方法5-3︰姐さん、事件です!(涙は武器になりません)

 聞き覚えのある声が。驚いてそちらを見ると、う

 ん。やっぱりフィナヤーだった。他にも悪魔が6人。

 みんなヘゲちゃん謹製“アガネアを崇める(中略)リスト”の悪魔たちだ。


「誰だおまえら!?」

「私たちはアガネア様を敬愛する悪魔。人呼んで“アガネアの七使徒”!」


 えー! ダサい! イタい! 助けて! いくらなんでもそんな恥ずかしいの許諾できない。

 けれどフィナヤーはノリノリでウロコヤギに指を突きつける。


「私たちのアガネア様がたとえ“そう”だったとしても、私たちの想いは揺るがない。

 そしてアガネア様が立派な甲種だということは、なにより私がよく知っている。なにせ嫉妬したヘゲさんに締められた悪魔というのは私のことだから。

 あのヘゲさんの粘着する擬人が乙種や、ましてダメ甲であろうはずがない」


 他の6人もうなずいている。

 さっきから展開が明後日の方向に行ったり来たりしすぎて、もう誰もなにも言えなくなっている。

 フィナヤーたち以外の全員が“おいこれ誰がどうすんの?”という思いで一致していた。


「あ、そうか! おわ!? え、マズい!」


 ウロコヤギの隣にいた悪魔が唐突に叫んだ。


「みんな早く逃げろ! “魅了”されるぞ。あの擬人、バレないようにコッソリやってたんだ。なにもかも時間稼ぎの芝居だったんだよ!」


 数瞬ののち、ヘルズヘブンから仙女園の悪魔たちの姿は消え去っていた。


 なんか知らんが勝った。ワタシもまさか生きてるうちにこの言葉をリアルで使う日が来るとは思わなかった……。


 帰り道。馬車に乗っているのはワタシとベルトラさんだけだった。

 もともとヘルズヘブンに来ていた百頭宮のメンバーは別の馬車に分乗し、アガネアの七──ゴメン、恥ずかしくて言えない──ワタシのファンたちは同じ馬車に乗るのは畏れ多いとかで、これも別の馬車に乗って帰っていった。


 ワタシはもうなにも考えられず、ひたすら虚脱していた。疲れてるのに神経が昂ぶって寝られない。


「ああするしかなかったとは言え、すまん」


 馬車が走りだすとすぐにベルトラさんが謝ってきた。


「はぇ?」

「そうか。えっと、人界ではなにがピッタリなのか解らないが、とにかく心優しい平和主義者だの、料理で他人を喜ばせたいだのってのは、えーと。つまり、その」


 なんだか歯切れが悪い。


「聞いた悪魔全員がドン引きする、最高に変態的な性癖ってわけでだな。

 向こうの奴らが時間稼ぎだとかぜんぶ芝居だとか言ってくれたからよかったものの、そうでなけりゃ、あの場でおまえの社会的生命は確実に終わってた。

 それでもなにもかもがメチャクチャになるよりはましだろうと思ったんだが、さすがに、な?」

「けど、ベルトラさんだって料理人じゃないですか」


 頭がぼーっとしてるせいで、ピントのズレたことしか出てこない。


「あたしが料理人になったのは、美味いもん作る難しさだとか面白さ、大量の客をさばく工夫だとかが楽しいからだ。

 さすがに自分の料理で誰かを喜ばせたいとか、そんなことは思わないぞ」


ワタシは無言で外出用のフードを前後ろ逆にかぶると、ゆっくり横倒しになった。



 翌日、ワタシの記事はとうとう新聞の一面を飾った。喋ってるワタシの写真と泣いてるワタシの写真の上の見出しはこうだ。


“酒場の珍事。甲種擬人は優しく善良だった!?”


 記事は昨夜の出来事を語ると、最後をこう結んでいた。


“現場に居合わせた仙女園スタッフたちは、魅了の術を完遂する時間稼ぎのための芝居だったと証言している。

 しかしそれだけで社会的に死ぬような嘘をつくだろうか。判断は読者諸賢にゆだねたい”


 記事を読んだベルトラさんは、

「なんだな。まあ強く生きろ。あと、自分でどうにかできるくらい強くなれ。それで元気に長生きしろ」

 と言うと料理の準備に戻っていった。休憩時間だいぶ残ってるのに。


 強くなる前にストレスで余命いくばくもない感じがするんですけど。

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