方法36-2︰愛され上司になりたい(やる前によく考えて)

 第2厨房では酒と乾きものや瓶詰めなんかのツマミをセルフで売ってる。みんな適当に飲み食いし代金を箱に入れるという、ベルトラさんの人徳と戦闘力だけで成り立ってるサービスだ。

 ワタシたちの仕事上がりは閉店より早いからいないことが多いけど、安いからお店閉めたあとのホストやホステスといった接客スタッフにはそこそこ人気らしい。

 ちなみにワタシがよく見る常連はヘゲちゃん。仕事中に現れてはひとしきりワタシと戯れ、強めの蒸留酒をキュッと飲み干しては消えてく。

 その手慣れた一連の動作は昼間っから立ち飲み屋に出入りしてるおっちゃんたちもきっと驚くレベルだ。


 そして、いま。


「それじゃ、サロエが来てくれたことにカンパーイ!」

「ありがとうございます」


 ワタシとサロエはグラスを合わせる。中身はウォッカのレモンソーダ割。魔界には焼酎がないので、これがレモンハイに最も近い飲み物だ。


「広報部はどう?」

「みんな働き者ですね。すごく忙しそうで、あんまり話せてないです。私は話しかけてるんですけど、雑談だとみんな自動応答? みたいな感じで。あと、こっちって仕事しながら歌わないんですね。初日に作業しながら歌ったら、変な目で見られちゃって」

「歌?」

「はい。仕事しながらみんなで声合わせて歌うんです」


 ウイスキー職人ならなんとなくわかるけど、デザイナーでもみんなで歌うんだ……。


「けど、大変だったね。急にこっち来ることになっちゃって。仕事とかも途中だったりしたんじゃないの? 仲いい友達と送別会したりもできなかったし。そもそもよく知らない悪魔の従者なんて」


 見て! 見てこの気遣いできる優しい上司っぷり。イェ〜イ、ヘゲちゃん見てる? これはワタシが日夜、ベルトラさん以外ならこんな上司いたらいいなって妄想をしてた賜物だよ。


「たしかに私、ガネ様のこと知らなかったですけど、リレドさんがヒドい悪魔のとこに従者なんて出すはずないですから。仕事は誰かがどうにかするんじゃないですか? それに私、人界にいたときはふらっと出かけて何年も戻らないとかよくあったんで、急にいなくなるのは周りも慣れっこだと思います」

「へぇ……。ん? 急にいなくなる?」

「あ、えと、従者のあいだはそんなことないですよ。たぶんさすがに。ねぇ? どう思います?」


 なんか不安になる言い回しだ。


「あ! ナウラさんだ!」


 いきなり立ち上がると、サロエはナウラに駆け寄る。二人でハイタッチ。


「体は人間なんだから、早く寝ないとダメだよ」

「そうね。ありがと」


 それだけで戻ってくる。どうなってんだ。


「いつの間にナウラと仲良くなったの?」

「いつ……」


 首をかしげるサロエ。なんかこの娘、アホの娘としっかり者を高速で行き来するなぁ。


「そ、そうだ。ワタシ、基本的に百頭宮から出ないけど大丈夫? 外の世界で暮らすって感じじゃないけど」

「それ、大丈夫じゃなかったらどうなります?」


 あ、なんかポンコツを見るような目で見られてる気がする。


「どうもならないけど、そこ重要そうだったから」

「今でも充分、外で暮らしてるって感じしますよ」

「そもそもなんで出たいと思ったの?」

「さすがに何百年も同じ暮らししてると、ちょっと窮屈で。妖精悪魔の中にはあんまり魔界の暮らしや悪魔になじむのは良くないって思ってる人もいるみたいですけど」

「もと妖精だから」

「はい。私たちって、なにもしてないのに魔界へ叩き込まれたようなものですから、いつか戻りたいって仲間が多くて」

「サロエは違うんだ?」

「だって、誰も戻れるなんて一言も言ってないんですよ? どうすれば戻れるのかも。これだけ経ってるし、そろそろ諦めて魔界で前向きにやってくことにしたらがいいんじゃないかなって。リレドさんも何も言わないけど、きっとそう思ってると思います」


