方法38-1︰なにか金融道(責任は果たしましょう)

 サロエがワタシたちにガチ説教されてから半月が経った。さすがにしょげるかと思ったのに、サロエは相変わらずの自由っぷりで毎日楽しそうだった。

 たださすがに少しは反省したのか、他人を困らせるようなイタズラはしなくなった。いちおう、その辺の区別はできるらしい。


 サロエを狙う悪魔はあれっきり姿を見せない。さすがに連続であんなダンジョンに叩き込まれたら心が折れて、しばらくリトライする気になれないだろう。できればこのまま諦めてほしい。


 ワタシは百頭宮ひきこもりを貫きながら、穏やかな毎日を過ごしていた。

 忙しいけど仕事にも慣れ、ヘゲちゃんやベルトラさん、ギアの会のメンバー、その他従業員のみんななんかとも上手くやれてるし、サロエだってイタズラさえしなければ天然モノの愛玩従者として暮らしに潤いを与えてくれる。

 つまり事件さえ起こらなければ、いまのワタシはなかなか幸せなんだよなぁ。

 もうさ、なんか前に作った気になるリストのこととか全部忘れて、面白おかしくなくてもいいからこのまま平穏に暮らせないものだろうか。

 正直なところ、なんかワタシ波乱万丈とか刺激のある生活とかに惹かれないんだよね。むしろちょっと身構えちゃうところがある。

 それなのに、ねぇ? 運命の方がワタシのことを放っておかないというか。



 就業後、ワタシとベルトラさんはいつものようにまかないを食べ終えると、スタッフホールでくつろいでた。今日はサロエもいる。

 なんでもリニューアル完了に向けてのあれやこれやが一段落し、ようやく解放されたんだとか。このところ、広報部のオフィスにこもって部屋に帰れない日なんかもあったしなぁ。

 一度様子見に行ったら、腰から下を蛇体に戻したフィナヤーの尾の先で、イスに縛り付けられてた。追加発生したデザイン仕事をまとめて担当させられてたらしい。

 もちろんその状態でフィナヤーも、何か鬼気迫る様子で仕事してた。


 サロエは手持った一枚のカードをぼんやり眺めてる。


「どうしたの、それ?」

「これですか?」


 サロエがこちらによこす。黒い厚手の紙に花綱模様のダークシルバーの縁取り。暗褐色の乾いた血を思わせるインクで挨拶と招待文が書かれてる。


「リニューアル完了記念のレセプションをやるらしくて、その招待状です」

「へぇ……。って、ひょっとしてこれサロエがデザインしたの?」


 返事代わりにしっぽをパタリと動かすサロエ。

 マジか。めっちゃオシャレやん。サロエがデザインしたもの初めて見たけど、こんなシックなデザインするなんて。まったくキャラと合ってない。


「プロですからねー。得意とか苦手とかありますけど、オーダーあればだいたいはまあ」


 サロエがワタシの考えを読んだみたいに言う。


「見直しました?」


 期待の目。


「え? ああ、デザイナーとしてはちゃんとしてるんだなって思った」


 とたんにグッタリとテーブルに突っ伏すサロエ。


「ガネ様は評価厳しいですね。まあ、私それデザインした記憶ないんですけど」


 サロエの話によると、次から次へところてん式にいろいろデザインした結果、なにをやったのか、どれが採用されたのかあんまり記憶にないらしい。

 いや忙しくて大変だったんだろうけど、記憶にないってさすがに……。大丈夫かこの娘? ご主人さま心配よ。


「ふだんはそんな忙しくないらしいんですけど、そのぶん人数少ないからこういうときはすぐパンパンになるんだとかで。今までデザインは外注してたから私が来て助かるって喜ばれたんですけど」


 パッと体を起こす。


「つまり頼られてるんです! どうです?」

「どうって。よかったんじゃないの?」


 またサロエはグッタリする。オンオフの切り替えが激しいな。


「他の人はまだレセプションの手配とかいろいろ残ってるんですけど、私はデザインだけしててくれって言われて。失礼じゃないですか?」


 いや、誰が決めたか知らないけど、賢明な判断だと思うぞ。


「ガネ様はそれ、なにを書いてるんですか」


 ワタシは手元の紙に目を落とす。


「アンケート。記入式のが多くて時間かかったけど、ようやく書き終わったところ。けど、持ってくのが面倒でさぁ」


 ヨーミギに頼まれたやつだ。最近、魂と記憶について研究しようとしてるとかで、これはインタビューの予備調査なんだとか。


「それこそ、従者の仕事だろう」


 新聞を読んでたベルトラさんが会話に加わってくる。


「面倒な雑用がですか?」

「そう言うと聞こえが悪いが、重要な物を届けるなんて従者の仕事の代表みたいなものだぞ。むしろ頼まないってのは、従者を信用してないと思われてもしかたない」


 なるほど。君を信用してるから頼むんだ、とかいって精神的に支配していくわけですね。それ、あんまりワタシの趣味じゃないなあ。


「はい! 私やりたいです」


 なんてこった。すでに調教済みとは!


「なんか従者っぽいことしてみたいんです。デザインもいいんですけど、それだけじゃあんまり前と変わらないんで」


 なるほど。うーん。けどなあ。


「でもこれほら、右のとこじゃないですか。サロエ、大丈夫ですかね?」

「それはおまえが判断することだ。ダメだと思うならやめておけ」


 なーんかなー。冷たいというか、突き放すような感じ。ヘゲちゃんといい、サロエ絡みで多くない? ひょっとして嫌われてんのかな。サロエが。可哀想に。


 ワタシは声をひそめて言う。


「これ届けてもらう相手のことは内密にしてほしいんだけど、できる?」

「もちろんですよ。おまかせあれ」


 サロエも小声で答えると、ご自慢の胸を張った。


「もちろん誰にも言いませんけど、もし喋っちゃったらどうなります? 参考まで」


 ワタシは無言で立ち上がると厨房の隅の棚から封筒を取り出し、アンケート用紙を封入して戻った。


「この中身は絶対見ないように」

「あれ? なんか今のあいだで信頼度下がってません?」

「いいから。で、喋ったらなんだけど。ヘゲちゃんっているでしょ」


 サロエの顔が浮かないものになる。耳も少し垂れた。どうやら脳天チョップで強制起床からのネチネチした皮肉と小言のコンボが軽くトラウマになってるみたい。


「ヘゲちゃんも悪魔だからサディストなわけ。痛み止め無しでいたぶられるんじゃないかなぁ。シッポの毛皮剥がされて首に巻かれて蝶ネクタイ、とか」


 物陰から怒りのヘゲちゃんが現れる気配はない。人間ならヒドい言われようだけど、悪魔ならむしろ社会的に正しい在り方だもんね。よしよし。言いながらちょっとビビってたのは内緒な。


 サロエは思わず首元を押さえた。


「誰にも言わなければ大丈夫ですよね?」

「もちろん」

「それで、えーと。どこに持っていくんですか?」

「スタッフエリアのさあ──」

「最初はおまえも一緒に行って、紹介してやる方がいいんじゃないか?」

「あー、そうですね」


 もう! なんなのさ? いつもならそういうこと、ベルトラさん先に言ってくれるじゃん。そんなにサロエが気に入らないの? ベルトラさんなのに、ちょっと感じ悪い。


 ともあれ、そんなわけでワタシはサロエをヨーミギの所へ連れて行くことになった。

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