方法34-2︰デスゲームだけはかんべんな!(少しは他人も頼りましょう)

 翌日、さっそくリレドさんから呼び出しがあった。

 邪魔されることもなくワタシたちがリレドさんの家へ行くと、長い廊下を抜けて昨日とは違う部屋へ案内された。

 そこは広い部屋だった。入ってすぐのところに長机があって、グラスと水の入った大きなピッチャー、そして一冊の本が置いてある。

 グラスは全部で9個。底の色が赤、青、緑のやつがそれぞれ三つずつ。どれも中にウイスキーが入ってる。

 部屋の奥には大ジョッキくらいのサイズの樽が横倒しにたくさん積まれていた。


「ようこそ。キミたちにチャレンジしてもらうゲームを決めたよ」


 笑顔のリレドさん。部屋には他に、二人の小鬼がいる。


「それぞれの色のグラスには赤なら赤、青なら青で同じウイスキーが入ってる。どれもこの部屋にある457個の樽から注いだものだよ。定番から限定品まで、年式のバリエーションなしでほぼすべての銘柄が揃ってる。キミたちはそのグラスのウイスキーがどの樽のものか当てるんだ」


 樽のウイスキーは何度味見してもいい。水もおかわり自由。ただし、グラスの中身はおかわりなし。空になったらそれまで。

 机の上の本はここのウイスキーの完全カタログ。名前や味の特徴なんかが書いてあるから、ヒントになる。

 樽にはそれぞれラベルが貼ってあるけど、数が多いから銘柄を言えば小鬼がその樽まで案内してくれる。

 回答権は一人三回。つまりワタシたち三人で九回まで答えられる。その中で誰かが正解を出せばいい。相談は自由。


 利き酒みたいなものか。なんか、芸能人がバラエティでやるようなゲームだな。あれでしょ? 当たるまで延々とウイスキー飲んでみんなへべれけになってくっていう。BPOが審議入りしそうだ。

 ワタシたちは三色のグラスを一つずつ分け、それぞれ舐めるくらいに口をつける。あんまり調子に乗って飲むとグラスが空になって詰む。


 それぞれ素人のワタシでも解るくらい味が違ってた。赤いのはクセが強く、燻したような香りと苦味がある。青いのは飲みやすいけど、目立った特徴はない。緑のは他の二つに比べると、甘いような気がした。

 どうやら、微妙な味の違いを見分けるものじゃないみたい。


 ベルトラさんはさっそくカタログを開いてた。ウイスキーがそれぞれ、味のタイプごとに分類されてる。確かにこれなら、絞り込みに役立ちそうだ。

 ヘゲちゃんはそれぞれの匂いを嗅ぎ比べてる。たしかに、匂いで違いがわかるならグラスの方も樽の方も、いちいち飲まなくて済む。

 ワタシはゲームって言葉が引っかかってた。雑な企画じゃないなら、なにか攻略法があるはず。


「なんかこう、カタログで印のついてるウイスキーがあったりしません?」

「ないなあ」


 まあ、そんな簡単じゃないか。えーと、他には……。

 考えることしばし。ワタシは手を挙げた。


「はかりを貸してください。樽の重さが計れるやつ」


 リレドさんは不安そうに目を細めたけど、うなずいた。


 ワタシは小鬼たちの持ってきたはかりに樽を載せた。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ。あれ?

 はかりの数字はどれもバラバラだった。グラスに注いだぶん、正解の樽だけ重さが軽いんじゃないかと思ったんだけどなあ。


「ちなみに工場見学へ来た客は、最後にここで試飲をしてく。今回のために用意したわけじゃないよ」


 笑いをこらえながらリレドさんが言う。そういうの、早く言ってよ。絶対にわざとだ。


 けど、これじゃないとすると何も思いつかない。うーん。当てずっぽうで飲み比べても数が多いしなあ。──あ? 飲み比べ?


「フェ・ロワの樽はどれですか?」


 小鬼が案内してくれる。ワタシは小鬼から空のグラスを受け取ると、フェ・ロワと書かれた樽からウイスキーを注ぐ。


 なにこれ、美味しい! 


