方法26︰運と実力でお風呂に入ろう。他に言うべきことはない(身を低くしてやり過ごす)
ネドヤ=オルガンは海岸沿いに帯状に伸びている街だ。すぐそばには台地の絶壁が迫り、その上にもホテルやらモダンなスパやらが並んでいる。
ワタシたちはそのうちの一つ、ララ・ルカナ・パラディーゾに来ている。
前情報どおり、10名以上からの団体用貸し切りは空いていた。
というわけで朝日が昇る海を望む、三方を壁で囲っただけのオープンエアの広い浴室には、ワタシとヘゲちゃん、ベルトラさん、ティル、ナウラ、その他5人の女フレッシュゴーレムが居る。おお、おお……まさにパラディーゾ、楽園!
ここからは1分1秒が貴重。そのすべての瞬間を記憶に焼き付けねばならない。
なのでしばらくモノローグは休止します……。
え? だめ? って、誰に向けてなに言ってんだワタシは。あまりのことに平常心を失ってる。
だってさあ。考えてもみてよ。イマジン・オール・ザ・ピープルだよ。
まず、悪魔は裸に抵抗ないからタオルで前隠すとかない。BD版でさえ全面湯気不可避な感じ。むしろ古いホテルのペイチャンネルを超えてFC2動画のアレみたいな。
ワタシがいま見ている光景を想像するにあたっては、それくらいの意気込みで望んでほしい。健闘を祈る。
って、ホントにワタシ錯乱してるな。誰に語りかけてんだよ。アンネ・フランクとタメ張れるぞ(溢れだす教養のつもり)。
まずヘゲちゃんは歳とらないから永遠に未来へ期待が持てるティーンのしなやかな体。引きこもりで色白なので、熱めのお湯で肌がほんのり紅くなってる。
着痩せするティルは真面目そうな顔に似合わぬ豊満でむっちりした体を惜しげもなく海にさらしてる。
ナウラはバランスの取れたスレンダーな引き締まったスタイルで、シャワーを浴びる姿はある種のハリウッド映画みたいだ。
他のフレッシュゴーレムたちもきゃいきゃい戯れながら入浴を楽しんでる。痩せ型にふっくら、巨乳に微乳にとバラエティ豊かだ。
ベルトラさんでさえ湯船が狭くなるからとワタシが必死の形相で訴えて、ライネケとの食事権を譲った恩もチラつかせて人型になってもらってる。
ふんわかお姉さんな顔立ちなのに、その体は元のなごりなのか意外と筋肉質で、基本は柔らかそうなのにふとした瞬間に主張するその筋肉の膨らみがスパイスになってる。
いいよいいよ! みんなサイコーだよ! ワタシはこの瞬間のために魔界へ来たのかもしれない。
あとはもう、ある種のハリウッド映画みたいに泡だらけでくんずほぐれつするだけなんだけど、さっきからどう考えてもそこに至る道筋が見えない。
普段のワタシの頭脳を以てすればきっと光明が見えるはずなんだけど、目の前の光景に心を奪われてるせいに違いない。
それにもう一つ。
「けっこう燃えてますね」
ワタシはなるべく平静さを装って言う。
そう。なんだかさっきから、眼下に広がる街並みのあちこちで火の手が上がっているのだ。湯船からざっと数えただけでも10箇所以上。観光地によくある、街を挙げてのライトアップとかでないんなら結構な事件だ。
「こんなとこで風呂入ってて大丈夫なんでしょうか?」
「崖上は燃えてるとこないらしいし、アシェト様からも下手に動かず様子見てろって言われてるし、いいんじゃないの? お風呂上がったらかき氷でも食べようかしら」
手で作ったくぼみに溜めたお湯を見ながらヘゲちゃんが答える。
「よく見てみろ。どの建物も延焼してないだろ。あれはちゃんと周囲に結界張って、狙ったとこだけピンポイントで焼いてんだ。外じゃほとんど交戦してないみたいだし、わりと気を遣って戦場をコントロールしてる。つまり、部外者は巻き込まれないようにしてれば問題ない」
