方法32-2:来ちゃった……(救いを求めるものには助けを)
ベルトラさんは少しのあいだ、何かに耳を澄ませてるようだった。
「────誰かスタッフホールの裏口をノックしてるな」
なんでそんなこと解るんだろう。警備の達人だから? そういやベルトラさんはここに住み込みだから、百頭宮は自宅も同然。つまり言葉どおりプロの自宅警備員だ。
なんて寒いボケはさておき、実際は裏口のドアに仕掛けたセコム的な魔法で感知したんだと思う。
ベルトラさんが様子を見に行くと、ヘゲちゃんが現れた。
「裏口に誰か来てるみたいね。あれは……」
それきり黙ってしまう。
しばらくしてベルトラさんが戻ってきた。手にはあまり活躍の場がない、大きな釘バットを握ってる。やっぱ似合うなあ。
「とりあえずここに入れ」
促されて入ってきたのは、頭がヤギで上半身が人間の男、下半身がヤギ脚という、魔界ではよく見るタイプの悪魔だった。
足が不自由なのか、悪魔は一歩ごとにゆっくり、ヨッタラヨッタラ歩く。
右目はせわしなくあたりを見回す一方、左目は冷静にワタシを見てる。なかなか器用だけど、奇妙だ。
「お久しぶりです。アガネアさん」
ぐぱあ、と左半分だけ口が開いて喋る。ちょ、頭左右でズレてるズレてる。あれ、でもそれって。
「ハーフ・ヨーヴィル・左?」
「その節はお世話になりました」
また左半分だけ頭を下げる。見えてるから! 断面チラリ、略して断チラしてるから! 前よりこれグロさが増してないか!?
ハーフ・ヨーヴィル・左はたしか大娯楽祭のとき騒ぎに紛れて逃げ出したはず。何しに来たんだろ。それにその右側は。
もしかして軟禁生活中にアタマおかしくなって、通りすがりの悪魔を捕まえて真っ二つにして自分に繋いだとか?
「紹介します。こいつがハーフ・ヨーヴィル・右です。ほら、挨拶を」
左が右をポンと叩く。
「うぅ。……なあ左。こいつは信用できるのか?」
「だから連れてきたんだろ」
「あぁ、そうか。そうだな。私はハーフ・ヨーヴィル・右。人間学者。専攻は魂だ」
「それで、いったいなんの用だ? 人目につかないとこに来たら話すって約束だろ」
「もちろん。ただその前に頼みがあります」
左が答える。
「店の奥にある大きな冷蔵庫。その右端にそれぞれの透明な半身が入ってるから取ってきてくれませんか? 今あれと同じ素材の見えないバンドで二人を無理やり固定してるんですが、窮屈な上に不便でして」
ヘゲちゃんがうなずく。経営企画室の誰かを取りにやらせるんだろう。
「で、なんの用かしら? 話して、ヨーミギ」
「ヨーミギ? それは私のことか?」
「ええ。あなた達、名前が長過ぎるのよ。紛らわしいし。だからあなたがヨーミギで、あなたがヨーダリ」
ヨーヴィル・右とヨーヴィル・左を指しながら言う。ヘゲちゃん、あだ名つけるセンスねぇな。
ともあれ、ヨーミギは気を取り直すと自分のことを語りはじめた。
ヨーミギは首都にあるバビロニア総合人間研究所で魂を人工的に造る方法を研究していた。
ところが魔界が天界に制圧されてから、研究所は閉鎖された。
魂の所持が極刑の罪となり、サンプルになる本物の魂も手に入らなくなったヨーミギを支援したり雇おうという所はなく、研究は頓挫しかけた。続けるなら自分で働いて研究資金を貯めるしかない。
そんなとき、パトロンになりたいという悪魔が現れた。タニアだ。
「タニアって、仙女園の総支配人の?」
驚いたワタシが尋ねる。
「そうだ。そして“魂の気配”を開発したのは、ああ、私だ」
急に話の重要性がハネ上がる。聴くだけ聴いて、警察に引き渡したほうがいいんじゃないか。
たしか魂の気配の製法を突き止めるとか、開発者を突き出すとかには結構な賞金がかかってたはず。
いや、むしろ自分たちで製造して地下ルート的な何かで売りさばいたほうが儲かるのか……。もしヨーミギの話が本当なら、だけど。
支援したいという話を最初は疑っていたヨーミギだけど、あの手この手で説得され、自分でウラを取った範囲でもタニアの身元が確認できたので、けっきょくは申し出を受け入れることにした。
