方法36-3︰愛され上司になりたい(やる前によく考えて)

 サロエと飲んでからひと月が過ぎた。新聞によると争奪戦で生き残ってる支部はますます減り、進展もかなりゆっくりになってきてる。

 相変わらずケムシャたちは傭兵を集めてるらしいけど、経費いくら掛かってんだろ。このペースだと挑戦者が決まる前に並列支部が破産するんじゃないの? それはそれでいいけど、ヤケ起こしたケムシャがなんかしでかさないといいなぁ。



 ワタシとベルトラさんは仕込みのラストスパートに掛かってた。この時間帯、スタッフホールの方では出入りの業者やら配達人やらがボチボチ出入りしてる。


「おい! アガネアさんってのはいるか?」


 一人の悪魔が食堂へ入ってきた。見たことない悪魔だ。

 身長はベルトラさんより高く、天井に頭がぶつからないよう、少し身をかがめてる。

 青白い全身はおおむね人型だけど、異形ならではのものすごい筋肉に覆われてる。

 顔は少しトカゲに似てるけど、もっと凶暴そうだ。頭の左右にヒツジみたいな角が四本も生えてる。


 その悪魔は厨房にいるワタシを見つけると近づいてきた。ベルトラさんが前に出る。

「そう警戒しないでもらえませんかね。俺は──」


 しゅぽんってな感じでいきなりそいつは消えた。

 ベルトラさんが周囲を警戒しつつ、ワタシを壁際に寄せる。


「消えたわ」


 食洗機の陰からヘゲちゃんが現れた。


「少なくとも敷地内にはもういない。あなたに用があったみたいだけど、今度はなにやらかしたの?」

「失礼な。何もしてないって。このところずっと外出てないじゃん。ヘゲちゃんも知ってるでしょ」

「けどあなた、思いがけないようなことするから」


 再びそいつがきたのは、それから数時間後。ちょうど忙しい時間だ。


「おい! あんたなぁ、いい加減に──」


 そこでまた消えた。今度は大勢目撃者がいたから、人界なら怪奇現象案件だ。


 三度目は終業後。正面入口のあたりをうろつく不審者がいるのを警備が発見。敷地に入ったところでヘゲちゃんが確保した。

 捕まった悪魔はワタシじゃないと話をしないの一点張り。呼び出されたワタシに向かって、キレ気味に何か言おうとしたところでまた消えた──。



「てなことがあったんだよね。なんだったんだろ」


 以上、回想シーンでした。


 語り終えて隣を見ると、話聞いてたサロエの顔がこわばってる。


「あいつだ──」

「サロエ知ってるの?」

「そいつ、私にずっとつきまとってるんです」

「幽霊にでも取り憑かれてんの?」

「悪魔の幽霊なんているわけないじゃないですか。怖いこと言わないでくださいよぉ」


 悪魔でも自分たちの幽霊って怖いのか。


「じゃあ、何者?」

「わかりません……」


 サロエの話によると、もう思い出せないくらいの昔からあの悪魔はサロエを追い回し、行く先々で姿を現してきたらしい。


 つまりはストーカー。きっとワタシが主人になったことを嫉妬して、刺しに来たんだろう。

 うーん。確かにああいうイカつくて大きい奴ってちっちゃくて愛らしいのに惚れそうな気がする。ベルトラさんもそうだし。

 まあライネケは見た目ナゾ生物だけど、脱毛してなくてフサフサなら本当はキツネなわけだし。


「じつは実家を出るとき、あいつのことはちょっと心配だったんです。ミュルスに来てから一度も見てなかったんですけど……」


 サロエの猫耳が力なく垂れる。


「これまではどうしてたの? ってか、あいつやっぱり不意に消えたりしてたわけ?」

「あ、それは私の魔法です。あいつを見かけたらいっつもポケットディメンション送りにして、ランダムマップ生成で造られた不思議なダンジョンを抜けてるあいだに逃げてたんです。念のためガネ様とフィナヤーさんにも近づいたら発動するようにしてたんですよ」


