方法47-1︰パーティーからの推理コンボ(無謀な勝負は避けましょう)

 チャンスがなかったのか、元々そういう計画じゃなかったのか。翌日は特になにも起きなかった。ただし、意外な悪魔との出会いがあった。


 それは、とある定食屋を出た時のこと。


「アガネアさんっすよね? “三界ニ恥ナシノ”?」


 いきなり熊頭のいかつい悪魔に声をかけられた。


「うお! やっぱそうだ。あの俺、サハイルって言います。アガネアさんのファンっす!」


 よく見れば熊頭の悪魔はワタシと同じ作業着を着てる。


「これ、判ります? アガネアさんと同じメーカーの」

「あ、うん。ありがとう」

「いやぁ。こっちに来てるって噂だったから、もしかしてって思ってたんすけど、マジ会えるなんて」


 どうやら演技でもなんでもなく感動してるらしい。本当にただのファンなんてはじめて会った。どういうことなんだろう? じゃなかった。どういう悪魔なんだろう?


「ワタシのファンって言ってくれたけど?」

「そうなんすよ。じつは俺、服屋で働いてるんすけど、店内に貼ってくれってメーカーからあのポスターが届いたんすよ。で、眺めてるうちになんかこう気になってきて、アガネアさんのこと調べたらスゲェなにこの悪魔、ってなって」


 意外と普通の理由で安心した。っていうか、あのポスターすごいな。


「今度、アガネアさんの密着本が出るんすよね」

「あー、微妙に違うけど、まあ。ウチのお店と仙女園の紹介本にそういうコーナーがあるってだけで」


 たしかバビロニア滞在中に発売されるはず。


「とにかく俺、出たら絶対買うんで。なんか自分でもわかんないんすけど、3冊は欲しい気がするんすよ」

「ありがと。それはたぶん読む用と保存用と布教用だと思う」


 ワタシが言うと、サハイルは驚きに目を見開いた。


「あぁ、そっか! そっすね! 言われてみりゃそうっすよ! いやさすがアガネアさん! マジただもんじゃないっす!」


 こういうことでも感心されるといい気分だ。そもそもサハイル、魅了されてるんでもなんでもなく、純粋にワタシのファンなんだもんなぁ。じわじわ感動してくる。


「あ、やっべ。もう行かないと。んじゃアガネアさん! 応援してるっす! 頑張ってください!」


 サハロフはそう言うと立ち去った。魔界には憧れの悪魔にサインや握手を求める習慣がない。


「さすがです! ガネ様ファンは実在するんですね」

「なんかこう、いるところにはいるんだな」


 なんでサロエもベルトラさんも微妙な感想なんだろう。そしてサロエはそれむしろ失礼だからね?


「どうよヘゲちゃん? ファンいたよファン。すごくない?」

「わざわざバビロニアへ招待されるくらいなんだから、一般の悪魔にもファンがいておかしくないわね。そもそも新聞とかの記事だけ読めば、あなたけっこう通好みの悪魔だから」

「え? そうなの!?」


 初耳だよ。


「自分ではほとんど何もしてないのに周囲を大きく動かす。ハデさはないけど、いかにも玄人ウケしそう。それに噂話だっていろいろ流れてるはずだし」


 あー。なるほど。より黒幕っぽいってことか。普通の返答なのに、ヘゲちゃんだと違和感あるな。いや、むしろワタシが気にしすぎなのかな。

 考えてみればヘゲちゃんだっていつもいつもワタシをバカにしたようなこと言ってるわけじゃない。……ひょっとしてアレか? ワタシの方がヘゲちゃんに冷たい言葉投げつけられないと落ち着かないようになっちゃったとか? あー………………いや、ないない。

 オレ様なヘゲちゃんの笑顔が浮かびかけたところで考えるのをやめる。



 そしてさらに翌日。とうとう招待者側のスケジュールが始まった。最初は政府主催のレセプション。束になって届いてた各種招待状のうち、一番上のヤツを取ると、迎えの馬車に乗り込む。


 ちなみに会場はホテルグランド百頭バビロニア。ネドヤにあったやつの姉妹店というか、こっちがホテルグランド百頭系列の本店らしい。


「これってさ、ウチのホテル使うようにねじ込んだわけ?」

「そんなことするわけないでしょ。こういうあらたまった集まりにピッタリなだけよ。念のため会場はウチのホテルかどうか確認したけど、使えなんて一言も言ってないわ」


 それ、使えって圧力かけてるようなもんじゃん……。

 それでも遠まわしに拒否られなかっただけあって、ホテルグランド百頭バビロニアは立派な建物だった。客もきちんと着飾った悪魔たちばかりだ。


「ねえ。ワタシいつもの作業着なんだけどさ、これホントに大丈夫かな?」


 いちおう新品を着てきたけど、なんだか不安になる。ヘゲちゃんとサロエはきちんとイブニングドレスを着ていて、ベルトラさんでさえ百頭宮支給の軍服みたいな警備員制服を着ている。


「常識的にはナシだけれど、みんな“あのアガネア”に会いたいんだから、普段どおりの方がいいんじゃないかしら」

「ワタシといえばこの作業着だもんねぇ」


 レセプションは立食パーティー形式だった。最初にベルゼブブの挨拶があって、次にルシファーの挨拶、なんだけどルシファーは特に言うことないとかで実質なにも喋らなかった。ただ、これはいつものことらしい。


 ルシファーは翼を生やした天使っぽい方の姿だった。けど、前に見たような完璧さはない。最初は見慣れたせいかとも思ったけど、どうやら周りが劣等感に苦しめられないよう、顔や体型のバランスを微妙に崩してるみたいだった。


 ワタシも挨拶させられた。また発作的にパニック起こすんじゃないかってちょっと心配だったけど、そんなこともなく無難なことを喋って終われた。


 パーティー自体は面白いものでもなくて、中央で社交辞令が飛び交い、端の方でゴシップが囁かれるような感じ。

 ワタシのとこには名前知ってるのも知らないのも、いろんな悪魔が来てはちょっとずつ話しかけてきた。といっても本当にワタシと話したいっていうよりは、みんな“いま話題の悪魔と喋った”って事実が欲しいだけみたいだった。


 ヘゲちゃんも少し離れたとこで取り囲まれてたけど、百頭宮とお近づきになって商売の取引相手にしてもらおうって悪魔ばかりみたいだった。

 ベルトラさんは黙々と料理を食べ、サロエはワタシの後ろでひたすらニコニコしてた。さすがに、勝手にそこら辺をウロチョロしたりはしてない。


 あんまり退屈だったから、ワタシは開始30分もすると早く終わんねーかなー、しか思わなくなってた。すると、ちょっとした騒ぎが起こった。

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