番外21-1︰エンド・オブ・ヘゲちゃんの憂鬱

 ヘゲことティルティアオラノーレ=ヘゲネンシスは憂鬱だった。


 性格が変わる魔導具を身に着けてしまったあとアシェトに気絶させられ、目覚めると自分の部屋のベッドに寝かされていた。


「アシェト様?」


 アシェトはイスに座っていた。


「よう。起きたか。どうだ気分は?」

「最悪で──っ!?」


 性格が変わっていたあいだの記憶が蘇る。


「どうした?」


 アシェトはそんなヘゲを面白がるように見ている。


「い、いえ。そんなことより、あれは……」

「ああ、これか?」


 アシェトのつまんだ指のあいだに、さっきのネックレスがぶら下がっている。

 アシェトはその先端にある宝石を顔の前にかざして眺めた。


「こいつは……どうだっけなぁ。見覚えはあるんだが。んー。思い出せねぇ。おまえはどう思う? さっきのおまえはどう変わってた?」


 ヘゲは言われて、自分の感じていたものを思い返す。

 あのときは不思議な高揚感があった。酔ってるのとは違う。何かが内から外へ抜けていくような感覚。それが嬉しくて。それで……。


 自分のしたことを思い出すと、恥ずかしさで身悶えしたくなった。思わずうめく。とてもじゃないが直視できない記憶だ。


「……解りません」


 言ってから失敗に気づく。これでは自分がそのことを考えたくないと言ってるようなものだ。間違いでもいいから、なにかそれらしいことを言うべきだった。


 アシェトの目が嗜虐的に細められた。


「そんなこたねぇだろ。ほら、よく思い出してみろ」


 仕方なく、ヘゲはさっきの出来事を思い浮かべる。アシェトの言葉は絶対だ。


 キスをしたとき、ヘゲはてっきりアガネアが喜ぶものと思っていた。けれど重ねた唇を離してみれば、アガネアにあったのは驚きと不安、そしてわずかな怯え。


 唐突すぎたのか、他人の目が気になるのか。気がつくとヘゲはアガネアを連れて、百頭宮の奥深く。使われていない区画の部屋へと転移していた。

 時間をかけ、丁寧に、そして最後まで進めばアガネアは必ず自分を受け入れ、喜んでくれる。アガネアをリードするため、少しくらい強引な方がいいだろう。


 ところが腕の中のアガネアはかすかに体をこわばらせ、戸惑いの空気は強くなるばかりだった。慣れないことに緊張してるんだろうか。そう思ったあたりで意識が途切れている。


 どうして自分がアガネアを喜ばせ、受け入れてもらおうと思ったのか。今になってみるとまったく理解できない。けれどもその疑問から、ヘゲは一つの答えに至った。


「おそらくあれは、正しくは性格を変える魔導具ではないのでしょう」

「へぇ」


 アシェトの口元に笑みが浮かぶのを見て、ヘゲは確信した。アシェトは本当の効果を知っている。


「あれは装着した者に望まないことをさせ、しかもそのことに喜びを感じさせる魔導具です」


 ヘゲとしては、それが筋の通る結論だった。けれど実際に口に出してみると、根拠のない違和感を覚えた。それと、かすかな拒否感。


「んー。なるほど。言われてみりゃ、そんな効果だった気もすんなぁ。けど、おまえにウチをメチャクチャにしたり、私を殺すよりもやりたくないことがあったなんてな。いや、たまたま最初にアガネアが目に入っただけか? それでも、おまえがあいつを殺したくないって強く思ってなくて幸運だった。でなきゃ、あいつは今ごろ壁のシミにでもなって、私らは警察やクソ天使どもとドンパチやってたかもしれねぇ。だろ? ま、なんにせよコイツは危険だ。私が預かっとくよ。味方を敵に変えかねねぇんだ」


 アシェトの指先でかすかに揺れていた魔導具が消えた。ヘゲは眉をひそめそうになるのをこらえる。

 精神改変系の魔道具は似たような効果で似たような見た目のものが多い。刻印の線の角度が一本違うだけでも効果は変わってくる。

 実物が手元になければ、調べたところで効果を一つに絞ることはできない。


「どうした?」

「いえ。なんでもありません」


 ヘゲは答える。今はアシェトからこれ以上もてあそばれたい気分ではない。


「しばらく休んでていいぞ。話があるんだが、急ぎじゃない」


 ヘゲは素直にその言葉に甘えることにした。頭の芯が熱っぽく、少しクラクラするのだ。


「申し訳ありません。そうさせていただきます。3時間もすれば戻れると思いますので」

「あんま無理すんな。じゃ、後でな」


 アシェトは手をヒラヒラ振ると、部屋を出ていった。


 ヘゲはベッドへ横になり、目を閉じた。性格の変わった自分の振る舞いの数々が浮かんでくる。それは短い時間だったが──。


 ふと気づいたことに、ヘゲは体を起こした。汗をかくことができるなら、全身に厭な汗が吹き出していただろう。


 ヘゲの答えた魔導具の効果をアシェトは否定しなかった。けれどアシェトの態度は、それが正解とは思えないようなものだった。


「望まぬことをさせ、そのことに喜びを感じさせるわけじゃ、ない?」


 呆然とつぶやく。それが意味するところなど、考えたくもなかった。


 アシェトが正しい効果を知らない。もしくは自分の答えが正しいのに、わざと間違ってたと思わせるような態度を取った。


 そうだ。きっとそのどちらかだ。アシェト様は私のことをよく知っている。きっと思わせぶりな態度を取ってからかったんだ。


 ヘゲは自分にそう言い聞かせると、再び横になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る