 今度はご立派な胸を張って自慢げな顔になるサロエ。

 じゃああれは怪奇現象でもイリュージョンでもなかったのか。どうりであの悪魔、二度目と三度目のときに怒ってたわけだ。


「その魔法、敷地自体には掛けられないか?」


 それまで黙ってたベルトラさんが質問した。


「そんなに広くは無理です」

「そうか。さすがにあいつにちょくちょく来られると迷惑なんだが……。こっちで何か考えるか」

「ベルトラさんたちがボコボコにして、二度と来る気をなくさせるってのはどうですか?」

「うーん。それはできるかもしれないが……」


 なんだか煮え切らない。


「もしあいつが強くても、ヘゲちゃんあたりと二人がかりならどうにでもなりますよ」


 ドアを開ける音がした。


「それは不可よ」

「ヘゲちゃん」

「話は聴かせてもらったわ。もしその手を使うなら、あなたは私たちに報酬を払わなくちゃならない。そんなお金、ないでしょ?」

「なんでお金出さなきゃいけないのさ」


 ヘゲちゃんはため息をついた。


「サロエはあなたの私的な従者。ウチの従業員じゃないの。だから何か問題があっても、それはあなたたちの間でのこと。百頭宮は無関係よ」

「はぁ? 元はといえばヘゲちゃんの手伝いで行ったんじゃん。そんなこと言うなら、あのときの協力費だって払うべきでしょ!?」

「おかげで高いお酒がタダで飲めたじゃないの。あれがなければ払ってたわ」

「そんな。ヘゲちゃん1ソウルチップだって損してないじゃない」

「あのね。ちゃんとお世話するって言ったのはあなたでしょう?」

「言ってませんー! だいたい、捨て猫拾ってきたわけじゃねんだよ! オカンか! あと話そらすな!」


 ぎゃあぎゃあ言い争うワタシたちをベルトラさんがなだめる。


「まあまあ、落ち着いて。たしかにヘゲさんの言ってることは一般的な主従論や悪魔の常識としてはそのとおりですが、今回は事情が特殊です。それにアガネアの言ってることも一応スジは通ってます。ここはひとつ、みんなでアシェトさんの意見も聞いてみてはどうですか」


 ベルトラさん! ヤバい……惚れる……。たとえそれがどっちつかずの妥協案みたいなセリフだとしても、こうしてフォローしてくれるのがカッコいい。


「……解ったわ。アシェト様のとこに行きましょう。けどその前に。アガネア、あなたに手紙よ。差出人は不明」


 ヘゲちゃんは何も持ってない手を差し出す。


「あら?」


 自分の手をまじまじと見つめるヘゲちゃん。服をパタパタまさぐって、収納空間に手を突っ込んでガサゴソやり、ピタリと止まる。

 つうっと、額に汗が流れた。


「なくしたの?」

「そんなはずは……」


 ヘゲちゃんは目を閉じた。たぶん館内全体をサーチして、落ちてないか探してる。


「やっぱりなくしたんじゃないの」

「そんなはず……たしかに持ってたのに」


 これはひょっとして、圧倒的なワタシの優位では!?


「あーあ。あれ、超大事な手紙だったのに」

「そう、なの?」

「ワタシのファンから、ぜひ活動資金にって1000ソウルズもらえることになってたの。そのための書類が届くはずだったのに。どうしてくれるのさ?」

「サギだな」

「サギね」


 そんな二人して言わんでも。


「そんな手紙、受け取れなくてよかったじゃないの。あなたにそんなファンなんているわけないじゃない。それにあれは、書類入ってるような厚みなんて……」


 ハッとするヘゲちゃん。


「え! じゃあなおさら駄目じゃん。どう責任取るつもり? 楽しみだなぁ!」


 ここぞとばかりにゴネるワタシ。執拗にヘゲちゃんを責める。ワタシもすっかり悪魔らしくなったなぁ。


「このこと、アシェトさんが知ったらガッカリするんだろうなぁ」


 調子に乗って言ったのがマズかった。どうやら一線を超えちゃったらしい。

 ヘゲちゃんは殺意に満ちた目でワタシを見ると、強チョップを繰り出そうと身構えた。魔龍の首すら一撃で狩るというあのチョップだ。……よく知らんけど。


 ヘゲちゃんはそのままの姿勢でまぶたをヒクヒクさせてたけど、やがて構えを解いた。

 どうにか理性が勝って、ワタシを殺したら大変なことになるって現実を受け入れてくれたらしい。

 ヘゲちゃん的には手加減したつもりでも、うっかりしたら頭蓋骨陥没とかしかねないからね。


「あ、あれ、あれは──そう。手紙が届いたなんて嘘よ。まんまと騙されたわね。驚いたかしら?」


 ヘゲちゃん。いくらテンパったからって、そんな子供でも言わないような嘘を……。

 いつもの無表情だけど、プライド捨てた恥ずかしさで顔が赤くなってる。ちょっと可哀想なことしたかな。その時。


 ──くぅう。かぁあ。


 どこからか愛らしい音が発生してる。見ると、いつの間にかサロエが座ったまま寝てた。

 主人が話してるときに一人だけ先に寝るとはいい度胸だ。

 ワタシはサロエの鼻をつまみ、口をふさいだ。フッフッフ。驚き起きるがいい!


 2分経過。


 あれ。おかしい。もしかして音もなく窒息死したとか?


「なにやってんだ?」

「いや、なんか腹立ったんでこうしたら苦しくて起きるかなって。もしかしてワタシ、殺っちゃいましたかね、これ」

「んなわけないだろ。人間じゃあるまいし」


 そっか。悪魔は呼吸しなくても大丈夫だった。ならばこれでどうだ!

 ワタシは急いで厨房へ行くと、指に粒マスタード乗せて戻る。そしてサロエの鼻にマスタードをそっとインサート。


「がっ! ふばぁっ!?」


 鼻を押さえながら飛び起きるサロエ。そして次の瞬間──。

 ワタシたちはパニック起こしたサロエによってポケットディメンションへ送りこまれたのでした。

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