そう言いつつベルトラさんは腕組みして燃える火を眺めている。腕に押しつけられて強調された胸のボリューム感が素晴らしい。
「ヘゲさん。私たちフレッシュゴーレムもかき氷食べたりとかしたいんだけど、みんなお金なくってさ。ここ来るだけでもやっとなんだよね」
ナウラは直球でおごれアピールしてる。他のフレッシュゴーレムはちょっと足りない子ばかりなので、ナウラは今や一番の新人だけどリーダーというか世話役的なポジションになってる。
そんなあいだにも新たな火の手が。
「そうね。あなたたちの分くらいは出してあげる。いつもよく働いてるものね」
「ありがと」
いい笑顔だ。
「ヘゲちゃん。ワタシも」
「じゃあ、払いは半分お願いね」
「へ?」
「ホント!? アガネアもおごってくれるの? ありがとう!」
「え? いや、その……。まあね。あなたはワタシが育てたようなものだし」
くっ! ヘゲちゃんのヤロー。腹立ちまぎれに胸を揉んでやろうとしたら、ティルが叫んだ。
「ほら、あれ見てください!」
昇る朝日をバックに、空中で四人の悪魔が死闘を繰り広げてる。
正確には2対2だ。片方はそれぞれ金と銀の大きなヘラジカみたいな角が特徴で、巨大な剣を振るっている。
もう片方はどちらも人間の頭を割って、ハエトリグサが生えてるような姿。死神が持つような大きな鎌の柄の先から鎖が伸び、反対側に鉄球がついている。
見るからに扱いづらそうだけど、それを巧みに操り、敵の攻撃をしのいでいた。
どちらも周囲に気を配る余裕がないのか、ときおり放たれる火球や雷撃、光球といった魔法の流れ弾がこちらの方にまで飛んできている。
ただし、問題はそこじゃない。四人は立体的な軌道で空中戦をしつつ、高速でこちらへ近づいてきてるのだ。
「──!?」
ベルトラさん、ヘゲちゃん、ティルが同時に防護結界を張ろうとして、互いに打ち消し合う。
「全員伏せろ!」
ベルトラさんが叫び、ワタシたちは体を低くした。その頭上スレスレを四人が飛んでいく。
……誰かの何かが後頭部をかすめた。
風圧でお湯の表面が波立つ。
「バカ野郎! よそでやれ!」
去っていく悪魔たちにベルトラさんが叫ぶ。
「いまのは……?」
「知らん。いつもの姿なら、すれ違いざまにとっ捕まえてひねり殺してやるところだが」
ベルトラさんならそれくらいはできそうだ。飛んでるカナブン捕まえるような感じで。
かなり怒ってるみたいだけど、いまの姿だと“プンスカ”とかそういう言葉が似合う。
「古式伝統協会の悪魔みたいよ。並列支部とネドヤ・リゾート支部が交戦中って。並列支部の一方的な殺戮みたいになってるらしいけど」
念話で誰かから入ってきた情報をヘゲちゃんが教えてくれる。
「そういうことって、よくあるの?」
「なくはないが、まれにだな」
「たぶんきっと絶対あなた関係ね」
「ちょっ。ヘゲちゃんそういうこと言うのやめてよね。ワタシもそんな気がしてたんだから」
自意識過剰かもしれないけど、今このタイミングで片方が並列支部ってことは、ねえ?
そんな殺し合いや抗争にも動じないのが悪魔。その後もワタシは至福の入浴タイムを堪能し、ゼロ距離からヘゲちゃんの胸もみを敢行しようとして殴られ、フレッシュゴーレムに“人間の女はこういうとき、互いの胸を揉んでキャッキャするのよ”とか都合のいいこと教えてみたり、みんなでかき氷を食べて帰った。記録的にいい日だったと思う。
三日後、並列支部から悪魔がやって来た。
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