方法32-3︰来ちゃった……(救いを求めるものには助けを)

 ある日、街へ行ったスキロスが頼みもしてない新聞を買って帰ってきた。


“先生。先生は魂の研究してるんですよね?”

“そうだが?”

“じゃ、これなんかね。興味あんじゃないかなーって思って、おいら買ってきたんです”


 そこには、あの大娯楽祭での騒動が書かれていた。


「私は研究成果をタニアに渡していたが、量産していることも、あの事件についても知らされていなかった」


 記事を読んだヨーミギの頭に浮かんだのは、逃亡したタニアが口封じのため殺しに来るんじゃないかって心配。

 そこでスキロスに今すぐここを出てなるべく遠くへ逃げるよう指示すると、自分もとりあえず最低限のものを持ってその場を離れた。


 といっても、どこへ行くあてもない。そこで思い出したのがヨーダリのこと。いくら別々の悪魔になったからと言って、自分を裏切ったり見捨てたりはしないだろうと考えたのだ。

 それにネドヤ=オルガンへタニアが来るとも思えない。


「タニアは指名手配犯なんだから、人の多い場所なら安全だろう。そう予想した私は始めのうち、人通りの多い街道や大きな街を行くようにしていた。だがこれは間違いだった」

「どういうこと?」

「やつらだよ。タニアの裏にはどうも、なにかの組織がいたらしい」


 それが何なのか、ヨーミギにも判らない。ただ、行く先々でヨーミギはそいつらに付け狙われた。


「タニアの手下かとも思ったが、あんな終わってる奴に従う悪魔がまだいるとは考えにくい。それに逃亡中のタニアがあれこれ指示を出すこともできんだろう」


 ヨーミギの口調にはトゲがあった。


「向こうはなぜか、すぐに私を見つけるんだ。そして捕まえようとする。姿も性別もバラバラで、誰がそうなのかは見分けられない」


 そいつらは、あるときは通りすがりの悪魔、あるときは潜伏先の宿のスタッフ、あるときは売店の売り子だったりした。


「通りでバイオリンを演奏してたやつが、急に掴みかかってきたこともあった。解るか、この恐ろしさが? 目に入る悪魔すべてがやつらの仲間なんじゃないかと、絶えず怯える辛さが?」


 それでここへ来たとき、あんなに挙動不審だったのか。


「妄想だと思うか? とんでもない。実際に何度か襲われたし、もう少しで捕まりそうになったことだってある。おまけに一度、やつらの仲間に言われたんだ。自分たちはどこにでもいる。おまえは逃げられない、とな」


 そのわりに、謎の組織の悪魔は襲撃も尾行も追跡も素人レベルだったらしい。


「そうでなければ、ここまで逃げ切れなかったろう」


 とうとうヨーミギは悪魔の多い賑やかなルートで逃げるのを諦め、誰も来ない山や森なんかを通って大きく迂回するルートでミュルスを目指すようになった。


「それはそれで不安だった。そんな場所はまさに、逃亡犯が隠れるのにピッタリだ。私は魔獣なんかの物音がするたび、タニアじゃないかとビクビクしたよ。それでも、周囲のすべてを警戒しながら逃げるよりはマシだった。空を飛ぶのでさえ、見つかるのが怖くてできなかった。ずっと視界の悪い場所を歩いたよ」


 そうしてようやくミュルス=オルガンまでたどり着いたヨーミギ。


「しかし、ミュルスへ足を踏み入れるのは気が進まなかった。やつらの仲間が待ち構えてるかもしれんのだ」


 そこでヨーミギはザレ町に潜伏することにした。そこなら街中を抜けなくても行けるし、匿ってくれそうな古い知り合いがいたのだ。

 それに、あそこなら部外者は目立つ。やつらの仲間が来てもすぐに判るはずだった。


「それから知り合いに頼み込んでどうにか左を連れてきてもらった」

「で、いったんウチへ連れて帰るにあたって、左右繋いで完全なヤギ人間の姿になったんですよ。これなら頭の動きにだけ気をつけてれば目立ちませんからね」


 それで、二人の話は終わったようだった。


「で、あなたはどうしてヨーミギをここへ連れてきたの?」

「僕も店で今みたいな話を聴かされたんですが、右の話が本当ならとてもじゃないが何かあったとき僕が守りきれるとは思えない。そういうことならむしろ、こちらの方が確実だろうと思ったんです」

「けど、私たちはあなたを軟禁してたのに……。恨んでないの?」

「だからこそ、ですよ。ここの警備がしっかりしてることはあのときよく解りました。それにアシェトさんは、もし僕が無実なら慰謝料を払うって言ってましたよね? そしてそれはまだ支払われてない。なので、慰謝料代わりに右を保護してやって欲しいんです」


 つまり、慰謝料払わなくていいからヨーミギと、ヨーミギにまつわる厄介事を引き取れってことか。


 ヘゲちゃんは即答しなかった。たぶんアシェトと念話で相談でもしてるんだろう。



 長い沈黙のあとで、ようやくヘゲちゃんは口を開いた。


「ヨーミギが望むならウチで引き取り、百頭宮の名にかけて保護するわ。彼の脅威が排除されるまで」



 こうしてヨーミギは百年宮の地下深く。今は使われてない部屋へ隠れ住むことになった。

 帰るというヨーダリを裏口から見送り、ワタシたちは部屋があるフロアへ移動した。


 そこは薄暗く、粗い石造りの廊下の左右に延々と鉄扉や鉄格子が並んでいた。空気はカビ臭く、ジメジメしてる。ザ・地下牢。


「このフロアは結界が張ってあるから中からじゃ念話もできないけど、その代わり転移とかの侵入対策も万全よ。信用できるスタッフを護衛につけるわ。後で家具やなんかは運んでこさせる。必要なものがあったら護衛に言ってちょうだい」