 サロエの言葉は率直で、ワタシに合わせようとか、本心を隠そうとしてるようには見えなかった。それに、しっかりしてる。


「あ! こんなとこに」


 こないだフィナヤーから指示を受けてた悪魔がやって来た。たしかセリムとか、そんな名前だった気がする。


「なにしてるんだよ。フィナヤーさんが探してるぞ」

「あれ!? 今日は早く上がるって言ってなかったっけ」

「知らないよ。何も聞いてない」


 ハッとして、慌てて立ち上がるサロエ。


「言うの忘れてた!」


 と、そこでグラスにまだお酒が残ってるのを見ると、みょうに落ち着いた感じで座りなおす。


「よく考えたら、絶対に言ったって。フィナヤーさんが忘れてるんじゃないの」

「ちょっ!? おまっ、いま言うの忘れてたって」

「んー。じゃあ、行けたら行くって言っといて。それがダメならガネ様の名前出していいから」


 ……それ、ワタシのセリフだよね。こいつひょっとして、ワタシの知らないとこで名前勝手に出してサボったりしてるんじゃあ……。


「行けたら行くじゃねーよ。飲み会の誘いじゃないんだから。それに、あと少しだろ。ほら、行くぞ。いいか? 昨日みたいに変な魔法で逃げたら許さないからな!」


 サロエの腕をつかむセリム。昨日も一回は逃亡してるのかコイツ。


「すみませんアガネアさん。ちょっと借ります」

「うん。いいよ。ごめんね、ウチのが迷惑かけて」


 こうしてサロエは連行されてった。


 なんかやっぱ、しっかりしてるは言いすぎたかも。あとサロエ、ホントにちゃんと仕事してるんだろうか。


 一人になると、ヘゲちゃんが現れた。勝手に牛乳をグラスへ注ぎ、箱にお金入れるとこっちに来る。


「あなたたち、ボコボココンビね」

「5点。上手いこと言ったつもり?」

「……。あなたには難しかったかしら」


 ヘゲちゃんはサロエが座ってたとこに腰を下ろそうとした。


「ひゃんっ!?」


 ヘゲちゃんはビックリした顔で腰を浮かす。


「どうしたの? カワイイよ!」

「馬鹿じゃないの? なんか座ろうとしたらビリッて刺激が」

「イタズラ?」

「濃縮呪いの残滓が染みてるのかも」


 おそるおそる座りなおすヘゲちゃん。今度は大丈夫だったみたい。


「サロエってさ。ちゃんと働いてるの?」

「思っていたよりは。集中すればすごいんだけど、気がそれるとダメね。乗ってるときは普通の悪魔の倍以上は仕事が速いから、それで帳尻合わせてる」

「うーん。本人にやる気はあるんだろうけどねえ」


 おっ。なんか今の会話って上司っぽいな。ちょっとカッコい──っと、あっぶねー! なにこの思考。ノーモア仕事なワタシとしたことが。

 こうしてジワジワ知らない間に脳が侵されて、人は立派な社畜になっていくのか。恐ろしい。

 よく考えたら、さっきのサロエとの会話だって面談してる上司そのもの。思い返すと戦慄する。

 こういうときはもっとこう腹を割って夢や希望や将来のステップアップとかキャリアパスについて──なーっ! 違うでしょワタシ。ちーがーうーでーしょ! ひょっとして、すでに洗脳が完了してるとか!? 


「なに一人で百面相してるの?」

「ひゃく……それ、ホントに言うひと初めて見た。ってかいつの時代の言葉よ。B.C.何世紀よ?」


 おっとすまない。教養が溢れてしまった。

 ヘゲちゃんはグラスの中身を飲み干す。


「サロエが来るわ」


 マジか。本当にあとちょっとだったんじゃん。


「もう少しゆっくりしてったらいいのに」

「忙しいの。それに、こういうときは二人だけのほうが打ち解けやすいでしょ」


 そう言い残してヘゲちゃんは消えた。いちおう気を遣ってくれてたのか。それはいいけど、自分のグラスは下げて欲しかった。


「すみません!」


 入れ替わりでサロエが戻ってくる。座ろうとして──。


「あひゃあ!?」


 変な声出す。猫耳と尻尾がピンと立ってるあたり、なかなかいいリアクションだ。


「なんか、座るとこが氷みたいに冷たいんですけど」


 ヘゲちゃん……。


「そんなことより、ちゃんと仕事しないとダメだよ。ワタシのメンツもあるん──て、と、こっ。ココッ」


 さっき反省したばっかりなのに、いきなり説教。なにこれ、呪われてんのか。しかもナチュラルにメンツとか言い出してたし。悪魔脳やん。


「大丈夫ですか? 背中さすります?」

「んあ、大丈夫」


 いかん。このままではワタシという外見をまとった別の何かになってしまう。もっとこう、最初のころを思い出すんだ!


「それはそれとして。ずっとアクセサリー着けてると痒くなったりしないの? 指とか」


 そう、それな。じゃなくって。なんで咄嗟に出てくる話題がそんな頭悪そうなの。


「ごめん。忘れて」


 もっとこう、夢と魔法に満ちた感じで頼むよ自分。


「サロエ、妖精魔法って得意なの? 悪魔のとは違うみたいだけど」


 これガチ魔法の話だけど、まあいいや。さっきよりマシ。


「だいたいはひととおり使えますよ。他もみんなそうですけど。私はポケットディメンションとランダムマップ生成が得意です」


 なにそのローグライクRPG。


 その後は恐ろしい社畜トークが発動することもなく、ワタシたちはなごやかに過ごせた。

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