支援の動機がカネ儲けっていうわかりやすさもポイントだったらしい。たしかに、変に理念的なことを語られたほうが怪しいもんね。
こうしてヨーミギは研究を続けられるようになった。どこで何をしてるのかは話さないよう言われてたけど、それ以外は特になんの制限もなかった。
「たまに散歩へ行くこともあったが、それくらいだな。他の時間はすべてタニアの用意した施設にこもって研究に捧げてきた。それでもう、二百年くらいになるか」
「それで、魂を造ることには?」
ヘゲちゃんの質問に、ヨーミギは首を振った。
「まだ成功していない。理論面での進歩はあったが、検証できないのが辛い。形になったのは魂の気配と、それを隠す素材であるソウル・シーラーの開発くらいだ」
本物の魂が手に入らなくなったのでヨーミギは過去の文献を調べたり、僅かに残っていた他の研究者と連絡を取り合ったり、魂を分割してソウルチップを造る装置などの、魂に作用するアイテム類を調べたりして研究を続けた。
そうしたアイテムの中にはワタシがつけてるのと同じ、魂を隠すツノもあったらしい。
「魂は分析もできないし原理もよく解らんわりに、身近にあって活用したり加工したりできてたからな」
タニアはほとんど姿を見せなかった。代わりに助手が一人。
「スキロスという名前だ。タニアが連れてきた。あまり賢くはなかったが、真面目で素直でな。雑用やら実験の手伝いなんかをさせたり、注文しておいた機材や素材、本を街まで受け取りに行かせていた。研究所へ直接届けさせるわけにはいかなかった」
スキロスはヨーミギが魂を研究している、という以上のことを知らなかった。ヨーミギも話さなかったし、聞いても理解できないだろうってことだった。
「同じ場所にずっと居たわけじゃない。そんなことをすれば発覚しやすくなると考えたんだろうな。時々、引っ越しさせられた。最初は北のアロイシャス。次がネドヤ、その次が──」
「ネドヤって、さっちゃん山の?」
「知ってるのか?」
急に疑うような目でワタシたちを見るヨーミギ。
ヘゲちゃんがあそこで起きたことを話す。
「なるほど。うぁ、そういうことか。その缶やら粉やらは私があそこを移動されられた後に置かれたんだろう。魔法陣モドキや人形なんかは最初からあった」
それについてはヨーミギも最初に尋ねたらしい。けど、タニアにははぐらかされてしまった。
「どうやらあいつは複数の学者を雇って、あれこれ研究させてたみたいだ。そしてお互いが出会わないよう気をつけながら、あちこちの施設を巡回させてたらしい」
「ということは、壁や床にあった魔法陣や札なんかは何かの研究の跡……。そして、あの紙切れはあなただったのね」
「なにか残ってたかね? 立ち去るときにすべて処分したはずだが」
「紙の切れ端が落ちてたの。書かれてたのは手紙の署名だけ」
手紙の署名……。はっ! そうか。ハーフ・ヨーヴィル・右は英語で書くと Half Yeovil Rihgt。イニシャルはY.H.Rになるんだ! な、なんだってー!?
脳内で盛り上がってると、経営企画室の悪魔が入ってきた。
「失礼します。たぶん、これだと思うんですが……」
透明な何かを床へ置く。
「触った感じ、こちらが右半身、こちらが左半身です」
そう言って指さされても、何も見えない。
「ありがとう。下がっていいわ」
経営企画室の悪魔が出ていくと、ヨーダリが口を開いた。
「ではとりあえず、体を戻そう」
指を鳴らすと、その体がズルリと左右に別れて横倒しになる。
ワタシたちは手探りで透明な方の体をそれぞれに繋げる手伝いをした。
「うむ。やはりこの方が楽だ」
ヨーミギは肩を回す。
「そもそも、どうしてくっついて来たんです?」
「変装だ。それについてはこれから話す」
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