 ヘゲちゃんは手前にある鉄扉の前で足を止めた。


「ここは看守室だったの。他の部屋よりは広いし居心地いいはずよ」

「ああ、こりゃどうも」

「気にしないで。メンツの問題よ」


 窓一つない地下の部屋へあんな嬉しそうな顔して入ってくやつ、初めて見た。


 後のことを経営企画室に任せると、ワタシたちは部屋へ戻った。ヘゲちゃんも一緒だ。


「本当にあれでよかったの? 匿う代わりに魂の気配とかの製造法とか教えてもらった方がよかったと思うけど」

「それは違うぞ、アガネア。今一番大事なのは、こっちに飛び込んできたあいつの身柄を抑えることだ。それさえできてれば、情報を聞き出す機会なんていくらでもある。それに、その情報はあいつにとって切り札だ。最初から簡単に明かしはしないだろう」


 ベルトラさんの言葉に納得する。


「アシェト様とも相談したのだけど、彼にはやってもらいたいことがあるの。前に、信頼できる魂学者が欲しいって話してたでしょ?」


 それは憶えてる。リストにも書いた。


「狙われてて外に出られない、他に行き場もない孤独な彼は条件にピッタリでしょ?」


 なるほど。それはそうかも。つまり、忠誠心なり好感度のゲージをマックスにしないと、イベントで成功判定が出ないのか。……なんかゲームに例えた方が解りにくいな。


「けど、信用できるの?」

「役目を果たしてくれるなら、信用する必要はないわ。護衛なんて私たちからすれば看守みたいなもの。それに私もマメに彼のことはチェックするつもりよ。だから妙なマネをするのは相当難しいの」

「ヨーダリを襲ったやつらの仲間がうちに紛れ込んでるってことはないの?」

「可能性は低いと思うけど、いちおうスタッフの身元は再調査してみるつもり」


 こうしてワタシのリストはいくつかが解決済みになり、いくつか新しい項目が増えた。


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『ワタシはいったいどうなっているのか?』

■メインクエスト

・なぜ魔界にいるのか

-不明。分かる気しない。そこまで興味ない。


■サブクエスト

・謎の襲撃者を見つける1

-ザレ町近くで襲ってきたやつらの黒幕

・謎の襲撃者を見つける2(解決済)

-ネドヤビーチで襲ってきたやつの黒幕

-ネドヤ・リゾート支部の犯行

・謎の襲撃者を見つける3(解決済)

-マスク・ザ・ネドヤの帰りに襲ってきたやつらの黒幕

-協会の大会開催反対派の一部の犯行。本気じゃなかったと供述

・毒盛事件の犯人を見つける

-並列支部本部でワタシに毒を盛った犯人を見つける

-進展なし。経営企画室の調査では並列支部の犯行を裏付けるものも、犯人の手がかりもなし。

・挙動不審なフィナヤー

-大娯楽祭前、なぜフィナヤーは猛アプローチしてきたのか理由を探る

-大会中は協会の悪魔とは会わないことになってるから保留。上からのプレッシャー?

・タニアの行方

・魂の気配の謎

・さっちゃん山の謎の施設(解決済)

・施設の紙片にあったH.Y.Rとは誰か?(解決済)

-四つセット。魂ということでワタシと何か関係があるのかもしれない

-関係ないとしてもタニアはロクなこと考えてないだろうから確保しておきたい

・ダンタリオンの陰謀

-ダンタリオンの陰謀を暴く

-本当にそんなもんあるのか。陰謀脳?

-ワタシとは関係ないかも

・正体バレについて

-ダンタリオンに悪魔じゃないと気づかれたのをどうするか

-わりとどうしようもなさそう。もう知らん。なるようにしかならん。

・ケムシャの正体

-ケムシャがダンタリオンなのか確かめる

-場合によってはダンタリオンの陰謀に含める

-ただの変人かも

・争奪大会の後対応

-勝者と独占的交渉権を結んだ後どうするか

・信頼できる魂学者の手配(解決済)

-できればワタシの魂から漏れてるなにかをどうにかしてほしい

・魂の気配などの製法をヨーダリから聞き出す(NEW!)

-ワタシの仕事じゃない

-けどきっと何か巻き込まれる気がする

・タニアの背後にいる組織を突き止める(NEW!)

-ワタシとは関係ないかも

-本当にそんなのがいるのかどうかは不明

-けどきっと何か巻き込まれる気がする

・ヘゲちゃんの書いたワタシ名義のコラム差し止め

-月刊アシェト様に連載が始まったコラムをどうにか掲載中止にできないか

-ほとんど諦めてる。もう第1回が載ってる号は発行されてるし。

-けどせめて、キズが深くなる前にどうにかできないか。大事なのは諦めない気持ち。

・老後の心配

-死んだ後にどうなろうと何が起きようとかまわないけど、老いていくのをどう誤魔化すか?

・二人の未来

-ワタシはヘゲちゃんトゥルーエンドの確定ルートに入ってるのか

-最近ちょっとデレてきた気がする

-できればハーレムエンドに持ち込みたい

・目指せビリオネア

-どうすれば楽して大金持ちになれるのか

-モデルの仕事が決まって一歩前進

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