方法48-1︰裸族の天使(仲間の目は気にして)
翌日。新聞の一面は昨日のレセプションのことだった。中でもメインはサレオスが一撃でやられた件。しかもヘゲちゃんの独占欲が爆発して過剰攻撃させたんじゃないかって論調だった。
「ヘゲちゃん、ほら、これ」
ワタシはヘゲちゃんにその記事を見せた。
「ふぅん……。今後は気をつけるわ」
なにそれ。リアクション薄っす!
「ワタシなんかのためにヘゲちゃんが独占欲爆発させたって書かれてるんだよ? 恥ずかしくないの?」
自分で言ってて悲しくなるけど、いつもの元気なヘゲちゃんに戻ってもらうためにはしかたない。
「ああ、そうね。恥じましいわね」
“恥じましい”って初めて聞いた。じゃなくて、こりゃダメだ。上の空ってレベルじゃない。
「ちょっと、散歩に出てくるわ」
いきなり立ち上がると、部屋を出て行くヘゲちゃん。少しして戻ってくる。
「範囲制限あるのよね」
そのままソファに腰を下ろす。
「ベっ、ベルトラさぁん! ヘゲちゃんが認知症に」
「うーん。新手の精神攻撃ってわけでもなさそうだしなあ」
さすがにベルトラさんも深刻な顔をしてる。
「ヘゲさん! しっかりしてください!」
サロエが至近距離からガクガクとヘゲちゃんを揺さぶる。
「あかん! サロエそれしちゃダメーっ!」
遅かった。濃厚な呪気をまともに浴びたヘゲちゃんはズルズル床へ滑り落ちると、そのまま丸くなった。
「あっちゃー。あ、そうだ! アシェトさんに会ってないからでは?」
どういう思考回路でそうなったのか不明だけど、サロエが提案した──。
「「それだ!」」
ワタシはヘゲちゃんの体を起こす。
「ほら、ヘゲちゃん! アシェトさんに電話しよ。映像付きの!」
「アシェト様…………。今はいい。会いたくない」
ワタシは驚いて思わず手を離した。けっこういい音させて後頭部が床にぶつかったけど、ヘゲちゃんは反応しない。
「ベっ、ベルトラさぁん!」
「これはもう、残念だが……」
そのとき、ドアが空いてローザリーンドが入ってきた。
「みなさま、そろそろご出発の──って、えぇ!?」
ローザリーンドの体表が波打つ。
「あっ、あのっ、これ、なにが!?」
「これは……大丈夫。気にしないで。それよりどうしたの?」
「そろそろ出発のお時間なんですけど、え? 本当に大丈夫なんですか?」
「いいから! で、出発って、どこに?」
「天使に会われるんじゃないんですか?」
あ、忘れてた。
「ど、どどど、どうしましょうベルトラさん! ヘゲちゃんこれじゃマズいですよ!」
「やっぱり大丈夫じゃないんですね! いま、この状況、この現場!」
「いや違くて。これはその、大丈夫じゃないにしては比較的大丈夫、いや逆か。大丈夫にしては比較的大丈夫じゃないというか。あれ、いやその」
ワタシとローザリーンドがシナジーでテンパってるなか、さすがにベルトラさんは冷静だった。
スッとヘゲちゃんを抱き上げたのだ。
「とりあえず向かうぞ。馬車の中でどうにかしよう」
家の前ではヤニスが御者台に座って待ってた。
「それでは参りましょうか」
ヘゲちゃんのことには触れない。
「サロエ。おまえはヤニスの隣に座れ。今のヘゲさんにおまえは毒だ」
「いや、それはちょっと」
意外にもヤニスが拒んだ。
「あの、この方、独特の空気感がありまして。近くにいると馬が怯えるんですよ」
ワタシとベルトラさんは顔を見合わせた。
「しかたない。何かあって遅刻するよりはマシだ」
こうしてサロエもワタシたちと一緒に居ることになった。
ヘゲちゃんを壁に寄りかからせて座らせる。隣はワタシで、その向かいがサロエ。サロエの隣にベルトラさん。いちおうサロエとヘゲちゃんを斜め向かいにして、少しでも負のオーラから遠ざけようって考えだ。
ローザリーンドに見送られ、馬車が走りだす。
ヘゲちゃんをどうすれば立ち直らせることができるのか。ワタシを馬鹿にすることもなく、アシェトさえ効かないとなると、もう打つ手がない。
つまりそれだけ普段から、ヘゲちゃんはワタシを馬鹿にするかアシェトをあてがっておけばとりあえずオッケーな娘なのだ。
「ヘゲちゃん」
とりあえず揺すってみる。それから髪を掻き回しほっぺたを引っ張り、とにかく名前を連呼する。
しばらく続けてると、いきなりヘゲちゃんが立ち上がった。
「あぁもう! うるさい! いったい誰のせいで私がこんな思いしてるか解ってるの!?」
「それ、そんな歯ぁ食いしばって言うこと? どうせワタシのせいなんでしょ。それでいいから」
と、そこでようやくヘゲちゃんは我に返った。グッタリしてたかと思ったら、急にキレだすとか。感情のアップダウン激しいな。
「馬車?」
「そうだよ。天使のとこに行く途中」
「天使……えっ? もうそんな時間? なんだか途中から記憶が……」
飲みすぎた翌朝みたいなことつぶやくヘゲちゃん。ともあれ復帰してくれてよかった。
「ねえ。さすがに何があったか聞いてもいいよね?」
「ダメよ」
「いや、でもほら。ワタシだけじゃなくてみんな心配してるし」
「ありがとう。でも、心配は無用よ」
「けど、迷惑もしてるし」
「それはごめんなさい。悪いけど諦めてちょうだい」
「は? なにその態度」
「あなたこそ、しつこいのよ。言いたくないって言ってるでしょ!」
「まあまあ、ヘゲさん。アガネアも心配してるわけですから」
「私も心配してるんですよ。このところ調子悪そうだし」
「二人とも、ごめんなさい。でも、それもこれもアガネアのせいなの」
「だったらその理由ってやつを聞かせてもらおうじゃないの」
「イヤよ」
延々モメてるうちに馬車が停まった。
天使のいる大使館は真っ白い建物だった。天使二人しかいないからか大きくはないし、魔界のこういう建物にしては珍しくなんの装飾もない。
ワタシは招待のしおりに書いてあった内容を思い出す。たしか、勝手に入って声かければいいんだっけ。
ワタシたちはドアを開けると中へ入った。
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