方法53-2︰小粋なプレゼント。ドーンといってみよう(油断大敵)

 ルシファーの屋敷はベルゼブブの宮殿より広さはないけど高さがあった。8階建ての、屋敷とか宮殿っていうより、むしろ城。飾り気のない、実用性だけの構えだ。


 馬車のまま門を抜け、入口の前で降りる。開始まではまだ時間があるけど、もう来てる悪魔がいるみたいだ。いまの時刻は午前2時。開始は4時からだ。


 扉の前でこれも実用的な制服に身を包んだ従僕へ招待状を渡すと、中へ通された。すぐに別の使用人が寄ってくる。


「ようこそ当家へお越しくださいました。アガネア様ご一行ですね。どうぞこちらへ」


 てっきり他の招待客みたいにウェイティングルームへ案内されるのかと思ったら違った。

 ワタシたちが案内されたのは8階の端にある部屋だった。衣装部屋、というか着替えやメイクのためだけの部屋みたいだ。ドレッサーにクローゼット、鏡台なんかがある。

 そして、中央のテーブルの上にリボンをかけた三つの包み紙。見たところ、血のシミなんかはないみたいだ。リボンの根元にはカードがあって、アガネア嬢へって書いてある。


「どうぞお開けください」


 一番大きい包みから中から出てきたのは──。


「ドレス?」


 それは光の加減で、黒にも暗い紫にも見えるドレスだった。セットの肘上まである長い手袋。

 手に取ると軽くて肌触りがよく、広げればシンプルだけど洗練されたラインのそれは、ひと目で高価なものだって判る。


「本日はこれを着て出席いただくよう、旦那様から申しつかっております」

「けど、サイズが……。それに作業着メーカーと約束も」

「勝手ながら、サイズはその作業着メーカーに問い合わせて作らせました」


 なるほど。つまり話は通ってるのか。


「でも、なんで?」


 いやまあ、普通に考えればこんなパーティーに作業着とワーキングブーツで来る方がどうかしてるんだけど。


「旦那様はぜひ、ドレスアップされたあなたをご覧になりたいと。もちろんすべてアガネア様への贈り物です。気に入られているのではないでしょうか」


 ルシファーがミュルスで過ごした最後の昼を思い出す。あのとき一緒に飲んでたワタシは口説かれたような、からかわれたような。


 残りの包みを開けると、一つはドレスと色を合わせたドレスシューズ、もう一つからは宝石をあしらったネックレスやイヤリング、指輪が出てきた。ネックレスはアクセントのつもりなのか、かなりボリューム感がある。


「化粧品は鏡台の引き出しに入っておりますので、ご自由にお使いください。お召し替え、手伝わせていただきましょうか?」

「私がやります」


 サロエがはりきって言う。目が輝いてた。そういやファッション好きだもんなあ。アクセサリーに呪われるのが好きなんじゃなくて。


「かしこまりました。それでは私は表に控えておりますので、ご用意できましたらお声がけください」


 使用人が出ていく。


「特におかしな気配はないわね。身に着けても大丈夫よ」


 ドレスやアクセサリーを調べてヘゲちゃんが言う。


「腰の三点セットはどうしよう?」

「大きめの手提げか何かを借りるしかないわね」


 そこでワタシはテンションの上がったサロエの解説を聞き流しながら着替えて靴を履き替え、サロエにメイクしてもらった。鏡を見て“これが、ワタシ……?”とか言ったりしながら。


 実際、サロエの腕前はなかなかだった。普段自分はすっぴんなくせに。


 腰の三点セット。ミニチュア百頭宮、残り4枚の身代わり札、使う機会のない精神入れ替え銃は不可視化を解いてベルトと一緒にテーブルの上においてある。


 最後にワタシはアクセサリーを身に着け、長手袋をはめる。

 鏡に映るワタシはなかなか……いや、そこそこ? ……まあ、悪くなかった。


 ワタシはなんだかヘゲちゃんの感想を聞いてみたくなった。どうせロクなこと言われないんだろうけど、せっかくドレスアップしたんだから。

 はてさて、どんなひねりのある悪口が飛び出すでしょうか!? そんなことを期待するまでに仕上がったワタシです。ヘゲちゃん選手、今期は絶不調だからあまり期待はできないけど。


「ヘゲちゃん。ちょっとこれ、どう、かな?」


 うっわ、何それ!? 我ながら超ハズカシイんですけど! “どう、かな”じゃねーよ!


 ヘゲちゃんのリアクションは予想とちょっと違った。なんかすごく驚いたみたいで、それにまるで初めてワタシのこと見たみたいな。

 たしかに、こんなキメキメのワタシを見るのは自分でも初めてだけど、それにしてもこんなに驚いた顔されるなんて……。


 ヘゲちゃんが何か言おうとしたそのとき。


「ヘっ!?」


 ワタシは高速で壁をすり抜け、地上8階の空へと吹っ飛ばされた。

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