が、ふーせんの空気が抜けるように、もの足りない表情になった。
「どうしたの?」
ちょっと心配する弘子。
「いや、なんでもないんだ……」
微笑みをつくろうとするこーいち。ちょっとこわばった笑顔ができた。
──昼休み。
(押し入れでおとなしくしてるだろうか。あの子……。バレたら大変だよなぁ)
「……くん。…浩一くん!」
「は?」
ボーッとしていたこーいちは弘子がきっきから呼んでいたのにやっと気付いた。
「もう……。さっきから呼んでるのに聞いてないんだから」
「あ?ごめん。考えごとしてたんだ……」
「考えごと?なぁに?」
「い、いや。いいんだ」
といいつつ、またさっきの考え事を再開してしまうこーいちだった。その考え事はまるでサルのセンズリのようにいつまでも続いた。
こーいちは、今日の授業が終わるとそそくさと家に帰った。
「ただいま!」
玄関に飛び込んで、靴を脱ぐのももどかしく、あわただしく自分の部屋に駆け込んだ。
すらった! と押し入れの戸を開けると、待っていたかのように半透明の笑顔が迎えた。
何時間も真っ暗な押し入れの中で、真っ裸で待たされていた苦痛などなかったようだ。やはり、人外の者か……?
「大丈夫だった?」
こーいちはやさしく声をかけた。
プリンセス・スペルマは、〝うんうんうん〟としつこくうなずいた。
まるで親に隠して押し入れで仔犬飼ってるよーな光景だ。あとミルクを皿に入れて飲ませたらパーフェクトだな。
──夜。夜中だ。もうこーいちも寝ている。夢みてやがる。むわぁーたスケベな夢なんぞみて……。
ん? なんか……。おお? ……おお……、こ、これは、いい! ……うおーっ。
あ、ああ……、い、言い忘れたが……、俺は……うう……こ、こーいちの、かん、感覚…を一緒に、あ……あ、味わうこ、ことが……できるのだ……。
うっ! ……終わってしまった……。
あ、……えー、スッキリしたところで、只今の部分の解説をさせていただこう。
こーいちのチンポの感覚が気持ちいいのだ。まるでフェラチオでもされているかのよーに。
夢精がいいものだというのを初めて実感した……。
ふ、と、こーいちの意識が目覚めた。ゆっくり目を開けた。
ま…また。布団がふくらんでいる……。さっきの夢精でまさか……また……。
こーいちも驚いて布団をめくった。
そこには……。
プリンセス・スペルマが、こーいちのチンポをくわえていた。
や、やっぱり! 二人目のプリンセス・スペルマが生まれたんだ。
「……あれ?」
こいつまだ寝ボケてるな……。
プリンセス・スペルマは、すぽん! とチンポを口から抜いた。
「気持ち良かった?」
「うん。……あ!」
プリンセス・スペルマがしゃべった! こーいちは寝ボケが抜けきってないから、それに気付くのに一瞬遅れた。
二人目はしゃべれるのか。そーか……。
しかし、こーいちは、彼女が押し入れから出てきたと思って…、──ああーっ!
押し入れが開いてる! もちろん、中に精液姫はいない。
こりゃー、俺が間違ってた。彼女は一人しかいない。
こやつ、夜中に男のチンポくわえて精をむさぼるとは……。あなどれん。…ひょっとして妖怪変化か!?
こーいちは、事態の深刻さ(深刻でもないかもな)を考えもせず、なんか喜んでいた。
──で、朝だ。こーいちはプリンセス・スペルマをまた押し入れにしまって、学校へ。
プリンセス・スペルマがしゃべれるようになったのは、体を作る精液が増えたせいだろうか。
昨日、半日押し入れに押し込められてもプリンセス・スペルマはへーきだったので、今日はそんな憂いはなく、学校へ行けるな。
だが、こーいちは、ぼぉーっとしていた。頭の中には、プリンセス・スペルマの唇にくわえられたチンポの感触がリピートされていた。
しっかりせーよこーいち。ちゃんと女がいるのに人外の者に心を奪われるとは……。そーだ。どっかに美人のゆーれーでもおらんかな。俺は死んでるからゆーれーだろうがよーかいだろうが構わんもんね。あ、けど、こーいちから離れられなかったっけ。
こーいちはぼぉーっとしたまま、いつもの通学路を進む。まるで色情霊にとり憑かれ……。色情霊…? 俺のことか? ……いや、俺は無害な……。でもないか……。
──弘子との逢引き……、もとい、待ち合わせ場所。
「おはよう」
昨日のこともあってか、弘子の声に張りがない。ちょっとそっけなくされただけで、こんなに変わるとは……。それだけ惚れるだけの値打ちがこーいちにあるのか。フェラチオされてへらへら喜んでるやつに……。まあちんぽくわえられて「不潔だ!」などというやつよりは好感が持てるが…。
こーいちは相変わらず、にへらーっと笑っていた。こりゃ、ホントに変なもんがとり憑いたみたいだ。
──今日もこーいちは弘子に冷たかった。だが、別に嫌ってるわけじゃなかった。ただ…、頭によぎるのはプリンセス・スペルマの半透明の姿……。
そして、こーいちは授業が終わると一目散で家に帰った。もちろんプリンセス・スペルマの顔が見たいため。
押し入れを開けた。プリンセス・スペルマは、犬が、帰ってきた飼主にするようにじゃれついて言った。
「おかえりー」
知らず、にへらーとするこーいち。
そして、夜……。
俺は妙な義務感から、こーいちの夢の見物を今夜はやめにして、外部からの音を聞くことに意識を向けた。
