方法14-1︰そういうアレではない(契約は守りましょう)

 日曜19時。ワタシはどうにか目を覚ます。

 いつも週に一度の休みは疲れ果ててほぼ一日中眠っているので、かなりツラい。

 ちなみに魔界は人界と12時間のズレがあるので、夜19時といえば人界の朝7時にあたる。


 隣のベッドではベルトラさんも起きたところだった。


「どうした。早いな」

「今日はほら、約束した」

「ああ、あれか。まったく、おまえは何をやってるんだか」


 ワタシもそう思う。今日、ワタシはギアの会のメンバーの一人、ロビンとデートに行くのだ。


 といってもメイクラブとかLOVEずっきゅんとかではない。

 先日「第1回、その場で脱ぎたて! アガネアの服オークション」をやって、途中であまりの金額の伸びに怖くなって中止。

 その代わりに出した「アガネアプレゼンツ・スペシャル企画」の中身がこれなのだ。

 オークションの時には“企画内容はヒミツ”と言っておいたので、落札価格も正気を疑うほどじゃなかった。


 落札したロビンは企画内容を知って妄想バーストしたのか狂喜したのも束の間、どこからか現れたヘゲちゃんが勝手に用意してた”古式伝統協会監修”の綿密な免責事項・禁止事項同意書にサインをさせられていて、ちょっと可哀想だった。

 勝手にワタシの契約書を用意してくるとか、ヘゲちゃんの超絶監視社会もついにここまで来たか……。


 この企画は金のないワタシがこの街で気晴らしをするために考えていたもので、もともとオークションとは関係なかった。

 たんに休日に起きられず、これまで実行できてなかっただけ。

 ギアの会のメンバーなら誰でもきっと、喜んでワタシを食事や名所観光、ショッピングなんかに連れてってくれるに違いないと思ってたのだ。もちろん費用は相手持ちで。


 ……デート商法とか愛人業ではない。


 昨日、ワタシのところにはロビンからぜひこれを着てくれ、というメッセージを添えて大きな布でできた袋みたいなのが2枚と、金色のピンや帯なんかが届けられた。


「えっとこれ、どうやって着るんですかね?」


 ベルトラさんはじっくり眺めてから言った。


「キトンとヒマティオンじゃないか?」


 そう言われてもなんだかさっぱりだ。ベルトラさんに着付けてもらう。


 何をどうやったのか解らないけど、それはギリシャ神話とかで女神が着てるような衣装だった。


「……おお! これ自分じゃ絶対に着れないですね」


 鏡の前でくるくる全身を映してみる。

 むふー。なかなか似合ってるんじゃないだろうか。

 それからおもむろに、頭には外出用のフード、腰にはミニチュア百頭宮ケースのついたベルトを締める。

 もう一度鏡の前に立ってみると、そこにいたのは──。


「名付けて処刑人の女神スタイル」


 間違いなく不審者だけど、魔界だとこれくらい変な格好の悪魔は普通にいるからセーフ。大事のは折れない心。



 少し早めに待ち合わせ場所の百頭宮正面入口へ行くと、ロビンはもう待っていた。


「こんばんは!」


 シルクハットを持ち上げるロビン。どこから見てもクールな若い英国紳士だ。


「今日は自分がアガネア様を案内できるなんて感激で……あのう、一度でいいのでそのフード外してもらえませんでしょうか!」


 やたら声が大きい。ロビンは見た目とは違って、なんだか妙に体育会系男子なのだ。


 お店の前ならいっか。ワタシはフードを外した。ロビンがうっとりとため息をつく。


「女神だ……」


 リアルでそんなこと言われる機会なんてまずない。これは大切な思い出として保管しておこう。


 いつまでもロビンが見とれているので、ワタシはフードをかぶった。


「失礼しました。あんまり魅力的だったので見とれてました。どうぞ、こちらへ」


 ワタシたちは馬車に乗る。

 最初に連れて行かれたのは街を貫いて流れる河の岸辺。青や緑の鬼火でライトアップされた河川敷には物売りの屋台や大道芸人、ミュージシャンなんかがいた。


「ここは人気の散策コースです。芸も音楽も魔法なしがウリで」


 なるほど。ジャグリングやマジック、腹話術に操り人形。どれもすごいレベルで、これはこれで面白い。けど、どれも人界で見たことあるっちゃある。


 次に連れてこられたのは百頭宮と仙女園の中立地帯。

 前に来たヘルズヘブンからは離れたエリア。あまり広くない通りの左右に店が軒を並べ、間を露天商が埋めている。すごい活気だった。


「ここは万物市場。2キロくらいの通りで、あらゆるものが売られていると言われています」


 ここは面白かった。見慣れたものもあるけれど、使い道のわからない道具を並べた店や、生物なのか道具なのかさえ分からない商品を扱っている店もあった。

 あれこれ見て回るうちにすっかり時間が経ってしまって、お昼はラーメンみたいなものを売っている屋台で済ませた。


 一緒に過ごしてみると、ロビンは少し暑苦しいところがあるけれど、なかなか話も上手いし気が利くし、デートの相手として悪くなかった。

 ワタシは初めてきちんと見る魔界の街を楽しみ、久々に自由な休日を満喫できてる。

 やっぱりこれはなかなかいいアイデアだった。

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