 正直、ウイスキーはあんまり好きじゃなかったけど、これは美味しい。ワタシはヘゲちゃんとベルトラさんを呼んだ。


「これは!?」

「美味いな! これといった特徴はないが、味も香りも、すべてのバランスと質が信じられないくらい高い」

「けど、これが何か?」

「美味しいでしょ?」

「それだけ? それはまあ、そうだけど」


 そう言いながら勝手に二杯目を注ぐヘゲちゃん。


「つまりこのゲーム、答えさえ言わなきゃ時間無制限飲み放題コースなんですよ! これこそが攻略法です!」

「おまえそれ、何をどう攻略してるんだ」


 それから2時間。ワタシたちはいろいろなウイスキーを飲んだ。ベルトラさんとヘゲちゃんは真面目に当てようとしてたけど、あれ絶対ただのポーズだと思う。二人とも割当のグラスのウイスキー飲んでねーし。

 それにしても、いくら一口ずつでチェイサーの水があるって言っても、ツマミなしで割ってないウイスキーばっかハイスピードで飲んでたら酔いますわな。


「これ、ホントにほんのり桃の香りがするのね。そうねほんとね」

「そんなこと言ってませんて。むしろあたしはピート臭の強いのが好きだな」

「くけけけけけけ」


 最後の異音を発してるのはワタシです。何がおかしかったんだろ。

 見ればリレドさんはそんなワタシたちを楽しそうに眺めてた。その手にはいつの間にか、ウイスキーを満たしたグラスが握られらてる。


「あ、それヒントですか? 何飲んでるんです?」



 それから何時間経ったろう。


「だからぁ、ヘゲちゃんはなんで人間の魔法なんて趣味にしてんのさ? それじゃ一緒に楽しめないでしょうが」

「あれは憧れ。人間相手の魔法に詳しいのもそう。私が生まれたのは天界に制圧されたあとでしょ。だから、天界に制圧されたあとでしょ。だから、天界がね? とにかく召喚なんてそうそうないからこそ、人間の魔法や人間に使う魔法を勉強したのよ。召喚されるってのは名誉なことでしょ。一流のステータスでしょ。アシェト様にふさわしいふくか、あー、副官、そうそれ副支配人であるために。私は諦めないで備えてるの。……かーっ! いじらしい!」

「おいおいおい。それについてあたしが説明してやろ、説明し、せつ、いいから聞け。な? な? 封鎖された常設ゲートは人界と自由に行き来できるが、そこから一度に向こうへ滞在できる人数には制限がある」


 グイッとグラスのウイスキーを飲み干すベルトラさん。


「召喚のときもゲートを通って向こうへ行けるが、これは今でも有効だ。あれは術者と呼び出される悪魔のあいだで直結のゲートを開いてるんだ。小さいし長保ちしないが、そのつど新しいゲートを作るわけだからな」


 順調に二杯目を空にするベルトラさん。


「ま、行ったところで魂持って帰れないから、呼び出されても行く悪魔なんていないけどな。放っときゃすぐゲート消えるし。するってぇとあれだ。人間の方も魔術なんてのは迷信だと思うようになって情報の正確さは失われるし、試すやつも減る。今じゃほぼゼロだ」

「それおかしいですって。ゲートすぐ消えちゃうならどうやって帰るんですかっつー話ですよ」

「そりゃおまえ、常設の方から歩いて帰るに決まってんだろ」

「いやぁ、キミたちいい飲みっぷりだね。おーい。次あれ持ってきてよ。ほら、あれ」

「うわー!? なんか目が見えないよー!?」

「アガネア、目を開けろ目を」


 なぜか加わってるリレドさんも含めて、そこには当初の目的を忘れ、座り込んで酔っ払ったボンクラ四人の元気な姿が!


 それから少しして──。


「なんか、気持ち悪い」

「おい待て。ここではやめろ。すみません誰かトイレに」


 小鬼に手を引かれてトイレへ連れてかれるワタシ。


 きらきらぁ〜っ☆


 あっぶねー。危うく廊下で生まれ出づるとこだった。スッキリしてちょっとだけ酔いが覚める。

 引き返す途中、ワタシはふと、廊下の壁に掛けてあった大きな時計に目を止めた。何時だろいま。


 ────!?


 ワタシは急いで部屋へ戻る。


「ヘゲちゃん、ベルトラさん! 時間が。今からだと馬車じゃギリギリ遅刻です!」

「もうそんな時間か」

「飛ぶしかないわね」


 一瞬でしらふになる二人。酔ってなかったわけじゃなく、悪魔はそういう芸当ができるのだ。これだから悪魔はずるい。


「けど、ゲームがまだ途中」

「なに言ってんの。そんなの働いて、また戻ってきたらいいでしょ! ねえリレドさん」

「ふぇっ!? なんだ帰るのか。うーん。制限時間とか中断についてはこっちも何も言ってなかったものなぁ……。しかたない。終わったら戻ってくるんだよ」

「すみませんありがとうございます」


 こうしてワタシたちは文字どおり飛んで帰ってどうにか間に合った。

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