ふすまの開く音が ──。
やっぱり、プリンセス・スペルマは押し入れから出てきた。こーいちのちんぽをくわえるために。まるで、夜毎、行灯の油をなめる化け猫のように…。
ちなみに、化け猫がなめる行灯の油というのは、昔は魚から出る油脂を使っていたから、ほんとに猫が好んでなめたそうだ。
俺だってたまにはうんちくを傾けることもある……。余談だがな……。
プリンセス・スペルマの出てきた気配でこーいちは目を覚ました。
窓からの外灯の光が、精液姫の姿を幻想的に浮かび上がらせる。
こーいちが布団でじっとしていると、彼女は、こーいちの布団をまくり、すでに朝立ちと期待とでビンビンのこーいちのちんぽをパジャマごしになめらかに撫でつける。
こりゃ気持ちいーわ……。おっと、気持ちよがってる場合じゃない。なんとかプリンセス・スペルマのしょーたいを探らにゃ。
プリンセス・スペルマは、こーいちのパジャマのズボンをブリーフごとおろした。
もー準備万端のこーいちのモノの上に彼女は腰を……。
おっと、こーゆーことなら御相伴させてもらおう。感覚をこーいちにシンクロさせる。
……以下は…、言葉にならんので、はぶかせてもらう……。
……すんだ。いやー、死んでから筆おろしとは……。こーいちの体にずっと居座ってるのも、楽しいかも知れない。
しかし、妙な義務感がある。『これではいかん』と俺の中の何かが言っている。
俺はそのために、何かをしなくてはいけない。だが、俺に何ができる?
プリンセス・スペルマは第2ラウンドをこーいちに挑んできた。
ん?気のせいか、プリンセス・スペルマの体の透明度が落ちている。いや、気のせいじゃない。体も若干だが、重くなっている。
そうか! 精液から生まれたから、精液で成長するのか。だとすれば、このまま、毎日まぐわっていたら、いずれプリンセス・スペルマは完全に実体化することになる。昨日は気付かなかったが、今思うと昨日のフェラチオのあとの姫も多少、透明度が落ちてたようにも思える。
ひょっとしたらあの『神』は、プリンセス・スペルマを実体化させることが目的なのか?
しかし、もしそうなら、俺が協力する必要はないはず。こーいちにとり憑いた後はな……。
だが、『神』は俺に協力を求めた。ならば、俺は何かをしなければいけないはずだ。何かを……。それが何なのかは分からない。それにさっきも言ったが俺に何ができるんだ。だが、俺は俺の信じる方へことを進めたい。
おっと……、第2ラウンドが盛りあがってきた……。話は中断だ……。
──朝だ。
結局5ラウンドまでやりやがった。たまってたんだろうな。分かる分かる分かる。
で、五回分の射精のお陰で、プリンセス・スペルマはかなり実体化していた。
「こーいち」
学校へ行く支度をするこーいちに、精液姫が話しかける。
「なんだい」
「一人にしないで。暗い押し入れの中はさびしいの……」
「どうしたんだい?昨日まで平気だったのに……」
プリンセス・スペルマは、実体化が進むことによって人間並の感情が芽生えてきたようだ。
「今日は辛抱していてくれ。学校から帰ったら、すぐに服も買って来てあげるから」
プリンセス・スペルマはこくりとうなずいた。
こーいちは、姫の頬に軽くキスをしてから、出掛けた。
通学路を歩くこーいち。いつもなら、南条弘子がこの辺で現れるはずなのだが、今日は姿が見えない。もうそっけないこーいちには愛想をつかしたのか?
(いないな……)
こーいちも弘子がいないことが少しはさびしいらしい。だが、その脳ミソの大半がプリンセス・スペルマのことで埋まっていることが俺には分かる。
教室に入ると、弘子はもう来ていた。教室の入り口に背を向け、窓の方を向いている。
こーいちは弘子にあいさつしようと近付いた。すると、立ちはだかるようにして小柄な娘がこーいちの前に立った。
「芹沢……」
娘は芹沢慶子という名前。弘子の友達で、小柄なくせに向こうっ気が強いらしい。こーいちの記憶を読んで分かった。
「ちょっと話があるの……」
慶子はこーいちの手をつかんで、廊下へ引っ張り出した。
「……どうしたんだ?とーとつに……」
「分からないの?最近弘子がさびしそうにしてるの……」
言われて、教室の中を見る。弘子の背中…。悲しいようにも見える。
「そう言えば……」
「そう言えば…って、あんたね、言われるまで気付かなかったの?」
うなずくこーいち。
「鈍感!」
そーだ。こーいちはプリンセス・スペルマに骨抜きにされて、南條弘子に対して、鈍感になったんだ。
「どんかん…って…」
本人に自覚はないようだ。
「とにかく……。他に女が出来たのかなんか知らないけど、白黒つけなさいね。
二人がこんな雰囲気のままじゃ、横で見ててうっとうしいの!」
慶子は言うだけ言って去っていった。
「白黒つけろったってなぁ」
そーいえば、俺、白黒ショーって、どういう意味だったか、ど忘れしたなぁ……。
授業時間になった。
こーいちは、弘子の方を見てみた。
弘子は無表情だった。しかし、ブルーな雰囲気を発していた。
(なんか、変わったんだよな……。弘子ちゃんの雰囲気が……。光が翳ったっていうか……)
お前のせーだよ。こーいち。分からないのか……。
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